孤児の少女は少年公爵の許嫁となり、武術と魔眼の才能が開花する

ねいん

第一話 路地裏で邂逅①

 私――レイラは路地裏に散らかっているゴミを漁っている。理由はお腹が空いて食べ物を探しているからだ。


 小さい頃から私は娼館にいた。なぜかというと、両親を亡くした幼い私に目を付けた娼館のオーナーに攫われたからだ。オーナーは慈善事業で私を育てているわけではない、成長した私を生娘として売ることで儲けたいからだ。


 そんな未来は嫌だ。でも一人で生きていく方が危険だから今はここにいるしかないの。私は私で娼館を利用し、独り立ちできる年齢になったら逃げる……そう言い聞かせていた。


 娼館の大人たちから食べ物は与えられてないの? って思われるかもしれないけど、必要最低限の食事は与えられている。でも、私が住んでいる娼館には同じ境遇の女の子がたくさんいて、その子たちにご飯が入った皿をひっくり返されたり、ご飯に泥を混ぜられたりするから、食べれたものじゃない。


 おかげで他の女の子と比べて私の頬はこけてるし、腕がか細くなっている気もする。


「ううっ」


 痛みで呻く。服の下にはストレスが溜まった娼婦たちに殴られて痣ができていた。


 惨めだし、ムカつく。でも大勢の人たちを相手に反抗すれば、もっと痛い目に合う。


 私は目に涙を溜めてしまう。


「ぐすっ」


 涙を手で拭っていると足音が聞こえる。今は午後九時、路地裏には明かりはない。襲われでもしたら一溜りもない。


「汚いガキだな」


「っ!」


 声が聞こえる方向を向こうとするが怖くて顔を上げれなかった。


「臭いな」


 男の声だ。失礼なことを言っていた。


 だってしょうがないじゃない。毎日お風呂に入れるような環境じゃないんだから。


 私はちょっとムッとして顔を上げた。


 そこにいたのは少し年上の男の子一人だった。綺麗な顔立ちだった……まるで人形みたい。なにより目を引いたのは彼の髪色。私と同じ髪色――銀髪だった。生まれてこのかた、自分以外に銀髪を見たことがなかった。


 眼の色は私と違う。男の子は見たこともない赤眼で、私は碧眼だ。


「なにジロジロと見ている」


 あなたから声かけたでしょ! と声を大にして言いたかった。


 他に人はいないか辺りを見渡す。細い道の路地裏、人影は男の子以外にいない。殴られそうになったら逃げよう。


 よし、精一杯文句を言おう。


「さっきから失礼ですよ! それにあなたもガキじゃないですか! あと好きで臭いわけじゃないの!」


 はぁはぁ、なんでこんなに息切れてるんだろう。久しぶりに大きな声を出したせいかも。


 男の子を面食らったのか目を丸くしていた。


「俺が誰だが分かってものを言っているのか?」


 知るわけがない。なんでこんなに偉そうなんだろう。私は男の子の服に目を移す。


 よれよれで伸びた服を着ている私とは対照的だった。金色の装飾が施された高級そうな黒のコートを着ていた。


 お金持ち……端的にそう思った。


 はぁとため息をつき、私は壁に背を預けた。


「偉そう、お金持ってる人って皆そうなんですか。余裕があると心が豊かになると思うんけど、あなたは生まれもった性格がネジ曲がってる!」


 私は指を差して言ってやった。


「やはり、ここの領主はまともにこの街を統治してないらしいな。大人だけではなく子供ですら富裕層に不満があると」


 男の子はぶつぶつ喋っていた。


 全く話を聞いていない……私が馬鹿みたい。


「この辺りも調査すべきだな。あと、お前、肉が付いてなさすぎるな。すぐに死にそうだ」


 死の宣告をされた。


「じゃあなガキ」


「二度と来なくていいです」


 男の子は身を翻す。


 久々に喋ったから疲れ――


 ぐぅううううううう


 と、お腹が鳴った。静かだから路地裏でよく響いたし、男の子も立ち止まっていた。


 恥ずかしくなって私はお腹を両手で押さえた。


「お腹空いたのか?」


 私はこくりと頷いた。


「そうか、一生そこでゴミを漁ってるんだな」


 それだけ言って、男の子は去った。


 別に食べ物を貰えるとは思ってなかったけども! あんな酷い台詞言われるとは思ってなかった。


 あの男の子は悪そのものだ。


 それから数分すると、また足音が聞こえた。


 やってきたのはさっきの男の子じゃなくて立派なスーツを着たおじいさんだった。白髪頭で髭を蓄えていて、片眼鏡を掛けていた。


「初めまして」


「は、初めまして」


 おどおどしながら挨拶を返した。


「ルオ様とお話されていたのはお嬢様ですかな」


「ル、ルオ……? ああ! あの失礼な子ですよね。『汚いガキだな』とか『臭いな』とか『一生そこでゴミを漁ってるんだな』とか、酷いこと言ってきたんですよ」


 私はできるだけ悪意たっぷりな物真似をした。


「ほっほっほっ。その子かもしれませぬな」


 おじいさんは愉快そうに髭をなぞっていた。

 

 さっきの男の子、ルオって言うんだ。この人はあの子の父親? にしては歳が離れすぎているかも。


「これを差し上げましょう」


 おじいさんはロールパンが二つ入っている小さいバスケットを渡してくれた。


「え、これ、なんですか……?」


 戸惑いを気味に尋ねた。


「ルオ様からの差し入れですよ。では夜遅いので気を付けてお帰りくださいね」


 おじいさんは一礼をし、去っていた。


 私はぼーっと、両手でバスケットを抱える。なんで? という疑問が浮かんだけど空腹に掻き消された。


 ロールパンを手に取って、勢いよくかじりつく。


 一口食べると、目が覚めたように食欲が湧いてきた。手と口が止まらない……むしゃむしゃとロールパンをあっという間に平らげてしまった。


「ぐすっ……美味しい……」


 こんなちゃんとしたものを食べたのは久しぶりだ。


 大粒の涙が止まらなかった。

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