第3話:生還者ポジの扱いは難しい

 デスゲーム。


 それは命をもてあそぶ究極のゲーム。画面の奥のアサルトライフルの撃ちあいなどごっこ遊びに過ぎない。

 死と隣り合わせの空間で、どう生き、どう足掻き、どう死ぬのかを楽しむ。

 これ以上に滑稽で狡猾なゲームは存在しない。


 そして、このゲームの生き残りは最も滑稽で愉快な者である。

 すなわち、そいつは世界で最も面白いことを知っていると言っても過言ではない。


 今日も私が作り上げたゲームの盤上で数多の参加者が、間抜けに命という名の駒を摘み取られていった。そして残ったたったひとつのキングにこそ、ゲームマスターである私と対等に権利が与えられるのだ。


「……おい」

「……ふっ、来たか」


 私の背後の巨大な鉄の扉が開かれる。

 そこから一人、鬼の形相で部屋に入ってくる。

 彼はこのゲームの唯一の生存者だ。すばらしい、よくぞここまで生き残った。

 だからこそ貴様は私に会いに来たのだろう。


 その顔を見れば言いたいこともわかる。


「……ふざけるな……お前のせいで……」

「悪いな、これもちょっとした」

「そんな言い訳を聞きに来たわけじゃない!!」

「……」


 そして男は、荒々しい口ぶりのままゲームマスターである私に詰め寄る。


「お前、なにをしたのかわかっているのか……」

「……」

「貴様っ!」

「……」


「二番目の部屋の扉開かなくって無駄に一人死んだじゃねーか! あれ、普通に不具合だろうが!!」

「はい……えーそれは、はい、すいません。それはまことに申し訳ありません」


 こうして、この生存者はクレームを言いに生き残ってきたのだった。


 _________


「はい、その件に関してはまことに申し訳ございません。あの扉は本来は既定の人数になった瞬間に開くはずのものでしたが、急いだ参加者の一人が扉に触れたことで、自動開閉システムが不具合を起こしてしまい、すぐに開かずに一名をいたずらに殺害してしまいました。こちらについては今後このようなことがないように努めさせていただきます」


 私は生還者『立花』に頭を下げている。

 不手際を指摘された以上、立場もあったものじゃない。


「それで……立花……」

「いや、今日はだ」

「……めんどくさいな、もう立花でいいか?」

「かまわない」

「マジですいません! アレは本当に知らなかったんです!!」


 またこの男はクレームを言うためにこの部屋にやってきた。

 それにしてもなんでお前はまた参加してるんだよ。それでいて、あっさりと生き残って来るんじゃないよ。

 しかも今回は、前回みたいな『皆殺し裏ルート』を使わずに、ちゃんとルールを無視せずに順当に生き残ってきたのだ。

 真面目に取り組んでもらった以上は、真摯にクレームを受け取らざる得ない。


「そのせいでその後の部屋でも、無駄に死人が出ているから見過ごせない事態になってるぞ。参加者全員困惑してたからな」

「はい、それはもうカメラから確認してたから知ってる次第です……」


 何に対して立花は文句を言っているのかを説明しよう。


 本当は8人になれば開くはずの扉があったのだが、扉が不具合によって開かなくなってしまい、背後から迫ってくるギロチンにがっつり一人がやられてしまったのだ。

 しかも自分でも「8人になったら開ける」と説明をしたうえで起きてしまった事件だったため、説明と異なる点について、私もどうしようかと悩んだ。

 さらに問題だったのがつぎの部屋のギミックだった。本来は二人一組を作るべきなのだが、こちらの不手際で7人になってしまった関係で、人数を無理矢理にでも偶数にするために、なぜかその場で殺し合いが始まってしまった結果、最終的に全員が不仲となった。


『こんなの一人殺さないといけないじゃないの!』


 そう叫んだ女性の参加者の悲鳴からの開戦。

 そして、彼女の仲間だった女を殺した。

 そのあとで部屋を脱出した際に、別に殺す必要などなかったことを知った。


『そんなっ、そんなぁあああ!!』


 あのとき戦うしかないと言ってしまったが、それが間違った選択だったことを知った彼女は放心状態に。そのまま油断をつかれて殺された。

 完全に私の予想外の展開になってしまった。


「でも、自分の判断で殺したことが間違っていたと知った時の、あの女の顔はよかったな。あれはあれでいいと思うが」

「お前ひでぇな」


 あいかわらずお前はどっちの立場でモノを言ってるんだ。


 それにしても今日の立花の恰好は黒のパーカーとジーンズか。

 前回は学生服だったから、高校生感が出ていたけれど、私服になると二十歳は超えてそうな見た目をしているな。


「今日はなんで参加したんだよお前は」

「いや、ちょっと金稼ぎに」

「前回一銭ももっていかなかったヤツが何を今さら!?」


 デスゲームで稼ごうとして、何度も挑戦する人みたいになってるじゃん。

 自分で言えたことじゃないけれど、やめたほうがいいよ、その発想。


「学生なんだから、別になんとかなるだろ。それとも親の借金を返さないといけないとか、妹の治療費とか、あるいは単純に学費か?」

「いや、一人暮らしだから金が必要なだけだ。あと俺は二十五だ」

「は!?」


 え!? 学生じゃないのお前!?


「じゃあなんで前回は制服着てたんだよ!?」

「それはもちろんファッションだろ」

「ファッション!?」


「デスゲームの参加者といえば『学生服』か『黒のパーカーにジーンズ』あるいは『曲がったネクタイにワイシャツ』って相場が決まってるだろ。女子も私服の場合はスカートはNGって知らなかったのか」

「知らないよ」


 よく見る恰好だけどさ!

 それを完全にファッションとして確立してるのお前だけだよ!


「学生服ならキャラもある程度幅広くとれるけど、パーカーだと不甲斐ないけど頼りになるキャラに落ち着くんだよな。それとワイシャツネクタイは即死する枠だからあんまりやりたくないし」

「あ、だから今回のお前、あんなに大人しかったんかい」


 あれ、あんなキャラだっけ? と思いながら攻略していく様子を見ていたけれど、自分でキャラ付けしてたのか。デスゲームのためにロールプレイしようとしてたってことかよ!


 それとうっかり聞き逃したけれど「あんまりやりたくない」ってことは死に役なのにワイシャツネクタイやったことあるのかい。


 そして、ここで私は立花が「キャラ付け」と言ったところで、ひとつ言いたいことがあったのを思い出した。

 

「そうだ、おい立花!」

「なんだよ」

「お前、部屋のギミックとかいろいろと調べている間に「前回はああだった」とか「今回は違う」とか言ってただろ!」

「それが?」


「そのせいで、お前の知らない間に参加者の間でお前の事『このゲームのかつての生き残り』みたいなポジションで神格化させられてたからね!?」

「マジで!?」


 大マジである。ゲームマスターである私が見てるから間違いない。

 立花がいない間に参加者の中で『工藤立花を守る派』と『工藤立花を殺す派』で揉めるシーンもあった。

 何か目的があるのだろうとそれぞれで推測、逆にゲームを知り尽くしているから味方に引き込む、あるいは裏切られないように先に殺す、といったゲームマスターでも収めることができない事態になっていたのだ。


「まさか……そんなことが」

「いや、私もお前が参加してくるとは思ってないし……ましてやリピーターがいるとも思ってなかったから」

「でも、俺がゲームを複雑にさせてしまっていたんだろう」

「もう私もどうしよっかなぁーって思ってた」


 ということで、もう何もかもめんどくさくなって、成り行きに任せた。

 そうして結果は派閥どころか、神格化されたコイツ以外は死んだんだけどね。


「それは、こちらも悪いことをした。申し訳ない」

「いいや、それも含めでデスゲームだから。ダイジョブだって」

「だとしても参加者が本来の楽しみ方ができなかったのは事実だろ。自分の知らない間に出しゃばったマネをしていたなんて……」

「いや、多分だけど誰も参加者は楽しんでないよ」


 よっぽど世界が憎いか、目覚めたか、お前かのどれかだよ。


「いや、そう言ってくれると助かる」

「助けたくて助けたわけじゃねーよ。前もお前が言ってたけれど、極限状態っていうのは人間なにをしでかすかわからないから。それを楽しむのもデスゲームの醍醐味だろ」

「確かにそうだけど」

「あと、まずそれをお前が気にするのがおかしいからね!?」


 ポジション管理はゲームマスターであるこっちの仕事ですから。


「それで……また賞金はいらない、わけじゃないか。普通に稼ぎにきたんでしょ? 一応前回の賞金も何かのために残してあるけど……」

「そうか、なら15万だけもらおうか」

「それお前の一ヵ月の光熱費と家賃だろ」


 ってことは来月も来るつもりかよ!

 もう来なくていいわ。だってお前が攻略したギミックも何個か使ってたからいろいろとバレつつあるんだよ!


「あぁ、それといつものだ」

「あ、いつものね」


 立花からきちんとした封筒を渡された。これは前回からして、アンケート用紙だろうな。だとしても、こんな封緘付きでご丁寧に書かなくていいよ。


 ……いや、それ以前にいいよ!!


「……はぁ」


 ため息をついたときにはもう部屋から立花は出て行っていた。

 さすがに今回は疲れていたのだろうか。前回も死地を潜り抜けてきたとはいえ、自分の立ち位置をケアしながら動いていたらしいから、精神的にも前回以上の負担があったのだろう。


 だとしても死ぬ生きるの瀬戸際に何を考えてるんだよアイツは。


「……頑張るか」


 一応、立花からもらった封筒を開けて中身を確認する。

 立花からいつの間にか恨みを買っていて、この封筒を開けた瞬間にガスが出て来て即死みたいな展開にはならなかった。

 その中にはやはりアンケート用紙がはいっている。

 ああ言っていた割にはちゃんと「よかった」のところにマルが付いているだけ満足はしているようだった。


 そして前回と同じく、ぎっちぎちに書かれた「その他」の欄を見る。


「……あーはいはい」


 なるほど。扉が開かなかったこと以外は、ある程度自分の予想通りに事が動いていたようだな。

 結局、余計に人が死んだ後もゲームのルールを上手く改変させて、人数調整を施すことができた。それもゲーム性を損なわない形でスムーズに。

 そのことにほとんどの参加者は気が付いていたかったようで、この殺伐とした雰囲気に恐ろしさをしっかりと感じていたらしい。

 不本意ながら良い結果になってよかった。


 あと、立花の言っていた『人肉ハンバーグ』も今回は導入してみた。

 もちろん参加者の肉はすぐには使えないため、別口で手に入れた人肉を加工して、味もごまかすためにソースやレタス、バンズを合わせた『人肉ハンバーガー』として提供したのだが。これにはほとんどの参加者は驚いていたな。


 ただ、あまり好んで食べるヤツはいなかった。

 ……かと思いきや、けっこう人気だった。

 それも意外なことに「頭のいい先を見据えるタイプ」の参加者が妙にたくさん買っていたのも面白い。


 理由は単純に『ハンバーガー』だからだ。

 長丁場になることを考えて、手持ちに加えていつでも食べれるものとして買う人が多くて、見ているこちらもなるほどと感心していた。

 そこに「人肉を食べる」なんて倫理観はあまり関係ないらしい。

 さすが頭のいいタイプ、生きることへの知恵のシフトが素晴らしい。


 とはいえ今回の落ち度はやはり機械系統だな。

 これはちょっと技術班と相談しないと……


「……ん?」


 封筒にアンケート用紙を戻した時に、封筒をうっかりと落としてしまった。

 しかし、封筒からさらにもう一枚の紙が落ちたことに気が付いた。


 なんだこれは。見たところ何も文字は……


「……はっ! これは!!」


 その紙に書かれていたのは……


 画面いっぱいに映る私の顔。

 恐怖におびえる惨めな参加者。

 ゲームに挑もうとする勇気ある参加者。

 ……の絵。


 その横には『#デスアート』のハッシュタグ。


「フ、ファンアートだコレ!!」


 いやマジでなんなんだよアイツ!!

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