第10話 現役勇者、元勇者の奴隷になる

「……ねぇ、おじさん。ほんとにソイツ、連れて帰ってきちゃったんだ」


 追加で奴隷になったルークともう1人の男を屋敷に連れて帰るなり、完成した夕食を食卓に並べていたリシェルが早速俺たちに毒づいた。


「あ?お前こそ、なに家事に勤しんじゃってるワケ?ゼタさんの嫁にでもなったつもりか?」


「なっ!ち、ちがうわよ!わ、私は奴隷としての仕事をしているだけよっ!」


 出会い頭からヒートアップする二人。反論するリシェルの頬がなぜか少し紅潮している。


「おいおい。頼むから仲良くやってくれよな」


 ただでさえ、2回戦のあと速攻で家に帰ってきて疲れてるのだから、ちょっと静かにゆっくりさせてほしい。


 ちなみに、今回の帰りは送迎予約をしていたので『車』で帰ってきた。ルークと彼が奴隷にした男(今日から俺の奴隷だが)を拾い、移動すること数時間。日は傾いていたが、その日のうちに屋敷に戻ることができていた。運転手はフラムではなかった。


 あと、ルークが俺を動揺させた、昔の仲間のことについて車の中で問い詰めたのだが……。


 完全な嘘だった。面識なんてないらしい。


 ホント。やってくれるわ、このクソ勇者。絶対明日から肉体労働させてひぃひぃ言わしてやろうと誓った。


「まぁ今日からお互いゼタさんの奴隷同士だ。仲良くやろうぜ」


「絶対イヤよ!私は過去にアンタから受けた仕打ち、まだ忘れてないんだからね!」


「昔のことだろ?水に流そうぜ?お、うまそうな料理並んでんじゃん!」


「アンタに食わせるメシはない!」


「でも2人分にしては作りすぎだろ。張り切りすぎじゃね?」


「もう!うるさい!!」


 めちゃくちゃ嫌いと言ってわりに、案外息ピッタリな感じもする。


 嫌悪の裏返しは好意だ。無関心ではいられない二人の様子はなんだか少し微笑ましかった。


「リシェルはみんなのためにたくさん作ってくれたんだ。感謝しろよ、お前ら」


「た、たまたま作りすぎちゃっただけよっ!」


 帰宅前にリシェルに連絡していたので、作りすぎたってことはないと思う。


 なんだかんだ、この子は本当に優しい子だ。


 しかも今回の料理は見た目も悪くない。前回即席で作ってもらったからイマイチだったたけなのかもしれない。


「全員座れ。メシにしよう」


 俺は年長者らしく場をまとめ、この場を仕切った。


 みんな色々思うところはあるだろうが、とりあえず、まずは腹ごしらえだ。





「「薄っ!」」


 見た目とは違い、料理の味は軒並み塩気やらなにやらが足りなかったため、リシェル以外全員のリアクションが一致した。


「素材の味を大事にするのが、私流なのよ!」


 素人が薄いと言われた時に必ず使う言い訳を惜しげもなく言い放つリシェル。素直に調味料が足りなかったと認めればいいのに。


「まぁ食えるだけマシか」


 料理に興味を失ったルークがスマホを操作しながら、フォークで肉の味しかしない肉を口に運んでいる。


「おっ!今日のバトルヘブン人気投票ランキングがもう更新されてるぜ!」


「えっ!ホント?私もチェックしなきゃ!」


 リシェルもスマホを取り出し、二人して同時に同じサイトをチェックし始めている。


 おい。食事中にそれはちょっと行儀が悪いんじゃないか、君たち。


「あーーーー!!おじさん!ちょっとこれ見てよ!」


 席を立ち、俺の隣まで来てスマホの画面を見せてくるリシェル。


 か、顔が近い……。


「ランキング、3つほど上がってるよ!よかったね!おじさん!」


「おいおいおい。なんだこの結果。俺の順位、めっちゃ落ちてるじゃねぇか」


「そりゃアンタ。あんな負け方してたら当然でしょ。戦い方も姑息だったし」


「わかってねぇなぁ。世の中の奴らは……」


 ……なんだこいつら。そんなの、どうでもいいじゃないか。


 バトルヘブンは勝たなきゃ意味ないだろ。そりゃ人気は高いほうが嬉しいに決まっているが、一喜一憂するほどのアレでもないだろうに。


「おじさん。冷静な顔してご飯食べてるけど、嬉しくないの?」


 リシェルが怪訝そうに疑問を投げかけてくる。別にそんな下の方でちょこっと順位が上がった程度で嬉しいはずはない。


「そんなに気になるものなのか、それ。ていうか、敗退したら人気投票の順位なんて勝手に下がっていくだろうし、そんなの追いかけててもしょうがなくないか?」


「ふっふっふ。わかってないなぁ、おじさんは」


 リシェルはそう言うと、また器用に指を画面の上でスライドさせ、今度は自身の配信動画のアーカイブを見せてくる。サムネはリシェルが仕事用の笑顔を振りまいていて、背景には……なんか見覚えあるな、ここ。


 ってこれ、俺の屋敷じゃねぇか!


「新企画!『リシェルの奴隷生活~家事編~』PVはとっても順調よ!」


 ま、まぁいいんだけどね別に。自由にやってくれれば……。


「バトルヘブン出場者の目的は大抵、売名なんっすよ。負けて奴隷になっても、配信で稼いでくれるなら勝って奴隷にするほうもメリットあるじゃないっすか?」


 ルークがワケのわからない理屈を説明してくれるが、理解できない。


 奴隷になってでも売名したいのか、多くの出場者は。


 最近の若い奴らの考えることはよくわからん。


「で、この配信が人気になればおのずとバトルヘブンの人気ランキングも上がって、相乗効果でより知名度も上がるって寸法よ。広告効果も抜群だから、電流ファンタジアさんも推奨しているやり方よ」


 人気、知名度、承認欲求。彼らにとってそれは、命を懸けるに値するほど手に入れたい重要な代物らしい。


「俺は別に配信なんかやらないし、勝ち続けられればそれでいいかな」


「そっか。おじさん、毎回トレンド席巻してるから、配信したら絶対人気出ると思うんだけどなぁ」


 リシェル、人気にも色々種類があると思うんだ。


 『悪役貴族』とか言われてる俺だぞ。その線で行けば、ほぼ確実に炎上系動画の主だろう。勘弁してもらいたい。


「おっ!3回戦のゼタさんの対戦カードも決まったみたいっすよ」


 ルークがスマホを料理が並んだテーブルの中央に置く。


「因果なもんっすね。まさか彼女が勝ち上がってくるなんて」


 彼はすでに俺の次の対戦相手を確認しているようだ。


 因果って、相手は誰だろう。スマホの画面をのぞき込んでみる。


「3回戦。対戦日時は2日後の〇月△日。対戦場所は王都ベル・ハイム臨時特設闘技場。対戦対手は……ルナ・ルゥタ?」


 ルナ・ルゥタって2回戦でルークが鬼のように使っていた魔道具を開発した幻の錬金術師か!なんだってこんな大会に出てきたんだ?とても戦いに長けた人物とも思えないのだが……。


「……気を付けてくださいね、ゼタさん。俺が使ってた魔道具は、彼女が遊びで作った、言わばおもちゃみたいなもんなんすよ。ホンモノは、マジ強烈っすよ」


「ちなみに私が使ってるあの杖も、ルナさんの魔改造がかなり入ってるのよ。ほんと気を付けてね、おじさん……」


 一応心配してくれてるのか、この二人。かわいい奴らだな。


 ま、所詮は錬金術師だろ?どってことないっしょ!


 さくっと片づけて、また家でゆっくりしよっと。

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