第20話「憧れとのミスコネクト③」
曲を決めた夜にののかからバンドスコアがグループチャットで送られてきた。
環はそのスコアを見て大きくため息を吐いた。
「やっぱシェイクハンド苦手やなー」
ギターをつま弾きながら環が呟いた時、スマホの着信音が鳴る。優里からだ。
『たまちゃんスコア見た? これ相当練習せなあかんえ。キッツイわー』
『見た見た! タブ譜見た瞬間頭クラッとなったわ』
『サビ潰してドラムソロ入ってんの鬼やわ。頭から手数多くて追いつくか心配やのに』
『ちょい弾いとったんやけど、手癖にあらへんフレーズ多いさかいいつもの3倍は疲れるし頭追いつかへんわ』
『曲終わる前に倒れるんちゃうかな、これ。のんちゃん鬼やんな』
『でもな』
『ん?』
『ちゃんと最後まで演奏出来るんなら倒れてもええかなて思う』
『そやね』
『……明日の練習までにも少し弾けるようにしとかんと』
『ウチももうちょっと頑張りますわァ』
『うん、ほな明日ね』
通話を終えたところに父、
「ただいまー」
「おかえりなさい。あ、そやお父さん、またしばらくG-system貸して欲しいんやけど」
「ん、かまわんけど」
G-systemというのはTC ELECTRONIC ( ティーシーエレクトロニック )製のフロア型マルチエフェクターで、これ一台で様々なエフェクターを組み合わせた音作りが出来る。
「今度は何弾くん?」
洗面所から出てきてリビングのソファに座る洸平へ環は画面に楽譜を表示したスマホを渡した。
「お、BOØWYか? いやー、環がBOØWY弾くんか⁉︎ お父さん嬉しいわー」
あの曲はおっさんウケはいいようだ。
「『BAD FEELING』ならお父さんのテレキャス使うか?」
「いや、RGでいいよ。Gシス使うし」
「そうかー。布袋弾くならテレキャスやと思うんやけどな」
洸平は少し残念そうに言った。でも環はこのRGで色んな音を出したかった。曲でギターを変えるのはまだ先だ。もっともっと上手くなってからでいい。
翌日の放課後、割り当ての教室で最初の併せが始まった。まずはメトロノームでリズムを半分にして軽く流してみる。優里のカウントが始まる。続いて環のギターリフ。
「最初の8章節で観とーヤツ引き込んで、そこを優里のシンバルで目ぇ覚まさすイメージが出来たら8割型成功。そこで引き込めればウチらの勝ちやで」
ののかが説明する。
「選考会やし、けったいな盛り上げするヤツもおらんからノリノリにはならんけど、その分確実に音を聞いてくれるしわかってもらえる思うわ」
説明を聞きながら環はフレーズを繰り返し弾く。優里は一打一打を確認するように叩いている。
「瑞稀は歌だけちゃうくて、観とー人らに『どや? ウチら凄いやろ』って促すストーリーテラーの役割をしてもらいたい」
「ストーリーテラー?」
「狂言回しって言うんかな? ウチらのバンドって、ただ曲やるだけちゃうくて、3曲なら3曲、10曲なら10曲でひとつの物語のような世界を作るロック・オペラみたいなバンドになれるような気ィするんや。環と優里のやりたい音楽と瑞稀の世界観が融合したら、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』みたいなめちゃくちゃおもろいバンドが絶対出来るって!」
環と優里は『おおっ』と感心した。目を輝かせる2人にののかは言う。
「学祭終わった時にきっと思うよ、お買い得やったなーって」
お買い得。環と優里がののかに初めて会った音楽室で言われた言葉だ。初めはチャラけた人って印象だったけど、演奏や音楽の知識は凄いし、この先輩のおかげで全員敵って思ってた軽音楽部の人たちとも少しずつ話せるようになってきた。環は自分らの事を理解して手を差し伸べてくれるこの先輩の事が大好きになっていた。
「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド……。なんかかわいらしいバンド名ですね」
瑞稀もののかのバンドに対する想いに何かを感じたようで、少し上気したような頬で笑みを浮かべている。
「そやからまずは軽音全員ぶちかましてウチらの虜にしてまおーや!」
ののかの呼びかけに3人はおぉーっと拳を上げて答える。環はバンドとしてひとつ前進出来た事が嬉しかった。
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