第19話「憧れとのミスコネクト②」
同じ頃、環は優里の部屋にいた。バンドとしての練習の無い日はいつも二人で練習している。
優里が部屋のスペースにドラムマットを敷き、折り畳んであったYAMAHAの電子ドラムをセットする間、環は優里のベットにヨガマットを敷いてそこに座ってギグバックからギターを取り出すと、スマホのメトロノームアプリに合わせて運指練習を始める。ドラムのセットが済み、ギターにヘッドフォンアンプを付けてケーブルを電子ドラムの入力にセットする。優里がメトロノームのクリック音に合わせながら軽く叩き始め、それに環が合わせるようにしてジャムセッションに入る。これがいつもの二人の練習スタイル。環はメトロノームを止め、メロディアスなイントロを奏で始める。それを聴いて「久しぶりやない?」と優里は呟きながら合わせていく。そう、新入生お披露目ライブで最後まで演奏出来なかったヴァン・ヘイレンの「Eruption」だ。エフェクターを繋いでいないので物足りないものの、ハミングバード、タッピング、アーム等を駆使し、アドリブを入れながら現在の環が弾ける全てを出し切る全力演奏が10分ほど続く。優里がシンバルをかき回し、タムをゆっくり回し、シンバルで締める。環と眼を合わせると、派手なドラムソロから始まるレッドツェッペリンの「移民の歌」が始まる。「Eruption」が環メインの曲なら、この「移民の歌」は優里のお気に入りの曲。本家のヴォーカル入りとは違う、ドラムソロから入るこのバージョンは、全日本プロレス中継でブルーザーブロディという選手の入場曲の為にアレンジされた曲で、全編ドラムソロのような激しい曲。同曲は布袋寅泰バージョンもあるので環のギターも演奏しやすい。
「いつか移民の歌もステージで演奏したいわ」
曲が終わると肩で息をしながら優里がつぶやく。
「でも瑞稀英語歌えへんで」
「ま、ウチがやりたいのはブロディバージョンやし、どっちにしろ難しいなァ」
「ちゅうか、もう学祭用の曲も決めないとあかんな」
「瑞稀の歌で曲のイメージが掴めへんのが難点ですなァ」
「そうやな、今やと邦ロックっちゅうよりもJ-POPかな? 邦ロックもなんか苦手やけど」
「そこはのんちゃんに相談やな。その辺上手うやってくれそうやん?」
「うん、なんかあの人って他のヤツらとちゃうからいける気ぃする」
「珍し、たまちゃんが気ィ許してる」
優里が揶揄うように笑った。
「ええやん。とりあえず明日みんなに曲の事相談しよ」
環は恥ずかしそうにスマホを手に取るとバンドのグループチャットへ「明日、学祭の曲決めたいです」とメッセージを入れた。
翌日、朝から瑞稀はミュージカルのオーディションを受けたいという思いでいっぱいだった。しかし、2ヶ月後に控えた学祭のライブのことを考えると、バンドの仲間には言い出しづらい。でもここでちゃんと伝えないと全部ダメになる気がした。
「どうしても受けたい、受けるだけでいい」
学祭ライブ予選の曲決めの為に集まったドーナツ屋で瑞稀は環たちに頭を下げた。環は突然の報告に戸惑ったが、瑞稀の思いを知ってるだけにその気持ちを無碍にするのもと言う気持ちもあるがライブもあるし正直バンドとしてまとまってないのを考えると、今はバンドに集中して欲しいと思う環だった。
ガヤガヤした店内で、環たちのテーブルだけ沈黙が続く。耐えかねた瑞稀が口を開く。
「やっぱしこんなん勝手やんな」
「いや、そうやなくて、瑞稀の夢は知ってるし、なんて言うか、その、でも、今バンドの方もな……」
口籠る環。
しばらく眼を瞑り考えていたののかが口を開く。
「まあ、そのオーディションのこと詳しゅう聞かしてや。スケジュールとかそんなんなんもわからんからそりゃたまちゃんらも戸惑うてまうわ、なあ」
ののかが環と優里に促す。
「そ、そやね。バンド活動全く出来ひんやらそうなってまうの?」
優里が瑞稀に問いかける。
「オーディションは書類で受かったら7月の一次審査で東京に行かなならへんし、そこで受かったら9月の2次審査も東京に行かなあかん、多分週末になるさかいその日はバンド練習休まなあかんのや。そやさかい迷惑かけてまう……」
「9月の東京って学祭の日?」
ののかが心配そうに聞いた。
「学祭の一週間前。受かればだけど」
「学祭に被る訳とちがうんやんな?」
環が身を乗り出しながら瑞稀に聞いた。
「うん」
テーブルに安堵の空気が流れる。
「なんやー、オーディションでせわしなくなるさかいバンド辞めるのか思たわー」
「ウチもウチも」
環が安心したように言うと優里も頷いた。
ののかが「そう言うんは深う考えんと相談してや」と瑞稀の肩を叩く。
「え? え?」
もっと深刻な事態になると思っていた瑞稀は戸惑う。そんな瑞稀を見て優里が。
「要するにな、学祭ライブの本番にバンドとして曲完成されとったらええの。今はまだ組んだばっかりやさかいチグハグやけどなぁ。野球部や吹部みたいに毎日練習漬けで来いひんと上手う行かへんやらそう言うのあらへんさかい」
「そうそう、それに瑞稀ミュージカル目指してるってのはみんな知ってるし、ウチらも応援したいし、バンドは曲完成さして本番しっかり演奏出来るんなら全く問題あらへんで!」
「たまちゃん、優里……」
「ちゅうか、ウチら友達やん? もっと気楽に話してや」
瑞稀は嬉しそうに頷く。
「解決やな。そやけど瑞稀、オーディション受けるならそれ用の練習もせんととちゃう?」
ののかが少し突っ込んで聞く。
「バレエもボイトレも気合い入れるけど、今までと変わらへん思います」
「まあ、考えること沢山になると全部うもう行かんくなる事もあるし、のんちゃんからひとつ提案があんねやけどな」
「はい」
「環と優里も聞いて。ウチはな、学祭ライブはこの4人で最高の演奏したい思とるんけど」
「ウチらもです」
「そやから学祭前にハッキリ決着付けたいやんな」
「決着?」
「前にも言うた思うけど、新入生お披露目ライブの件。誰にも文句言わせへんようにするって言うたやんな。8月の選考会でそこを解決して、学祭ライブはなんのしがらみものう演奏したいねや」
「それはそうですけど……」
「ウチの勝手な思いかもわからんけど、あの件は平井の暴走を黙認しとったウチら2、3年の責任もあるからな。正直、環と優里にはすまんって思とー」
ののかが環と優里に頭を下げる。慌てて環が制して。
「いや、今先輩はウチらに協力してくれとるやないですか。それだけで十分嬉しいと思ってます」
「5月のライブでの環のリフ。うわっ、マジかって思てん。そやけど言えん空気が部活に流れたのもあってな。そやから8月の選考会で全部ぶち込んだら絶対空気変わる思うんや。そこでぶちかましたら学祭ライブで余計なチャチャ入れるやつもおらんくなるやろし、まず5月のライブの清算をさせたい。気持ち的にも全部な」
ののかの提案を真剣に聞く3人。
「ちょうどええちゅうか、瑞稀のオーディション話もあったし、8月の選考会は環と優里の実力を全面に出したい。瑞稀はロックのリズムに慣れてもらう時間として見て欲しい。どない?」
「ええと思います」
瑞稀が答える。
「そやから、今回の曲はウチに決めさして欲しい。もちろん環と優里の好みは把握しとーから大きゅう外しとらん思うけど」
「どんな曲ですか?」
「なあたまちゃん。たまちゃんはカッティング得意?」
「カッティングですか? ウチ、手が小さいのでグリップが難しいかも……」
「なら練習やな。大丈夫、環やったら出来るし、これが出来たら一発でアイツら黙らせられる思うわ」
ののかはスマホを手に取ると、曲を流し始める。曲を知らなくてもこのイントロのギターリフを聞けば相当実力のある人にしか弾けないと解るだろう。
「曲は、ボウイ(BOØWY)の「BAD FEELING」。環のギターと優里のドラムがメイン。この曲、完璧に弾けるか?」
「やります!」
「瑞稀は発声とかテクニックに拘らずに、この曲をカッコよく歌うっていう事に全力で挑んで欲しい」
「はい!」
8月の選考会に向けて、個々の課題と共に、バンドとしての目標がひとつ決まった。
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