第四話 混沌都市カラドロッグ
(ルオ視点)
俺は毎日のようにレイラと会っている。一目見たときはどこにでもいる貧民の子だと思った、ただ俺以外の銀髪の人間と会うのは初めてだった。だから声をかけてしまったんだろう。
瞳の色は違った、俺は赤く、レイラは青い。
腰まで届く長い髪に陶器なような肌。痩せているどこにでもいるような貧民の子だが、綺麗だと思った。
日々会っていると、レイラは気を許すようになったのか、くだけた口調になっていた。そのうえ、年下の癖にかなり口が回るやつだと思った。まともな教育を受けていれば相応な職に就くことができたのかもしれん。
たかがガキ一人をなんで気にかけているんだろうか……もうすぐ、父上から爵位を継承されるというのに俺は何にかまけているんだ。そう思いつつもレイラと会い続けた。
「クソッ」
自分への苛立ちで街の大通りを歩いているのにも関わらず壁に頭を打ちつけた。奇怪な行動だと思いつつもやらずにはいられなかった。
「ルオ様、お体をご自愛下さい」
傍にいる執事のハミルトンに注意される。
「俺らしくなかったな。どうも最近、頭がモヤモヤする」
「それはきっと恋ですな」
人差し指を立てるハミルトン。
「は……?」
恋? 誰が? 俺が? 誰に?
……レイラの顔が浮かぶ。
そんなわけないだろ。
「ハミルトンが冗談を言えるとは思わなったぞ」
「お言葉ですが、連日、あの少女と逢瀬しているのが恋している証拠かと」
レイラのことを言っているのだろうか。馬鹿なことを言うな。
「逢瀬をしたつもりはない。それにこの俺が痩せこけて、臭くて汚い女を気にかけるわけないだろ」
「外見などきっかけに過ぎないのですよ、私も若い頃は――」
ハミルトンが遠い目で昔のことを語り出した。要約すると、一〇代の頃はとある貴族の下で御者をやっていて、同じ年頃の貴族の令嬢と恋に落ちたという話だ。
何年前の話だよ。四〇年前ぐらいか?
「――いい思い出でしたな」
「はいはい、行くぞ」
感傷に浸るハミルトンを置いて、俺は歩き出す。
この街――トランク王国で最も混沌としている都市カラドロッグに俺が来たのは父上から正式に爵位を継承される前に箔を付けるためだ。
ここはストロング男爵家の領地。その中でカラドロッグは大都市でもあるが領主の怠惰で、王国最大の娼館街とスラム街が入り乱れている。最悪の治安だ。
そこでトランク王国の王家直々に俺の家――トランク王国唯一の公爵家であるレッド家――に密命が下された。
『ストロング男爵を弾圧するために、都市カラドロッグを調査し、不正の証拠を集めよ』
シンプルな内容だった。
今、王国は二つの派閥に分かれている、トランク王家を中心とした王族派、グレイ侯爵家と中心とした貴族派だ。トランク王家は貴族派の力を削ぎ落とすためにグレイ侯爵家に属しているストロング家を弾圧したいらしい。
レッド家は一大公爵家であり、トランク王国東部に広がる田園地帯のほとんどを領地とし、王家並みの財力を持っている。そのレッド家が王族派、貴族派のどちらかと手を組めばパワーバランスが崩れて内戦が起こる。故にトランク王国のバランサー的存在だ。
王族派というわけではないが、王族とは親戚関係にあたるので国家のパワーバランスを保つため、内密にレッド家が暗躍することがある。今回も国家安寧のための仕事というわけだ。
――数日後。
ストロング男爵家は弾圧どころか廃絶させた。高い税金を課された人々の署名を集め、ストロング男爵が爵位を得るために賄賂を受け取った人物を特定し、極めつけは禁止にされている人身売買の現場を取り押さえたとき、ストロング男爵に売られそうになった数人の少女を確保したことだ。
ストロング男爵の爵位剥奪、多額の賠償金支払いが決定したがストロング男爵は雲隠れしたので俺はハミルトンを引き連れて隠れ家を特定し、ストロング男爵家に連なるものを確保、戦闘になった場合は容赦なく斬り捨てた。しかし、肝心の男爵本人が見つからない。
現在、俺とハミルトンは娼館街で屋根から屋根へと飛び移りながら移動していた。
「見つかりませんな」
「だが都市は王国直営の騎士たちが包囲している、ストロングが捕まるのも時間の問題だ」
移動しながら地上に目を向ける。そこはレイラとよく会う裏路地だった。
昨日、レイラが足を引きずっていることから全身に打撲を負っていることが分かった。俺としたことが怪我に気付かないとはな。別のことに気を取られていたのだろう。
今のレイラは飯をやっているせいか、こけすぎていた頬に少し肉が付いたように見える。前より、可愛くなった気が――
「ルオ様!? どうなされたのですか⁉」
――俺は自分の頬に平手打ちをすると、ハミルトンが慌てたように叫ぶ。
妙なこと考えていた。今考えるべきはストロングのことだ。
「あ……? あいつ早速使いやがったな」
俺は立ち止まる。
レイラに魔眼の力の一部を貸したのだが、力を行使するときは俺が感じ取れるようになっており、朝っぱらから四回も使っていることが分かった。人のことはいえんが好戦的な奴だ……いや、なにかあったのか?
俺はチッと舌打ちをする。気になってしょうがない。
「ハミルトン、俺は別のところに行く」
「二手に分かれるのですか」
「そうだ」
女一人の様子を窺うなんて言えるわけがない。
俺は地上に飛び降りる。
「探しましたぞ!」
「王国の騎士……!」
数人の騎士が走ってきていた。
「申し訳ないが今急いで――」
「お、お待ちを、あなたの父君から書簡が届いております」
「父上だと?」
父上からの手紙は無視できん、さっさと読みに行くか。
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