第3話「ヴァン・ヘイレンとライダーキック③」

 4時間目の授業が終わるチャイムが鳴り、担任の大和田は黒板の上に掛けられているアナログの大きな時計を見上げる。針はちょうど12時を指していた。

「はい、じゃあ今日はここまで」

 大和田がそう言うと、生徒は各々お辞儀をしたり腕を伸ばしてストレッチをしたりして昼休憩の時間に入る。たまきはトートバックから保温バックに入った弁当箱とペットボトルの水を取り出して教室の広報の席にいる優里ゆうりの下へ向かう。

 優里の席は窓側の後ろから二つ目だ。右隣りの佐伯くんと前の席の田嶋さんは2人とも吹奏楽部員で、いつも昼食は吹部でパート練習と言われる各楽器に割り振られた教室で食べてそのまま練習に入るのでいつも教室にいない。もちろん2人からは自由に使っていいと言われてる。

「ユーリ、今日ここで食べる?」

「ここにしよ。りょーちゃんもパン買うてきてるみたいやし、購買の椅子んとこ行っても混んでるし」

「食堂で食べてみたいんだけど、一年は二学期まで禁止やしな」

 環は田嶋さんの椅子をくるりと回転させ優里の正面に座る。と、そこに涼子りょうこが薄茶色のポリ袋に入ったパンとパックの牛乳を持ってやってくる。

「コーヒー牛乳売り切れてたよー、品揃え悪いよこの学校」

 文句を言ってる割に楽しそうだ。涼子はガタガタっと右隣りの机を優里の机にくっつけて椅子に座る。

 環は保温バックから弁当箱を取り出し蓋を開ける。今日はのり弁に玉子焼きと唐揚げ、ブロッコリーにプチトマトだ。それを見た優里と涼子から「おお〜」と歓声が漏れる。

「相変わらずたまちゃん家はお弁当のお手本みたいやな」と優里が誉めて、涼子は「愛だね、愛」と囃し立てる。少し照れ臭いが、父親が毎日早起きして作ってくれてるので褒められるとやっぱり嬉しい。環の母親は、環が中学一年の時に父親と離婚した。新しい恋人が出来たとかどうとか言われたが、その時の父の顔があまりにも哀しそうで、父に付いて行くことに決めた。それからずっとお弁当は父親が作ってくれている。仕事も忙しいのに感謝しかない。

「じゃーん」

 涼子は紙袋からカルネとメロンパンを取り出す。カルネとは、京都にある志津屋というお店が販売している惣菜パンで、ふわっとした食感のフランスパンにハムとタマネギがサンドされてる昔からの人気メニューだ。

 京都は美味しいパン屋が多い。パン消費量日本一だけあってチェーン店から個人経営のお店まで沢山ある。環の家も基本ご飯がメインだけど、パンが主食の時も多い。涼子はパンはおやつって感じで、朝とか昼はいいけど夜ご飯でパンはありえないって言うけど、こっちでは割と普通だ。京都の人はパン好きが多い。

 優里はなんかおしゃれっぽいサンドウィッチを何も言わず食べている。優里のお母さんは料理好きで、 SNSとかに動画とか写真を載せてるようで結構フォロワーがいるらしい。今日のサンドウィッチもバゲットにベーコンとチーズ、アボガドが見える。グリーンリーフが入ってるのがお店で売ってるのっぽい。

「ねえねえ、2人はいつから楽器やってるの?」

 カルネを食べ終えてメロンパンの袋を開けながら涼子は2人に尋ねる。

「たまちゃんがギター始めてからやさかい小5の時からかなぁ。」

「なんでギターだったの?」

「あんな、お父さんが昔の洋楽好きなんやけど、それでYoutubeのおすすめにヴァン・ヘイレン出て来てなぁ」

「ヴァン・ヘイレンって?」

「アメリカのロックバンドやわ」

 涼子の問いに優里は答える。

「今まで聴いたことあらへんような音聴こえてきて、弾き方も全然違うし画面に釘付けになってもうて……。まるで魔法みたいやった。音楽ってこないに自由なんやって思たら自分でもやってみたいって思て」

「たまちゃん朝からずーっとその話しとったんでな、学校の帰りに自転車でブックオフに見に行ったんよ」

「ギターめっちゃあってびっくりした!」

「買ったの?」

「小学生だよ、買えへんって」

「そっか」

「で、たまちゃんパパが知り合いから都合付けてきてくれたんよ」

「黒いのと赤いのな」

「ウチが赤いので、たまちゃんのがこの前体育館で弾いてた黒いのん」

「そうなんだね! ってユーリもギター弾けるんだ!」

「コードだけな。たまちゃんどんどん上手なってくさかいやる気のうなってな。それに一緒にバンドやるならちゃう方がええかなって思てドラムにしたんやわ」

「なんでドラム?」

「たまちゃんパパの友達にドラムやってた人がいてな、叩かせてもろてん」

「へー」

「叩いた瞬間これやって思ったわ。あの音圧をウチが出してるって思たら興奮してもうて」

 優里はドラムを叩くようなスティックさばきを見せる。

「一時間くらいでエイトビート叩けるようになったんも大きいな」

「ユーリは昔からリズム感ええもんな」

 環がおどける。

「それにタイコ叩いてると気持ちええし」

 えへへ、と優里が笑みを浮かべると、涼子は「ユーリは色々溜まってそうだもんね」と笑った。

 普段はおとなしいが、おばあちゃんっ子の優里は会話にさりげなく嫌味を入れてきたりとめちゃくちゃ京都の人間っぽい。おばあさんは昔、芸妓さんをやっていたそうで、優里の喋りが京ことばなのはその影響が強いようだ。

「そや、今日お父さん浜田さんに会うらしい」

「師匠に!? そういや、しばらくおうてへんなァ」

 授業開始前の予鈴が流れ、昼休みは終わった。慌ただしく弁当箱を片付ける環。「じゃああとでねー」と涼子は自分の席の方へ戻り、優里はリュックから教科書やらノートを出して授業に備えている。環も自分の席に戻り授業の用意を始める。午後の2コマが終われば軽音部のミーティングだ。この時、環はなんの曲を演ろうかななんて考えていた。自分の未熟さが巡り巡って自分を苦しめる事になるとは思いもせずに。

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