第六話 覚醒する力

(レイラ視点)


 ――口を縄で塞がれてたから満足に息が出来なかったし、涎だって垂れている。


 床にぺたんと座って、私を助けてくれたルオの顔を見る。さっきまで眉間に皺を寄せて、あっというまに鎧を着た人たちをやっつけてたけど、私と目が合うと、いつもの無骨な顔に戻っていた。


「こいつらに何をされた?」


「あっ、まだ、なにも。いや、その、さっきルオがやっつけた人たちに髪の毛とか引っ張られたりとかしたけど……」


 ルオが顔をグイっと近づけてくるから目を逸らしてしまったし、しどろもどろになってしまった。


「お前たち知り合いだったのか、そうか! その子供を囮にして私達の居場所を特定したというわけか。卑劣なお前がやりそうなことだな」


 私達は変な勘違いをしている白シャツの男に目を向ける。

 

「今から死にゆくお前がそんなこと気にしてどうする」


「わ、私をこ、殺すというのか! レッド家とはいえ爵位をもたない小僧にそんな権限はないはずだ!」


「爵位が無ければなぁ」


 邪悪な笑みを浮かべるルオは黒コートの内側に右手を入れる。


「まさか、まさか」


 口を震わせる白シャツの男はルオが右手に掴んだものを見る。


 私もルオの持っているものを見たくて体を傾ける。ルオは三つ折りになった紙を持っていて、両手で広げる。


「ここに書いてあることを読み上げてやろうか。ルオ・アーサー・レッド公子へ、ここにレッド公爵家一〇代目当主への就任を認める、レッド公爵家九代目当主ジュード・フェニック・レッドよりってな」


「ジュードの奴は何を考えている! まだ一四の小僧を公爵に据えるとは。まさかジュードは重い病気を患っているのか」


 レッド公爵家、この国の一大公爵家だ。私からすれば雲の上の存在の人。貴族だとは知っていたけど、ルオがまさか公爵の息子だなんて、いや、もう公爵その人なんだ。


「いや、俺が早めに公爵になってみたかっただけだ」


「そんなふざけた理由でなれるはずないだろ! 何か裏が――」


 ――ルオは白シャツの男が喋ってる最中に蹴りを腹部にくらわせた。相手はぐあっと呻き、倒れた。そのあと、白シャツの男は足を震わせながら立ち上がるも両手でお腹を押さえながら、うぐおおおおっと痛みに耐える獣のような声を上げる。


「ぐふっ」


 さらにその男は吐血をし、再び床に倒れて、目を白黒させていた。


 一体どれだけ強く蹴ったら、こんな状態になるんだろう。というか、人間にこんな芸当ができるのだろうか?


 私は背後に倒れている人たちを見る。


 ボロボロの鎧を着た二人が倒れている。ルオに顔を蹴られた人と、お腹を殴られた人だ。


「クソがぁ!」


 ――お腹を殴られた男が上体を起こして剣をルオに投げた! 剣は乱回転してルオの方に向かう!


「ルオ!」


 私は叫ぶ。間に合わないと思った、当たり所が悪かったらルオが死んじゃうかもしれない。


 瞬く間に短剣がルオに当たってしまう。でも、飛んでいる剣はスローモーションに見えた。


 剣が止まってほしいと願った、すると両目の奥から冷気を感じる。その瞬間――パキパキっと剣の周りに氷が纏わりついて、完全に凍結していた。


 凍結した剣は重くなって床に落下する直前に、ルオが右手で掴んで取る。


 何が起きたか分からないけど、少なくともルオは背後から飛んでくる剣に気付いていたみたいだった。


「お前が凍らせたのか?」


 ルオが私を見下ろす。


「分からない、でも目の奥が冷たくなって、気付いたら剣が凍っていたの」


「そうか」


 素っ気ない返事をするルオは凍結した剣を力強く握りしめて、氷を割る。そして、腕を振り上げて、男に剣を投げ返す。


 ルオの投げた剣は乱回転せず、切っ先が男の方向に向いたまま真っすぐ飛んでいた。投げ慣れているみたいだった。


「ほぎゃああああああああ!」


 男は投げつけられた剣が太ももに刺ささるとけたたましい声を上げた。外に繋がるドアをルオが外したから、外にも聞こえているかもしれない。


 ルオはその場から跳んで男に刺さった剣を引き抜き、再び跳んで元の場所に戻る。剣の切っ先からは赤い液体が滴る。ちなみに剣が刺さっていた男はいつの間にか気を失っていた。


「おい」


 ルオは倒れている白シャツの男に足を乗せる。


「う、う、う……」


 男は未だにお腹の痛みに苦しんでいた。


「ストロング、この剣で俺を斬れ」


「へっ⁉」


 ルオは床に剣を突き刺して訳の分からないことを言っていた。


「何言ってるの⁉」


 私は思わず立ち上がって問いかける。


「お前の力を見るためだ。剣が俺に当たる直前にさっきみたいに凍らせろ」


「そんなのできないよ」


「あの状況で剣を凍らせたのはレイラしかいない。レイラが無詠唱で魔法を使う動作も見せずに凍らせたんだ。その現象に心当たりがあるんでな、やってみせろ」


「何言ってるか全然分かんないよ。ルオが怪我するかもしれないし、その剣で私に斬りかかって試せばいいと――」


「馬鹿を言うな」


 私の言葉を遮るようにルオが声を出す。馬鹿を言ってるのはあなたなんですけど……。なんで私が怒られなきゃいけないんだろう、納得できない。


「ストロング、さっさと剣を取って俺に斬りかかれ」


「ひっ、で、でも」


「俺の言う通りにすれば殺しはしない」


 青ざめた顔をした白シャツの男は多量の汗を流しながら立ち上がり、剣を手に取って構える。


「はぁはぁ、はぁはぁ!」

 

「早くしろ!」


「はぁはぁ! うああああああああああああ!」


 過呼吸を起こしている白シャツの男は意を決したようにルオに斬りかかる!


「駄目ェェェェ!」


 私は精一杯叫ぶと剣は再び凍結する。それと同時にルオは決まりだなと言って拳を突き出し――凍った剣を砕き、そのまま相手の顔に拳を叩き込んだ。白シャツの男は後方に飛んで後頭部を壁に打ちつけて倒れる。起き上がってくることはなかった。


「……やっぱり、私が凍らせたの?」


「さっきみたいに目の奥に違和感があっただろ」


「う、うん。剣が凍る前、なんだが凍ったみたいに冷たくなったの」


「こんな偶然があるとはな、レイラは俺と同じだ」


「どういうこと?」


「俺もレイラも魔眼持ちってことだ」


 私はえっと声を漏らす。私も魔眼を持っているというルオの発言に耳を疑った。


 でも、ルオが言うのなら、そうに違いないと思う自分もいた。

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