第11話「わがままDTMer③」

 翌日、瑞稀みずきが入って初めてのバンド練習の日。問題だった曲も、あの後グループチャットで話し合い、全員が知ってる曲という事で、ヨルシカの『ただ君に晴れ』になった。

 バンド練の前の簡易ミーティングで瑞稀は入部の挨拶をした。少しざわついたが、何事もなく解散になって割り当てられた教室へ向かう。途中機材室から電子ドラムが入ったキャリングケースとドラム椅子、ポータブルPAとマイク、シールド等を教室へ運ぶ。練習時間は90分。二交代制で、先のバンドがセッティング、時間になったら交代して、後のバンドが機材の片付けをする形だ。90分の練習時間の内、前後の数十分はセッティングと撤収にかかってしまう。それでも他の学校と比べればドラムが備品で複数あるだけでも恵まれている。それにプラスして、楽器が五台まで繋げてヘッドホンで音を確認出来るミキサーが二台あり、サイレント環境でのバンド練習が出来る。

「いつもこんなして準備してるん? 大変やなあ」

 瑞稀がケーブルをミキサーに繋ぎながらギターのセッティングをしているたまきに告げる。

「うちは簡単なんやけど、ユーリは大変やわ。重いし」

「そやけどまあ、ドラムセットあるだけありがたいわ。他の学校やらパッドでやってるとこもあるらしいし」

 優里ゆうりがシンバルをポンポンと叩きながら言った。

「なんか高そうやもんな」

 瑞稀はそう言いながらリュックからクリアファイルに入った楽譜を取り出した。

「瑞稀プリントしたんや!」

 優里がその光景を見て驚く。環も優里も楽譜はタブレットで見ている。

「ボイトレの時とかも紙やと落ち着くんよ」

「そうなんや、まァ軽いしな」

 優里はそう言うと、「まず一回たまちゃんと合わせてみるんで、次から歌入って」と、瑞稀に告げ、カウントを取る。

「ワン、ツー、スリー、フォー」

 休符とヴォーカルの入りを意識してG、D、A、Bmとコードを奏でる。瑞稀が慣れるまではコードだけで行こうと環と優里は話していた。

 一通り演奏が終わり、「なんとか行けそうやね」と環は優里に告げる。

「これ、どうやって歌えばいいの? 最初とか」

「この曲は頭に休符があるんで、カウントのワン、ツー、スリーでフォーのトコで歌い出してくれればうちらが入るから」

「わかった」

「ほな行くよ。ワン、ツー、スリー」

 優里がカウントを取り、三人の初めての演奏が始まった。


『そや、四方田よもださんらには会うまでのんちゃんだってことは隠しといて欲しいんよなー』

 アイスを食べて別れた後に来たののかからのメッセージにはそう書かれていた。家に向かう電車の中で大智だいちは「なんで?」と思ったが、ののかの話しにもあったように、軽音楽部員だと断られると思ったんだろう。昔から知ってるだけあって容易に想像が付いた。間違いない。大智は電車に揺られ、暗くなった景色を見ながらそう思った。車窓から見える風景は夜に包まれ、電気の明かりが流れていく。

 大智は自宅に戻り、夕食や入浴を済ませるとスマホからLINEを開き環と優里とのグループLINEにスタンプをひとつ送った。昔、なんとなく造らされたグループチャットが初めて機能した瞬間だった。

 5分もしないうちに環から『なになに?』とクマのイラストに書いてあるスタンプが届き、すぐに優里からもかわいいキャラのスタンプが来た。大智は『お前たちのバンドに紹介したい人がおるんやけど』と打つと、環からのメッセージが来る。

『ベース! ベースか?』

 続いて優里も会話に参加してくる。

『流石大智やなァ、顔でかいだけあるわァ』

『ベースじゃないと思う。あと顔デカくないわ』

『はぁ? ベース欲しいって言うたやろ』

『じゃあなにが出来はるん?』

 そういえば何が出来るのか聞いたことが無かった。軽音部だから楽器は出来るものと思い込んでいたが、何のパートなのかわからない。

『知らん。お前らのバンドの話聞いたらしく紹介してくれって頼まれたんよ』

『ベースや無かったらいらん』

 環からそうメッセージが来ると、優里から『やれやれ』と書かれたスタンプが来て、環も『ガッカリ』というスタンプが届く。

『いやいや、お前らヤバいんやろ? とりあえず話だけ聞いてみたらどうや?』

『えらい熱心に話し進めますな。なんか裏が』

 ジーッと睨んだスタンプが優里から届く。

『もうええわ。そんなん言うなら断っとくし』

 大智は諦めて話を終わらそうとするが、『まあ、話しだけなら』と環からメッセージが来る。少しホッとすると大智はののかに連絡を取り、明日昼休みに音楽室で顔合わせが決まった。


「瑞稀の歌どやった?」

 翌日の昼休み、大智が紹介してくれた人に会う為に音楽室へ向かう途中、優里は環に聞いた。

「いいんちゃう? 音程とかも外れへんし声も前に出とるしな」

「確かに。でも思ったより――」

「普通やね」

「そう! 普通なんよ」

「カラオケとかでもツッコまれひん感じやなぁ」

「まあ、一歩前進やんか」

「これでベース入ってくれたら音に厚み出てええんやけど」

 そんな話しをしながら音楽室の前に着くと環は扉を開ける。そこには大智と一緒に見知った顔があった。軽音楽部二年の伊藤ののかだ。ののかは音楽室にあるピアノの椅子に座っている。

「どーもー」

 ののかは2人に声をかけるとブンブンと大きく手を振った。

「伊藤先輩?」

「え? なんで先輩が」

 環は困惑していた。まさか軽音部の人間がいるとは思わなかったからだ。しかもこの人はスタッフ的な仕事をしてる人で演奏する姿は見た事が無い。そもそも部活で見たのも数回しかない。

「キミら人数足りんやん。ウチどうかと思て」

「どうって、先輩って楽器やってるイメージ無いんですけど……」

「一応ピアノ弾けるよ」

「いや、今探してるのベースなんで」

「ベースならいくらでも打ち込むし! めっちゃいいベースラインいっぱいあるし」

「打ち込むって?」

「DAWで君らの演奏に合った音源作るってこと」

「オケって事ですか?」

「ちゃうちゃう、ただのオケやない。君らの演奏に合わせた音源だと思って」

「いや、出来たらベースの人に……」

「わかっとう? バンドで一番重要なのはベースや。そして一番足りんのもベースや。ベースはやってみるとめちゃカッコいいし、上手い人の聴けば一発で虜になる。でも外から見ると目立たんし地味なんよ。地味すぎて軽音にも最初からベース希望するヤツは少ない」

 確かに今の軽音楽部でバンドに所属していないのはギターしかいない。

「ベースにこだわっとーなら来年まで誰も入らんちゃう? せっかくヴォーカルも入ったんやしライブ出とー思わんの?」

 ののかは続ける。

「わたしなー、DTMやりたい思っとんねん。ミックスな。でも今の軽音楽部じゃ難しいし、ノリだけのアホばっかや。そんな時に君らとジュリエットが組むって聞いてん」

「ジュリエットって瑞稀――」

「そう! ロック様とジュリエット。こんなん絶対おもろなるって!」

「おもろいって、先輩、そんな言われても」

 『断ろう』環はそう思い優里の方を見やる。優里は深く息を吐くと、ののかに「先輩、申し訳ありませんけど」と口を開いた。

 ののかは手のひらを向け、優里の言葉を遮るとピアノの鍵盤蓋を上げる。そしてピアノ椅子に座り、鍵盤でmid2Aの音を叩いた。ポーンという音が音楽室に響く。

「さて」

 両手を合わせて軽くストレッチをしたあと、ののかは軽やかなテンポでメロディを奏で始めた。

「これ……」

 環と優里はののかのメロディを聴くと顔を見合わせて心の中で呟いた。

「「猫踏んじゃったやん!」」

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