第15話「背中合わせのエンカウント③」

 毎月第一週目の金曜日、軽音楽部は全バンドが一曲づつ演奏して部内アンケートを取る選考会がある。このアンケートを参考にしてイベントやライブ出演するバンドが幹部会議で選ばれる。

 7月第一週は市内商店街合同のイベントに出演するバンドを決める前提で行われる。

 一年生バンドから順番で演奏が始まる。トップは4人組ガールズバンド「メイクアップ」。

「Bチーム所属のメイクアップです。あいみょんの「君はロックを聴かない」を演ります」

 PA担当の三年生、増田優庵ますだゆうあんが、ののかの打ち込んだドラムパターンの音源を流す。クリック音と共に演奏が始まった。

 メイクアップは奥村里美おくむらさとみギターボーカル、湊史華みなとふみかギター、鈴木梨深すずきりみ ベース、神山かみやまテレサ キーボードの4人組。環たちと同じ一年バンドで、軽音楽部に入ってから結成したのでバンド歴は4ヶ月。キーボードの神山テレサ以外はバンドを結成するまで楽器を演奏したことは無く、初心者だ。演奏は緊張が伝わって来るものの、ボーカルの奥村里美の歌声に息を混ぜるウイスパーボイスっぽい歌い方が功を奏し、部員たちには好意的に受け止められていた。

「ありがとうございました」

 一礼して挨拶を済ますと、奥村たちメンバーはアンプの電源を落としシールドをはずす。入れ替わるように一年の比嘉マオリがウクレレを抱え、妹のメリアがカホンを両手で持ちステージに上がる。二年の羽生優香と一色沙梨もアコースティックギターを持って続く。比嘉マオリが持つのは、ロングネックのコンサートタイプのウクレレで、ボディにピックアップを取り付けてある。マオリはピックアップにシールドを繋ぎアンプの電源を入れた。チューニングをしながら音を確認する。羽生優香がマイクの位置を確認してメンバーに合図を送る。

「二年、『いろはにぽてと』と一年の『YOLOずーやー』です。今回ユニット組んで出ます。曲はタイマーズの『デイドリームビリーバー』です」

 カホンの比嘉メリアがカウントを取り、少しリバーブを効かしたウクレレのイントロから曲は始まった。そのイントロの印象だけで部室内の空気が変わる。環はウクレレがこんなにも綺麗で印象的な音色だったのに驚いた。そこに羽生優香の優しく歌い上げるようなボーカルと、メリアのカホンが溶け合うように曲が進んでいく。『ダメだ、今のうちらじゃ負けるかもしれん』、環は焦って隣にいる優里を見る。優里の表情も曇っている。瑞稀の表情までは見えないが、ののかはふむという感じで目を閉じている。『あかん』、環は心臓の音が速くなっていくのを感じた。

 YOLOずーやーは元々、姉妹ウクレレユニットで、姉のマオリがボーカルもしていた。そのボーカルをいろはにぽてとの羽生優香に任せる事で、枷を解き放ったように音が生きてきた。妹のメリアもカホンへ移り、そこに一色沙梨のギターが入り、音の厚みも増している。曲が終わると拍手する部員も多くいた。

 いよいよ自分たちの番だ。環は焦っていた。

「さあ、いこか」

 ののかが環に声を掛ける。瑞稀と優里はもうステージ部分に向かっている。

 優里はドラム椅子に座るとドラムセットの微調整をしていた。

 PA卓に座る優庵がステージ部分を確認して『ドラム音ください』と声を掛ける。もうサウンドチェックが始まっている。環はいつものようにRAT2というエフェクターを足元にセットすると、シールドを繋いだ。

「一年、よもゆりプラスです。『ただ君に晴れ』よろしくお願いします」

 ボーカルの瑞稀がマイクに向かってバンドとしての第一声を放つ。バンド名は決めてなかったので、環と優里が新入生ライブで出した名前にプラスを付けた形になった。

 瑞稀は優里を見る。優里はその視線を受けて頷くと、ドラムスティックでカウントを取り、瑞稀のボーカルから曲は始まった。歌い出しすぐにギターが入り、ドラム、キーボードと続いていく。Aメロが終わり、間奏でのギターリフ、今まで一度も失敗したことがないこのリフで環はもたついてしまう。

 指が動かない……。なんで? 環は動揺していた。さっきの曲が耳に残ってる。今までずっと自分の理想に近づくためにやってきたし、さっきの曲は自分の求めるもんと違う。だって今まで気にもしたことなかった。でもこのままだと負けてしまう――。優里のドラムが動揺してるのがわかる。瑞稀は歌いにくそうだ。のんちゃんがなんとか支えてくれてるけど、このままじゃダメだ。瑞稀のボーカルは素直過ぎて印象に残り辛いし、もううちが最高の演奏をするしかない!

 不安定な演奏、音を探りながら歌う瑞稀。なんとかサビまで歌い終わり、ラスサビまでの間に入る間奏で環はエフェクターのスイッチを踏みギターを歪ませた。うちがなんとかする! 環は楽譜に無いアレンジした速弾きやアーム使いで前に出る。あまりの勢いに圧倒され、ラスサビに入っても瑞稀は歌に入れなかった。入れる演奏じゃなかった。


 こんなん違う――。瑞稀は思った。環が最初のサビ後の間奏でもたついたのはわかった。でも環なら立て直すと信じていた。でも、立て直すどころか自分が前に出て来るって、それってウチが信用出来へんってことなん? 間奏で暴走気味に演奏する環を見ながら瑞稀はそう感じていた。あかん、もう曲もどこかわからへん。歌い出しの部分もわからん。のんちゃんがフォローでメロディを入れてくれてるのがわかる。でももうどうにもならひんよ。こんな状況じゃ歌えない。


 演奏が終わる。瑞稀は席に戻らずに教室を出て行った。優里が心配そうに環を見つめる。ののかは環の肩に手を置くと、「とりあえず席戻ろか」と促した。

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青いウサギはそこにいる 九条志季 @suzuki_san

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