背中合わせのエンカウント
第13話「背中合わせのエンカウント①」
まるで夢を見ているようだった。小学校六年の時、学校で演劇鑑賞会という行事があり、京都駅の中にあるホールで初めてミュージカルを観た。演目は「オペラ座の怪人」。瑞稀の席は5列目で、オーケストラピットが入っているので実質最前列だった。役者の息づかいまで感じられるほどだ。それまでテレビや映画で観るのとは違う生身の芝居は大迫力で目が離せないほど引き込まれ、まるで自分が物語の中にいるように感じて今にも舞台に飛び出して行きたい衝動に駆られた。そして、大勢の俳優さんたちの一糸乱れないダンス。ファントムが独唱するラストシーン、感情が最高潮になり、主人公が気持ちを歌い上げた時には涙で視界が揺れていた。
カーテンコールで再び緞帳が上がる。ファントムを演じた俳優に呼び込まれ、次々と出演者が袖から順に出てきて笑顔で挨拶をしていく。最後に劇中歌を全員で歌い、礼をする。瑞稀はいつまでも拍手の手を止めなかった。その時、瑞稀はミュージカルの舞台に立つんだと心に決めた。
「そんで、お母さんにお願いしてバレエと声楽習わしてもろたんよ」
バンド練習で機材を運んでいる時に、瑞稀がミュージカル俳優になりたいと思ったキッカケを話してくれた。
「瑞稀んとこのお母さん優しいなー」
環が言うと優里も頷く。
「ウチんとこもたまちゃんとこも教室なんか通わしてくへんかったわ」
「お母さん優しいよ。ずっと二人やしな」
「瑞稀んとこもか、うちもお父さんと二人」
環が微笑み、瑞稀も釣られて微笑む。
「まァ、ウチらはギター弾けるたまちゃんパパと原田さんおったからなァ」
「ほとんどYoutubeの動画で練習した記憶しか無いけどな」
そこへ軽音楽部のCマネージャー、村上敦子に呼ばれていて遅れたののかが教室に入って来る。
「遅れてかんにんなー。セッティング終わったー?」
「ウチらの分は終わりましたよ。のんちゃん先輩も早くしてください」
バツが悪そうに笑うと、大きめのサブバックからKORGのTRITON taktile-49と言うMIDIキーボードを取り出し、ミキサーアンプに繋げる。
「先輩のキーボード小さくなりました?」
瑞稀が尋ねるとののかは「あれ重いからなー」と笑った。
「ほな今日からスコアに慣れて行くつもりでいきまひょか」
優里がそう言うと、皆は「はーい」と手を挙げたりしてOKを伝えた。
「行くよ、ワン、ツー、ワン、ツー、スリー」
瑞稀は楽譜慣れしているせいか、優里のカウントにスッと入って行く。
――うん、いい入りだ。
ののかは瑞稀の歌い出しに満足している。続けて環のギターが入る。ののかのパートは楽譜で言うとギター2だ。優里のドラムがリズムを叩く、ああ、久しぶりやなこの感覚とののかは感じた。このぎこちない音が段々と融合してって凄い音になってくんだと思うとワクワクしてくる。でも何か小さい違和感があった。しかし、本格的に合わせたんは数えるほどやし、これからやと思っていたら「お疲れ様ですー、二年スパーキング入ります!」と次の時間を使う二年生バンドが入って来た。
慌てて片付ける環らを見ながら、ののかもキーボードをバックに閉まった。
「なあ、ののかんとこのバンドは7月の全バンド選定会出るの?」
Cチームマネージャーの藤田かすみはお昼の休み時間にののかのいる二年生の教室を訪ねてそう聞いた。
全バンド選定会とは、軽音楽部の全バンドが一組一曲づつ顧問含め部員全員の前で演奏してどの程度のレベルなのかを評価してもらう場だ。部員にはアンケートが配られ、それを元にライブに出すバンドを決める形になっている。
「7月のは、ジョイコンです?」
ののかが尋ねると、かすみは笑って、「夏祭りのイベントとかくらいかな」と答える。
「聞いてみますけど、ウチら結成したばっかやからまだ早いかもしれんです。8月の校内合宿の時がいーかもです」
「そうかぁ、練習発表の場なんやからあんま気負わんでええのに」
「みんなでイケる思ったらやります」
「わかった、いつでも相談あったらいつでもしてな」
かすみはそう言うと教室を出て行った。
ののかは窓から見えるグラウンドに視線を落とす。そこには吹奏楽部の部員たちが集まってトラックを走っていた。吹奏楽コンクールの予選が間も無く始まるので基礎訓練だろう。
「吹部は頑張んなー」
気怠そうな表情で窓から手を出して眺めていると、
「ウチも気合い入れんとな」
軽音楽部部室では顧問の村山を交えて幹部会議が開かれていた。
「今月の選考会の参加は、学祭の参加基準を満たしているバンドが11、2人組ユニットが2、ソロが5名です」
副部長の平井が教卓に立って説明する。
そこにCチームマネージャーのかすみが椅子から立ち上がり。
「Cチーム、四方田さんたちのバンドが欠席予定です。まだハッキリとはしてへんけど」
それを聞いた平井は不機嫌そうにして。
「四方田んとこは今回は出なきゃあかんのちゃうか?」
「まだまとまってないんらしいよ」
かすみは一応助け舟を出す。
「まあ、選考会は学祭の前に校内合宿あるし構わんやろ。では本日はここまで」
部長の長谷川が収めるが、平井は納得いってない様子だ。
Dチームマネージャーの三年生、上田瑛二が部室を出ると、同じチームの一年生、比嘉マオリとメリアの姉妹が廊下で待っていた。
「上田先輩、相談があるんです」
妹のメリアが話し掛けてくる。比嘉マオリとメリアは双子の姉妹で「YOLOずーやー」というアコースティックユニットをしている。マオリが姉でウクレレ。妹のメリアはアコースティックギターとカホンを叩く、軽音楽部では異色のユニットだった。
「どしたん、君ら」
「私ら学祭にどうしても出たいんです。それで、二年の羽生先輩と一色先輩に相談したら一緒に組んでもいいって言われて」
「それはよかったやない。ぽてとの二人か。あの二人なら君らとも合いそやしな」
「ありがとうございます。それで7月の選考会って――」
「大丈夫! そういう時のためのリーダーやからな」
比嘉姉妹は手を取り合って喜んでいる。
「だから大丈夫っていったさー、マーオーは心配性さー」
「リーアーは楽観的すぎるよ。出場の枠の事もあったんでわんは不安だったさー」
安心して嬉しそうに話している比嘉姉妹。沖縄出身の姉妹は、双子と言っても二卵性らしくあまり似ていない。性格も姉は引っ込み思案で、妹のメリアの方がコミニュケーションが上手く、遠慮が無い。お互いの欠点を補っているいいコンビだった。それにメリアのウクレレは一度聴いたら忘れられないくらいに心に残る。正直楽器のうまさで言えば軽音楽部イチじゃないだろうか。このユニットが出てくれるのは正直嬉しい。
「それでパートはどうなるんかな?」
上田は聞いた。
「はい、マーオーがウクレレで、リーアーがカホンとパーカスです。ぽてとのお二人はアコギとギタボで入ってもらう予定です。
「えらいバンド出来たな。アコースティック全員集合やん」
Dチームは上田のバンド以外はこのユニット2組しかいないので正直あまりものの集まりと言えるチームだった。これで2バンド。もう他チームと変わらない。
「じゃあ俺からもぽてとに言っとくわ」
「「ありがとうございます」」比嘉姉妹は嬉しそうに深々とお辞儀をした。
上田は少し冷静になって考えた。
「出場枠が10組で今の内部で資格満たしてるんが9組、四方田んとこが出来て10、一組余るんちゅうんか⁉︎」
上田は、慌ててCマネージャーのかすみにLINEのメッセージを飛ばした。
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