第三話 娼館からの脱走
住んでいる二階建ての娼館の一階にいる娼婦に話しかけた。
「私のご飯は……?」
「別の子が持っていっただろ。このやり取り何回目よ」
今日のご飯を配膳していた娼婦は鋭い目つきを向けてきた。彼女の言う通り、毎日のように同じことを聞いていた。いつもみたいに他の女の子が嫌がらせをするために私の分を勝手に持っていたのだろう。
鬱屈とした気分で二階に上がる。複数人の女の子を育てて売るだけあってこの娼館は広い。広いからこそ表立っては禁止にされている人身売買がこの娼館を隠れ蓑にして行われるんだ。
二階の一番奥の部屋で複数の女の子が長机で食事を摂っていた。空いている席に着いて目の前にあるスープが入ったお皿を見つめる。ここのスープは塩気があるだけで味がほとんどない。
食べれるたけどマシだと思って私はスプーンを手に取ってスープを口に運ぶ。
「うっ、うえっ!」
なにこれ。塩気すらない! 気持ちが悪いからすぐに吐き出した。すると、周りの女の子はクスクスと嘲笑していた。
「水入れたでしょこれ。やめてって言ってるでしょ!」
私は机を両手で叩く。
誰も私の声に答えない。無視を決め込んでいた。陰湿だ、性根が腐ってる。こんな人たち相手にしても時間の無駄だ、いつも通り外で適当に時間を潰そう。ルオに会えるかもしれないし。
私は立ち上がろうとすると、両隣に座っている子が立たせないように両肩を押さえてきた。
「なんのつもり?」
「最近付き合い悪いよー、同じ仲間同士仲良くしようよー」
「いつも外でなにしてんの?」
「あなた達には関係ないから」
いつもより直接的な嫌がらせだ。
「ねぇ、あんた最近やけに嬉しそうだよねー」
「昨日見たんだよ、身なりの良い男と話してんの」
ルオと会ってるとこを見られていた。それにしても私って嬉しそうにしてんだ……自分じゃ全然気づかなった。なんだか恥ずかしいな。
思わず口元を綻ばせると対面に座っていた女の子は立ち上がる。
「なにニヤニヤしてんだよ!」
「なんだよその目付き!」
私は髪の毛を掴まれたままスープに顔を押し付けられた。
苦しい、息ができない、と思ったところで顔を引き上げられる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
足りない酸素を求めようとして大きく息を吸うけど――
じゃぷじゃぷ、じゃぷじゃぷ
と、何度も顔を上げ下げされて、スープに浸かる。さらに隣で肩を押さえてた子が私が座っている椅子を蹴飛ばすと尻餅をついてしまう。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
息絶え絶えの私を皆、嘲笑う。
顔から滴るスープが床に、服に、ポツポツと落ちていく。
許せない。こんなことして何が楽しいのか、人を虐げて嬉しそうな顔を浮かべるその神経が理解できない。ああ、こいつら全員、おかしいんだ。私は見下すことで満足してるんだ。気持ち良くなってるんだ。私があなた達なら他の子にこんなことはしない。見た目は同じ人間だけど中身は違うんだ。相容れない。
「――えて」
「きゃはははっ、なんか言ってるぞ」
「なになに泣いちゃった?」
「燃えて」
冷たい口調で言い放ってやった。それと同時に――
「きゃあああああああ!」
右にいる子の腕が燃える。ルオから与えられた魔眼とやらの力で腕に火をつけた。
「あなたも」
私は立ち上がって左にいる子の腕を注視して燃やす。
「えっ、うあああああああっ!」
ルオは少し燃える程度とか言ってたけど。火柱は天井まで上がっているせいで室内はきゃーきゃーと、騒がしくなる。
「お、お前なにしたんだやめろ!」
髪の毛を掴んできた子が私を非難していた。
「あなたは一度でも私がやめてって言って聞いたことがあるの? ないでしょ」
「顔が熱い、熱い熱い、ああああああ燃えてる!」
私の顔をスープに沈めた意趣返しで顔を狙った。気付くと、腕を燃やした子の炎が急速に鎮火していた。とんでもない火の勢いだったけど、どうやら少しの間だけらしい。
腕を痛めた子は二人とも
あれ、ふらふらする。そういえば魔眼って魔力使うんだっけ……私って魔力あったんだ。
自重を支えるために長机に手をつく。
ドタバタと階段を上がってくる足音が聞こえる。あまりにも騒がしかったから大人たちが様子を見に来たんだ。
「なにごと!」
飛び出すようにドアを開けてくるのはふっくらとした体型の女性、ここのオーナーだった。ちょうど、髪の毛を掴んでいた子に点けた火は鎮火していた。すぐに火が収まったせいか頬の一部と前髪が一部燃えてただけだった。それでも、恐怖に陥れるには十分な効果があった。
周りの女の子たちは怯えながら私を指を差す。
オーナーは私を見たあと、床で泣いている三人の女の子を確認する。
「なにしてんだい! あんた!」
オーナーは右手を振り上げて、そのまま私の左頬打ちつけた。私はヒリヒリと痛む左頬を手のひらで軽く擦る。
「なんだいその目つきは! 今まで育てもらった恩を仇で返すのかい!」
そのあとオーナーは小声で商品の顔に傷をつけやがってと呟いていた。
「拾ったんじゃなくて攫ったんでしょ! それに育ててもらった覚えはない‼」
大声で反抗した。魔眼の力の一部を貸してもらっているから気が大きくなったのかもしれないし、今までの鬱憤を晴らしたかったのかもしれない。
オーナーは口を空けて驚いていた、私がこんなことを言うとは思っていなかったのだろう。
「育てもらってないだって!? ふざけんじゃないよ!」
ふざけてるのはあなたの方だ。配膳される食事はオーナーじゃなくて娼婦達が用意したものだ。服だって何年も前にいた優しい娼婦達がくれたものだ。優しい人達は確か身請けされて、仕事を辞めたっけ。それにルオに会うまで、私はゴミ箱で食べ物を漁っていた。
「こい!」
オーナーは私の腕を引っ張る。
度々、オーナーは反抗されないように女の子たちを鞭で叩く。
私も幾度となく叩かれてきた。でも今は理不尽に抗う力がある。私は掴んできている腕を注視して燃えろ! と念じる。
「あ、あああ熱い!」
オーナーは腕が燃えると後退って、あたふたと狼狽える。
「ど、どこ行くんだい!」
腕に点いた火を消すために右往左往するオーナーを横目に私は部屋を飛び出して、そのまま外に出た。
やってしまった。今後、どこで過ごせばいいのか分からない。
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