第5話 聖女、元勇者の奴隷になる
白熱の1回戦を終え、周囲の警戒を怠ることなく、俺とリシェルは夜通し馬車を走らせ、アライアント家がある北の辺境地まで帰宅していた。
「へぇ~。おじさんの家、すっごい大きいのね!」
馬車は自宅の前まで走ってくれたので、リシェルは降車と同時に俺の屋敷が目に飛び込んできたのだろう。すぐに感嘆してくれた。
「疲れただろ。とりあえず風呂でも入ってゆっくりしたらどうだ?」
リシェルのうしろを降車しながら、俺は至極真っ当な提案をしたつもりだった。
「……おじさんのエッチ」
あのなぁ。
「いやおまえ、普通に戦ってそのまま帰ってきたんだから汚ねぇだろ」
「聖女はお風呂に入らなくってもきれいなんですぅ!」
なにその理屈。アイドルはう〇こしないって言ってるのと同じだろ。
ていうかこの聖女。俺に生殺与奪の権を奪われている割には全然緊張感ないな。普通に親戚の家にでも遊びにきている感覚なのだろうか。
まぁガチガチに緊張されても困るけどな。別に俺は奴隷なんて求めてないし。
「とりあえず中に入ろうか」
そう言って俺は、バカでかい正門の扉の横にある脇扉のカギを開け、屋敷の中へと歩みを進める。「わぁ」とか「すごぉい」とか単純に感動しながら俺のうしろをトコトコついて来るリシェルはなんだか微笑ましかった。
「んじゃまぁ、腹減ったし。メシでも作るかぁ!」
風呂はいいというので、俺たちは屋敷の調理場に直行していた。
馬車の移動でほとんど眠れず疲れていた俺だが、王都を出てから丸1日何も食べていなかったので、さすがに腹の虫が泣いていた。
なにはともあれ何か食べたい。
「私もお腹すいたぁ。っていうか、私が作るわよ。奴隷なんだし」
あ、一応認識はあるんだね。
「いや聖女さん、料理とかできないよね?」
完全にイメージだけでリシェルを家事ができない女と決めつける俺。
破壊系聖女に家庭的なイメージはない。
「失礼ね!私こう見えて、料理めちゃくちゃ得意なんだからねっ!」
「え?そうなの?」
「私のメインチャンネル『リシェルの小部屋』はクッキング動画なのよっ!」
ああ、生配信で山吹っ飛ばしたって言ってたあれか。料理しながらだったとしたら、さぞクレイジーなアーカイブに仕上がっていることだろう。
「そうなんだ!そりゃ期待できそうだな!んじゃ、お願いしてもいいかな?」
「まっかせなさい!!」
正直ちょっと作るのめんどくさいと思っていたので、助かる。
「調理器具とか調味料はその辺にあるの適当に使ってくれ。食材は……大したものはねぇが、料理得意ならあるモノで適当にサッと作れるでしょ!」
「ええ問題ないわ!ひとりで大丈夫だから、おじさんはゆっくりしてていいよ!」
「そ、そっか。んじゃお言葉に甘えて……」
調理場の大まかな説明をして、リシェルに今日の朝食の準備を託した俺は、隣の食堂でくつろがせてもらうことになった。
正直少し不安もあるが、アレだけ自身満々なんだ。
さぞ、うまいものを食わせてもらえることだろう!
◇
「……これはドラゴンのエサですかね?」
思わず本音を漏らしてしまう俺。テーブルに置かれたどんぶりのような料理の見た目に殺意しか感じない。
「失礼ね。人間の食事よ」
憮然とした表情のまま「いただきます」というリシェル。躊躇なくその物体をスプーンですくい、口に運び始める。
……毒とか入ってないよね?
「い、いただきます……」
こんな若い女の子が俺のために作ってくれた料理だ。少し覚悟はいるが、食べないわけにはいかないだろう。それと仮に本当に毒が入っていたとしても、大した問題でにない。解毒の魔法は得意だからね。
「ん、あれ?これは……」
「料理は見た目じゃないのよ!」
勝ち誇り始めるリシェルだったが、実はこのどんぶり、大しておいしくない。見た目ほど不味くはないが、とても「うまい!」と言える味はしない。ただ
「ああ……」
「え?ちょっとおじさん、なに泣いてんの?そんなに美味しかった?」
ミラ……。これは、君の味だ。料理が苦手な君の、へったくそな味付けの食事。
それで俺がメシを作るようになって……。なんか思い出したら、泣けてきた。
年をとると、本当に涙腺が緩くなる。特に昔の思い出はだめだ。懐古厨には耐えられない。
「ああ。おいしいよ。とっても……」
「そんなに感動されると逆にひいちゃうわね」
この禍々しいのに薄味のどんぶりも、涙の塩味が加わることで、ちょうどよい塩加減に変わって食べやすくなっていたとは、とても言えなかった。
◇
「あの女の人、おじさんの奥さん?」
食事も終わり、後片付けをしてから食後のティータイムを満喫していた俺とリシェル。
食堂の棚の上に飾られた写真立てを指さしながら、リシェルが俺に聞いてきた。
「いいや。でも、とても大切な人だった」
俺は自分で淹れた紅茶をすすりながら、聞かれたことに対して正直に答えた。
「……死んじゃったの?」
「ああ。3年前に病気でね」
「そう……。でも、とっても綺麗な人ね。なんとなく、私に似てない?」
「バ、バカ言えよ。マナみたいないい女、この世にふたりといねぇよ」
とは言ったものの、実はそうなんだ。
最初に顔を見た時から感じていた。この聖女はミラに雰囲気がかなり似ている。
料理の味もそっくりで、それが俺の心にかなり刺さって思わず涙が出てしまったんだ。
「ふぅん。ま、私のほうが可愛いけどね!あ、そんなことよりおじさん、これ見てよ!」
そんなことって……。一応俺の大切な思い出なんだけどな……。
リシェルがそう言ってポケットから差し出してきたのは、明らかにスマホだった。
俺は持っていないが、転生前は当然使っていたのでよくわかる。これまでの経緯から、見た目も機能も現代のものと遜色ないと思われる。
「あとちょっとで、おじさんの次の対戦相手が発表されるよ!」
テーブルの上に器用にスマホを立て、小さいテレビを二人でみる要領で画面を見せてくるリシェル。そこには、大会名バトルヘブンと抽選中というシンプルな文字列だけが表示されていた。
そっか。オンラインなら当然リアルタイムでわかるのか。参加承諾なんかも本来はこれでやり取りするんだろうな。俺は持ってないからまた手紙が来るのかな?
ちなみに本大会『バトルヘブン』はトーナメント形式で争われるが、次の対戦相手は毎回抽選で決まる。勝ち進めば誰と当たるかわかる普通のトーナメントとはルールが違う。
「あ、通知きた!ちょっと操作するね!」
一度スマホを自身の手に戻し、指を器用にスライドさせながら次の対戦相手を確認してくれるリシェル。数回の操作で目的の画面を表示させ……
「……」
リシェルの表情が曇る。明らかに様子がおかしい。
え?次の相手、そんなにヤバいやつなの??
「……おじさん」
「……なに?」
「次の対戦相手、絶対負けないでね……。ていうか、叩きのめしてほしい」
テーブルに投げつけるようにスマホを置くリシェル。落ちそうだったので素早くキャッチする俺。手に取ったので中を見てみる。
表示された次回対戦相手の顔と名前が確認できた。
「……ルーク・アイズ。だれ?」
若い兄ちゃんだ。まぁ今風のイケメンだな。すごい爽やかな顔面とサラサラな青い髪。モテそうでいけ好かないやつだな。こいつそんなに強いのか?
「私を追放した勇者パーティのリーダーで現役の勇者」
「……え?」
「私がこの世で最も嫌いな、性格最悪なクソ勇者よ」
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