第9話 現役勇者、クソ勇者になる

「いやー派手にやってくれましたね!ゼタ・アライアント!」


「でもあのバトルフィールド。結構高価な代物らしいですよ」


「修復にも時間がかかりそうですしね!大会の円滑な運営にも支障が出ます!後日、ゼタの屋敷には多額の賠償請求が乱れ飛ぶことでしょう!」


 大型モニターの中で、実況と解説がなにやら不吉なことを言っている。


 この破壊したフィールド、弁償しなきゃいけないの?そういうのは先に言えよ!


 ああ。もしかして大会規約に書いてあったのかな。やっぱ後で確認しよう。


「参りました。降参です」


 瓦礫が散乱する中、膝をついていたルークが立ち上がり両手を上げた。


 さっきまで使用していた銃は足元に置いて、万歳のポーズをとっている。


「はっきり言ってお前の事、弱いって勘違いしてた。すまんなルーク。どんな手を使ってでも勝とうとする姿勢、俺は嫌いじゃないよ」


「ゼタさん……」


「勇者って言われ続けるのも、案外大変だしな。お前の気持ちもわかるよ」


 一度勇者の称号を得てしまうと、様々な特典が受けられるという反面、絶対に負けられない戦いを続けなければならないというプレッシャーもある。


 特に昔と違って今の時代はもし負けたとなれば、その情報は一気に拡散する。


 もともと知名度があるヤツほど、落ちるときの速度は急激だ。二度と勇者の名声は戻っては来ないだろう。というより、もともと何もなかった時よりもさらにひどい状況となる。普通に街を歩けなくなる可能性すらある。


 それくらい、勇者を続けるというのは大きなリスクも背負っているのだ。手段を選ばずに勝ちに来ること自体はとても真っ当だ。


 だが、今回は相手が悪かった。


「いや、先輩めちゃくちゃ強いっすね!ちょっと握手してもらっていっすか?」


 さっきまでの人を小馬鹿にしたタメ口は封印したらしい。今は調子のいい部活の後輩のような口調になっているルーク。


 服で雑に右手をぬぐい、差し出してくる。


「あ、ああ」


 若い男子から握手を求められることなんて普段なかったので、実はちょっと嬉しかったりする。


 まぁ勇者は今日で終わりかもしれないが、俺の屋敷に来ればそう悪い生活にもならないと思うし、肩の荷も下りて楽に暮らせると……


「なぁんちゃって」


 握手に応じるため、差し出した俺の右手の甲になにかが刺さっている。


「ばっかじゃねぇの!オマエみたいな汚ねぇおっさんと握手なんかするはずねぇだろが!」


 どうやらこの土壇場でもルークは隙を伺っていたらしい。おそらく今刺さっているこの針も魔道具なのだろう。


「はっはっは!その針に仕込んだ神経毒はすげぇんだぜ!なんせあの巨大なドラゴンですら一滴で悶絶させる代物……!!」


「効かねぇよ。んなもん」


「……えっ?」


 中途半端はよくないな。俺は刺さった針など無視して無理やりルークと握手した。


 そして、思い切り右腕を振り上げ、彼を空高く舞い上げた。


「へっ?」


「この俺を欺こうとした罪は重いぞ」


 背中に携えた剣に手を掛け、抜剣の構えをとる俺。


 地上からの加速が止まり、到達点に達したところで急激に落ちてくる勇者ルーク。


「や、やめろおおおおお」


 混乱している様子だ。慌てふためいている。ただ落ちてくる。


「性格の悪いガキは嫌いでね」


「ごめんごめんごめん!ごめんなさぁぁい!」


「さよならだ」


「い、いやだぁぁぁぁぁ」


 現役勇者ルーク・アイズ。引退勇者ゼタ・アライアントの凶刃により、その短い生涯に幕を閉じ……ってそんな寝覚めの悪いことはしませんよ。


「……へっ」


「クソ勇者。今日からお前は俺のしもべだ」


 男を抱きかかえる趣味はなかったが、落ちたら死んじゃうしな。


 お姫様抱っこだ。ただ、呪印のおまけつきだがな。


 二度とこのゼタ様に無礼な口を叩くんじゃないぞ。


「ああっと!なんかよくわかりませんが、ルークの額に『呪』の印が!」


「これは決まりのようですね」


「勝者!ゼタァァァァアラァァァイアントォォォ」




 ぽかーん。





「なにあれ、ダッサ」


「やっぱ顔がいいだけの男はダメよね。ていうか、そもそもタイプでもなかったし」


「あ!ねぇ、これ見て!この人かっこよくない?しかもすっごい強いんだって!」


「推し変不可避!」


 決着がつき、ものすごい勢いで観客席から人がいなくなっていく。


 スマホに似た機器を操作し、見せあいながら「ねぇ!王都にまた新しいオシャレな雑貨屋さんできたんだって!今から寄ってかない?」などという会話なども聞こえつつ、蜘蛛の子を散らすように皆去っていった。


 所詮流行りものを追っていただけの連中。旬が過ぎればすぐにまた違う何かに心を奪われる。


 代わりなんて、いくらでもいる。代えのきかない存在など、この世界には存在しないのかもしれない。


 それがたとえ、勇者であったとしても……。


「……」


 放心状態のルーク。気持ちは察するが、お前にはいい薬だよ。


「おっとここで異世界SNSトレンド速報です!『雑魚ルーク』や『新旧対決決着』なども急上昇しているようですが、どうやらまたゼタが上位を席巻しているようですよ!」


 どうせまた炎上してるんだろ……。


「やっぱり『悪役貴族』は強いですねぇ!今回もまた2位になってます!」


 誰だよそれ最初に言い出した奴は。今度見つけてとっちめてやろうか。


「あはは。でも1位はこれもまたいいですなっ!界隈の方たちのセンスが光ってますねぇ!」


「えっと1位は……『ゼタ・ハラスメント』!これもなかなか面白い!」


 面白くねぇよ!ったく、なんだよそれ!俺はただ戦って勝っただけだっての!


「ゼタさんのしごき、マジきついっす」


 奴隷になった途端、また口調が変わるルーク。調子のいいヤツだな、ほんと。


 あと解説はいちいちトレンド速報流さなくていいだろ。もうそれただの悪口ですよね?


 まったく。どいつもこいつも……。


「本当にきついのはこれからだからな!」


「マジ勘弁してください」


 そんなこんなで、俺はこの異世界デスマッチ【バトルヘブン】の2回戦もなんなく勝ち上がり、リシェルとルーク、そしてルークが一回戦で勝った誰かの合計3人の奴隷を得たことになり、本日の戦いを終えた。


「はぁ、疲れた。それにしても……」


 心地よくない疲労感とともに、気になることがひとつ残っていた。


 無残に飛び散った石畳の残骸たち。それらを見渡し思ったこと。それは……


「この壊れたバトルフィールド。直すのに一体いくらかかるんだろう……」


 3回戦からはお財布にやさしい戦いを心がけよう。



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