第14話「背中合わせのエンカウント②」

 かすみに呼び出されたののかに緊張が走る。

「そういう訳でな、Dチームの比嘉姉妹が動き出したんよ」

「ぽてとの二人と組むんかー、思い切りましたねー」

「ののかには最悪、今月来月の選考会はオーディションになる可能性もあるってことだけわかって欲しい」

「わかりました。とりあえずみんなに言うときます」

 ののかはかすみに一礼するとその場を離れて環のバンドメンバーのグループチャットへメッセージを入れる。

ののか『お疲れさん、Dチームのアコースティック全員集合で学祭出たいって話になったらしいよ。これ次の選考会出た方がええんちゃうかな?』

環『アコギの二人とウクレレの姉妹ですか?』

ののか『そそ、4人で組むらしいで』

優里『それは出た方がええんと違いますか?』

瑞稀『すいません、遅れました。ウチも出た方がええと思います』

環『練習しましょう!』

優里『ウチら来週まで教室使えへんで』

環『スタジオ高いしな』

ののか『みんな、2時間練習するのに500円づつ払えるか?』

 環、優里、瑞稀から『大丈夫』と言うキャラクターのスタンプがポンポンと届く。

ののか『したらスタジオ聞いてみるわ、安いとこ知っとるんで聞いてみる』

 3人から『感謝』や『ありがとう』のスタンプが届く。

ののか『明日都合悪い人おる?』

瑞稀『明日は17時からバイトです』

ののか『じゃあ14時から16時で行けるか聞いてみる』

 5分くらい時間を置いて、ののかからのメッセージが来る。

ののか『オッケーやて、京阪で10分ちょいかかるけど、一時間1000円で電子ドラムとキーボード、ギターも貸し出し無料のスタジオあるんよ』

瑞稀『さすがのんちゃん!』

 環と優里も『素晴らしい』、『最高』と言ったスタンプが届いた。

ののか『したら、かすみ先輩には7月選考会出るゆうとくよ』

環『お願いします』

 環は焦っていた。この前の瑞稀やののかへの平井の態度を見ていると不安しか無かった。それでなくても、このアコースティックバンドを組ませたのは幹部会が仕込んだのかもと思えるくらいにはなっていたから。


 翌日、土曜の授業が12時半近くで終わり、環と優里は進学クラスである5組へ瑞稀を迎えに行く。準備を終えた瑞稀は環たちが入り口から覗いてるのを見つけて大きく手を振った。

 クラスではほとんど話す事が無い瑞稀がそんな態度を取る事に周りの生徒は少し驚いていた。コソコソと話をする生徒もいる。

 机に掛けてあった黒いリュックにタブレットやノートなんかを詰め込み、環たちの方へ向かう。

「早かったなー」

「一刻も早くスタ練行かんとと思って」

 環は瑞稀の手を掴んで、「はよういこー」と駆け出して行く。

「のんちゃんに置いてかれるで」

「たまちゃんノリノリですわァ」

 優里が呆れてそう言うが、環は止まらない。


 紅葉館伏見高等学校の最寄駅から京阪電車で10分ちょいの駅で降りてののかの後ろに付いて行く。住宅街の中にグイグイと入って行くののかに不安を覚えながらも付いて行く3人。

「ここがそのスタジオや!」

 ののかが得意そうに指を刺した建物は、普通の一軒家だった。ただ、張り紙で「カラオケ教室 生徒募集」だったり、「社交ダンス」や「ミーティングなどにどうぞ」と言った張り紙が貼ってある。

「のんちゃん大丈夫なんです? 中汚いとか嫌やんですけど」

 優里がボソッと言うが、瑞稀が「練習出来るんならどこでもええやないですか」とドアを開けて入って行く。

「すいません、14時から予約した伊藤4名です」

 ののかは瑞稀の後ろからひょこっと顔を出して中にいる年配のおばちゃんに告げる。おばちゃんもののかに気付いて。

「ののかちゃん、ちょっと早いけどもうつかっちゃってええから、いつものようにやって」

「ありがとうございますー」

 ののかは頭を下げると、「ユーリ、手伝って」と優里とドラムの組み立てを始める。

「瑞稀は環のアンプとか出すの手伝ってな」

「はい!」

 10分もしないで準備はほぼ完了した。ののかは備え付けのキーボードをセットして簡易なPA宅に繋ぐ。

「順に音だしていきましょかー。まずはギターから貰える?」

 軽いリフを繰り返し弾く環。

「はい、オッケーですね。次ドラムポンポンよろしくなー」

 優里が本当に音の確認みたいな叩き方をしている。

「優里も大丈夫やな。次瑞稀なんか声出してー」

「あー、あー、ラーラーラー」

「はいはい、取り敢えずこんな感じではじめようか」

「はい!」と、全員が答える。

「じゃあ、「ただ君に晴れ」通しで行きますか」

 優里がスティックでカウントを取り、瑞稀が歌い出し、そこへ環のギターが入って行く。さらに優しく合わせるようにののかがギター2のパートをキーボードで入って行く。そんなこんなで本日最初の演奏は最後まで演奏出来た。


 3回ほど通して演奏した後にののかが口を開いた。

「瑞稀は少し弱いんやんな」

「弱い?」

「バンドで歌うって、カラオケと違ってどうしても生音の方が立つんよ。だからどんなこーでも最初は埋もれるんよ。そういう意味での弱い、な」

「はい……」

「逆に環ィは強すぎ。前と違って、常に前に出なくてもええから」

「はい……」

「さすがって言うてええ思うねやけど、優里と環はめっさ合うとるから、環が瑞稀の歌をよう聴いて合わしていこうって意識していくんがまず大事や思う」

「瑞稀のうた……」

「瑞稀はまず、原曲を聴き込んで!」

「原曲ですね」

 ののかは深く息を吐くと続ける。

「今おるバンド、三年が部長のとこ含めて4つ。二年が平井んとこ合わせて4つ。一年でバンド成立してんのが2つとウチら、ぽてとと双子のチームが入って来て合計12組。参加枠は11組やから一組落ちる、落ちるんは一年のバンドや思っとる」

 ののかは、瑞稀が何かを言いたそうな目で見ているのを察し。

「わかるわかる。そやけどな、二年三年のバンドは部員らみんなよう知っとるんや、出す音も演奏レベルもな。つまりな、映画で言うたら見慣れとるスピルバーグやジブリなんやで。そやからほぼ安泰。低い点数付けんやろ。逆に厳しいのが一年。結成したばっかりのウチらとぽてとらは更に不利」

 空気が重いのを察したののかはスタジオ備え付けのキッチンスペースの方へ向かい。

「ここで落ち込んでもしゃあないやん。のんちゃんがジュース奢っちゃるから気持ち上げていこ!」

 環は今まで自分が理想とする形を目指して弾いてきた。瑞稀に合わせる。それがどう言う意味を持つのかがハッキリと飲み込めないでいる。そして瑞稀も自分に足りない部分がわからずにモヤモヤとした気持ちになっていた。

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