第二話 路地裏で邂逅②

 あの男、ルオとはよく同じ場所で会うようになった。


 最初に会った日の次の日。


「あっ、あの! パンありがとう」


 お昼時、路地裏を警戒するように歩くルオにお礼を言う。


「俺じゃない。ハミルトンが勝手にやったことだ」


 ハミルトンってあのおじいさんの名前かな?


「でもあのおじいさん、あなたからの差し入れって」


「知らん。それとバスケット返せ」


「も、持ってるけど」


 私は物を返すとルオは去る。なんなのあいつ。


 でも、しばらくするとハミルトンさんが、またパンが入ったバスケットを持ってきてくれた。


 ルオは何を考えているのか分からなかった。


 その次の日。


 また、ルオと会ってバスケットを返した。


「家で食べさせてもらえないのか? なんでお前はそんなに汚いんだ」


「うるさいなもう、色々、事情があるの」


「どこに住んでいる」


「…………」


 つい押し黙ってしまった。娼館に住んでるなんか言ったらどう思われるか怖かった。ルオはまあいいと言って帰ろうとすると、後ろを振り返る。


「お前、名前は?」


「レイラ。あなたはルオって言うの?」


「ああ」


 そして来る日も来る日もルオと会ってお話した。


「お前怪我しているのか」


「え、うんちょっと」


 昨日は娼婦に杖で足を叩かれた。娼館には足を怪我した娼婦がいて、稼げない苛立ちをぶつけられていた。


「わっ、ちょっと」


 ルオは私の足を触る。緊張した。


「ひゃっ!」


 あろうことか私の腕とかお腹周りとか触ってきた、服越しだけど恥ずかしくてたまらない。


「馬鹿、触りすぎ!」


「馬鹿はお前だ、見えないが打撲しまくってるな。言え、誰にやられた」


 凄みのある雰囲気で私を詰めてきた。正直、こういうときの彼は怖い。


 私は小さい頃、両親を亡くして娼館の人に攫われたことを言った。同年代の子たちも虐げられていることも。


「っ、ぐすっ」


 自分のことを話しているうちに辛さを思い出して泣いた。


「にしてもこの都市の風営法は守られてないな。ここの領主を叩きのめして正解だったかもな」


 風営法? 領主? 急にどうしたんだろう。


「レイラ、暴力以外はまだ何もされてないんだな?」


 その言葉に頷く。


「お前はずっと娼館にいるつもりか?」


「……やだ」


「じゃあどうしたい?」


「逃げても行き場がないもっと酷い目に合う」


「逃げなくても次期に売られて男の食い物にされるだけだろうな」


 やっぱりルオは酷い人だ。そんな分かりきっていることをわざわざ言葉に出して言わないでほしい。


 涙目でルオを睨んだ。


「目の前の人間に助けを乞わないのか?」


「えっ」


 私は目を見開く。そういえばルオが何者かまだ聞いていない、そんなことできるのだろうか……。


「助けてくれるの?」


「お前次第だ。言ってみろ」

 

 ……聞いてみたいことが一つある。


「ル、ルオは私を助けたいと思っているの?」


「俺は別に……」


「は?」


 じゃあなんで助けようとしたの? ルオだって私に選択肢がないことは分かってるはず。なのに、腕を組んでそっぽ向いて関心がなさそうに見せてくるなんて、腹が立ってきた。


「じゃあいいです」


「は? 馬鹿か?」


 ルオは困った顔を見せていた。


「一人で生きるんでいいです」


 私はそっぽを向いた。視界の端でルオが後頭部を掻くのが見えたあと、彼は私に近づいて肩に右手を置く。


「な、なに?」


 首を傾げて尋ねる。


「今はまだレイラを助けられない。ここはまだ俺の領地じゃないからな、領主は叩き潰したが、王国がこの土地を併合しようとしている最中だ。それが終わるまで待て」


 ここの領主が賄賂で高い地位を得て、高い税金を農民、市民、商人に課して評判が悪いことは知っていた。その領主がとある貴族の手で弾圧されて領主の家が今にも廃絶されそうなことは今日、娼婦たちが噂していた。本当のことかは知らないけど。それがルオとなんの関係があるのだろうか? 仮にルオが貴族でも私より二、三歳年上の男の子にそんなことができるのだろうか?


「よく分からないけど、待つよ」


 私が答えるとルオは鼻で笑う。彼は表情をあまり変えないが、今日は困った顔を見せたり笑ったりと貴重なルオが見れた気がする。


 ルオは私の肩から手を離す。


「少なくとも誰もレイラに手を出さないようにする。しばらく俺の目を見ろ」


 またよく分からないことを言ってくるけど、とりあえず言う通りにした。


 見たことのない赤い瞳。吸い込まれてしまいそう、そう思わせるほど私を惹きつけた。


「うっ! 目が変!」


 私は両目を手で押さえる。痛いわけじゃない、なにかが目の中に流れ込んできた。


「俺の魔力を目に送った」


「魔力? ルオって魔法使えるの……? やっぱりルオって貴族なんだ」


 この国では貴族しか魔法を使えない。規制されているわけじゃない、魔法の教育を受けれるのが貴族だけだからだ。


「普通、格好見て気付くもんだろ」


「ルオの価値観を押し付けないでよ」


「難しいことを言うんだな。いいか、俺の目は俗にいう魔眼だ」


 ルオは辺りの壁を見つめる、すると壁が炎が上がった。


「わっ!」


 私が声を出して驚いていると、次第に炎が消えた。


「どんなものだろうが燃やす、そういう目だ。今お前には魔眼の力を少し貸した。少し火がつく程度だがムカつく相手がいたら燃えろと心の底から念じろ、いいな」


「えー怖っ! 下手に目を開けれないんだけど!」


 私は両手で自分の目を塞ぐ。


「いらないなら力を返してもらうが」


「いる!」

 

 食い気味に即答してみせた。

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