空間そのものには不足があり完成し得ないもの、かつ、満たす何かを招き入れることで全きとなるのでしょうか。
二畳はそのための仕掛けとか、枠組みとして、秀吉が課した条件付けみたいなものかな、と感じましたが、うーん、図り知れません。
ねねさん登場嬉しいです。
作者からの返信
茶の湯という世界自体、「足りない」ということに何か意味を見出したり、意味なんて無いけど美しさを感じようみたいなところがあると思います。
拙作の利休さんの場合は、そういう茶の湯を目指していて、秀吉はそれを知っていて、二条の茶室を作ってとお願いした……という設定です。
史実としては、今までにない新しい茶室を作って、文化面でも秀吉は最先端だとアピールしたかったんでしょうけど……。
拙作においては、それ以外にも意図があって作らせたということにしております^^;
ねねさん……私もこの人が出てくれて嬉しいです^^;
ありがとうございました。
動画で、利休が作った茶室を見たことがあり…
へうげもの、というnhkアニメの補足動画でしたが、
なかなか秀逸な動画でした。
いろいろと「仕掛け」を期待しています。
作者からの返信
私も別の、茶室作成の再現の動画を見ました。
「へうげもの」のことは知っていましたが、見ちゃうと影響されちゃうと思って見てませんでした(笑)
はてさて、利休は狭い空間を雲間の月にできるのか、いなか。
お楽しみいただければ幸いです。
ありがとうございました。
拝読致しました。
欠けた月のほうが全き月を思わせる。
多分に美化されたイメージなのかもですが、そこにない存在を呼び寄せる、のでしょうか。
2畳という客をもてなすには不完全な空間で、なにを持て成すのか。
なんのために?
禅問答のような、哲学的なお題になってしまいました(^_^;)
このことの、持つ意味は。
さて、解答編が楽しみです!(・∀・)
作者からの返信
何というか、世阿弥の「秘すれば花」みたいなことを、珠光が言い残したとされています(真偽は不明)。
果たしてその言葉に、利休は何を感じたのか。
……実際、禅問答だと思います^^;
禅と茶は、近しい間柄ですし。
おっしゃるとおり、哲学的な話になってしまいましたが、そうまでして利休に茶室を作らせる、秀吉の意図は何なのか。
お楽しみいただければ幸いです。
ありがとうございました!
ということは、もしや、敢えて二畳の狭隘を指示して、その不足の補填を案出させるということでしょうか。
茶の宗匠にそういう謎かけをしたのだとしたら、本能寺&山崎の大危機を乗り越えた秀吉、ずいぶん自信をつけたような。
作者からの返信
史実の秀吉は、今まで誰も作ったことのない茶室を作らせて、文化面のニューリーダーとしてアピールしたかったと思います。
いいから空前の茶室を作れ、工夫は任せるとか言って。
千宗易としても、茶を新たな局面に進化させたかったでしょうから受けたんでしょうけど、「迷惑なること」と書き残しています(笑)
……おっしゃるとおり、秀吉も大きく出ましたね^^;
のちの茶聖・利休にそんなこと言っちゃうなんて(笑)
ありがとうございました。
こんばんは、四谷軒様。御作を読みました。
悟りとか、芸術とか、道の果ては、それこそ言葉にできるものではないでしょうからね(T ^ T)
わからないまま、それでも走る利休さんが魅力的でした。面白かったです。
作者からの返信
何というか、「わからないけど、わかれ」という禅のような感じ(←禅に対する私の考えです^^;)だったのではないでしょうか。
史実の秀吉としては、凄い狭いのを作れば、自分が茶の湯界のエッジにいるんだとアピールできると思ったんでしょうけど^^;
しかしそんな無理難題をこなし、自らの茶の道へのステップとしようとする利休さん。
やっぱこの人は凄いな、と私も思います^^;
ありがとうございました。