第12話「わがままDTMer④」

 昼食のサンドウィッチを食べ終えた瑞稀は音楽室へと向かっていた。昨日バンドのグループチャットで新メンバー候補に会うから瑞稀も来て欲しいと連絡があったからだ。音楽室の扉を開けると懐かしいメロディが聞こえてくる。これは『猫踏んじゃった』だ。光沢を放つグランドピアノで見知らぬ女子生徒が演奏している。その横に環と優里が立っている。瑞稀が二人のそばへと向かうと途中で曲が変わった。これはバレエ音楽「白鳥の湖」 2幕の「4羽の白鳥たちの踊り」だ。知らない人はいないだろう。

 ののかは白鳥の湖を1フレーズ弾くと和音を3回入れ、モーツァルトのトルコ行進曲へと繋いでいく。そして、テトリスで有名なコロブチカを挟み、流れるように初音ミクのボカロ曲、『千本桜』へと移っていく。誰もが知っている有名な曲の美味しいところを集めたメドレーのような構成だったが、ののかの演奏は力強く、惹き込まれるように魅力的だった。

 ののかは演奏を終えて環の方を見やりこう言った。

「ミュージシャンは言葉じゃなく音楽で語れって誰かが言いよったからな。どうやった?」

 環は声を出せなかった。軽音にこんなに上手い人がいたんだ、入部してからほぼ全員の演奏を聞いてきたし上手いと思う人も何人かはいたが、ここまで上手い人は初めてだった。

「お得と思うんやけどな」

 ののかはニヤッと笑うと人差し指を頬に当て、首を傾げるとそう言った。

「み、瑞稀に聞いてみないと……」

 環が返答に困っていると、ののかの視線が環たちの後ろにいる瑞稀へと移る。

「たまちゃんが決めたらええ」

 瑞稀が来たのに気付かなかった環は「えっ?」と驚いて振り返る。

「バンマスはたまちゃんやさかいね」

 優里が環の両肩に手を置いてののかの方へと向かせる。戸惑う環だが、意を決したように「よろしくお願いします」と、恥ずかしそうに頭を下げる。

「こちらこそよろしくお願いしますー」

 ののかが笑顔で答えると、優里が興味深い顔で「伊藤先輩はいつからピアノやっとったんどすか?」と聞いてくる。

「3歳からやけど、中学受験に失敗してからは趣味でやっとる感じやなー。そしたらミックスが面白くなってなー」

 気が付くと大智の姿は見当たらなかった。ののかは「アイス一個じゃ安すぎたかな」と思いながら心の中で感謝し、三人に「ほな今日の練習見に行くなー」と告げる。そこでお昼休み終了の予鈴が鳴り、この場は解散になった。


 放課後、軽音楽部のミーティング。議題も15分程度で終わり、部長の長谷川が「何かあれば」と言うと、ののかが手を挙げる。

「うち、四方田さんらのバンド入ったんでよろしゅうお願いします」

 平井のバンドメンバーを中心とした取り巻きらが少しざわついていたが、ののかは気にも留めなかった。

 長谷川は「わかった」と言うと、他の意見が無いのを確認して「バンド練に移って」と指示を出し部室を出て行く。

 部員たちはバンド練習に向かう為に部室を出て行ったりバンド同士集まったりしていたが、平井とバンドメンバー、数名がののかの元へやって来る。

「伊藤、お前最悪やろ。今までタラタラしてんのに何急にやる気出してん」

 ののかは平井たちを一瞥すると、「あかんの? 学祭は、なるべく全員が演奏出来るようにしたいって部長がこの前言いよったよね?」

「オレらは部の為にやってんで」

「言いよる事はわからんくないけど、あんなピンポイントな制限付けるとか後輩がかわいそうや思わんの?」

「人数余ってるんやで。そやのにアレはイヤ、この人とは組めへんやらわがまま言うとったのはアイツらの方や」

「そやけどなぁ、ジョイコンや軽音フェス、追い出しの定期演奏会かて出るんは幹部が決めたバンドやん? 学祭ライブくらい工夫して出してあげーな」

「盛り上がるバンド選んで何が悪いんや」

「身内で盛り上がっとるだけやん」

 ののかも平井も一歩も引かない。環はののかの元へと駆け寄るが、自分が嫌われてるからこの先輩は平井にイヤミを言われてる。その事実に声が出てこない。

 優里と瑞稀もやって来て、平井の後ろにはバンドメンバーらが。ののかの後ろには環たちが対立するように睨み合う形になった。

 近くにいた部員たちは静かに様子を見ている。

「実力で選んでるんと違うんですか?」

 瑞稀が口を開く。

「なんやお前、新入部員がうるさいわ」

「新入部員関係あります? 今の話がおかしいから言うてるんです。そういうん含めて軽音は年功序列いうんならしゃあない思うけど」

 平井は言い返せない。出場バンドの選考は2、3年生を中心に選ばれているは事実だ。暗黙の了解というのだろうか、歴代の幹部会ではそういう見えない決まりがいくつかある。特に2、3バンドしか出れないライブや大会への選抜で一年中心のバンドが選ばれる可能性はほぼ無い。劣勢と感じたか、後ろにいたバンドメンバーの1人が平井の肩に手を置いて、「もう練習行こうぜ」と即す。平井も頷き、ギグバックを担ぐと出口へと向かう。

「ま、せいぜい頑張れや。すぐ仲間割れしそうやけどな」

 捨て台詞を吐くと、平井はメンバーらと共に部室を出て行く。

「めんどくさ」

 予想はしてたけど面倒くさいヤツだなとののかは思った。そんな事を思っていると優里が近付いて来て、「先輩、行きましょか」と声を掛ける。ののかは机に立てかけてあったキーボードが入ったソフトケースを背負い、スクールバックを手に取り出口で待っている環たちの方へと向い、照れくさそうに言った。

「熱なってもた。さあ、練習行こか」

 瑞稀はののかの顔を覗き込むとこう言った。

「先輩って色々かっこええですね」

「いやいや、瑞稀かてかっこええわって思っとうよ、のんちゃん好きになってまうかも」

 ののかは瑞稀の腕に抱きつく。あまりこういうのに慣れていないのか、瑞稀は慌てながら「ちょ、先輩」と離れようとしている。

 環は悔しかった。自分が嫌われるのはいい、でもそれが原因でメンバーになってくれたみんながが責められている。それがこんなにも苦しいなんて初めて知った。そんな時、ののかが言った言葉が頭を過ぎる。

――ミュージシャンは言葉じゃく音楽で語れって誰かが言いよったからな――

 背負っているギグバックのストラップを握る手に力が入る。環はもっともっと上手くならないとと強く思った。

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