第4話 聖女、無双ざまぁされて泣く
「な、な、ななんと!!あのリシェルが繰り出した究極の一撃が、いともたやすく天高く弾き飛ばされたぁ!!」
さっきまで土下座を推奨していたボジョレーヌが、拡声音に乗せて静まり返っていた闘技場の空気を震わせる。
「あれは右手に魔力を集中させて、攻撃の軌道を変えただけですね」
「そ、そうなんですか!?アレってそんな簡単にできるものなんですか?」
「いや無理でしょ」
初めて解説らしい解説をするヤス・マッキン太郎。まぁ、正解だ。
俺は直接打撃を受け流せるほど、今の剣技に自身がない。なので殴りかかってこられれば避けるか防御するかカウンターしかないのだが、関節系の魔法攻撃などであれば話は別。この歳でも受け流すことはたやすい。
「ふぇ……ふぇぇぇぇええええん!」
実力差を察してしまったのか。リシェルはその場にへたり込み、両手で顔を押さえながら大声で泣き出し始めてしまった。
あ、いや。……え?
「私だって……ひっく……一生懸命、かんばってるんだよぉ!」
泣きじゃくるリシェル。困るおじさん。
「回復魔法、いっぱい練習したのに!何回やってもうまくならないの!」
どうやら追放された理由を話しているような気がする。
「ヒーラーとしての才能なんてなかったの、私!聖女なのに……笑っちゃうよね」
感傷的で自虐的になっている聖女。改めて静寂に包まれる観客席。
「わかっていたのよ。回復が苦手なヒーラーなんてただのお荷物だって……」
さっきのドラゴン討伐の話さながら、皆黙って聖女の追放理由を聞いている。
なんかさっきから話ばっかりでほとんど戦ってないよな、俺たち。
「でもさ、もう少しやさしくしてくれてもよかったじゃない!そういう子だって世の中にはたくさんいるの!」
涙を拭き立ち上がるリシェル。
「だから私は決めたの。才能なんかなくったって、強く生きていけることを示すために!」
さらにアツくなるリシェル。
「追放したアイツらを見返すために!ただ、力だけを求めた!」
そういうことだったんだね。まぁ才能は人それぞれだからね。ヒーラーが向いてないならそれに固執する必要もないでしょ。
「私はドラゴンを1人で倒せるくらい強くなった!血の滲む努力と、そしてなにより配信で多くのフォロワーさんを得て、私の心の支えになってくれた!」
配信は別に関係ない気もするが。まぁ承認欲求は大事か。
「応援してくれるすべてのファンのためにも、私はここで負けるわけにはいかない!おじさんはとても強いのかもしれない……。だけど!」
再び杖を構えるリシェル。戦意の火を強くたぎらせているのがわかる。
「私は絶対に諦めたりはしな……へっ?」
ただ、相変わらずしゃべりすぎだよ。
確かに強くなったのかもしれない。だけど
「Cカップ。俺のもっとも好きな大きさだ」
少しだけ、本気を見せた。周りの目にはおそらく何も映らなかったことだろう。
俺は瞬間移動のごとき速さでリシェルの露出した左胸の上あたりに呪印を押させてもらった。「呪」の印はすでに彼女に刻まれ、俺の勝利は確定していた。
胸の状態なんかもついでに測らせてもらった。理想的な弾力と膨らみだった。
「そんなしょうもない理由で得た力じゃ、この俺は倒せないよ。聖女さん」
茫然自失のリシェルに少しだけかっこつけて言い放つ俺。
……決まった。
「な、なにが起こったというのだ!なんとすでにリシェルの胸には呪印が押されているだとぉぉ!!」
「いやぁ。まったく見えませんでしたな!」
「え、ええ。でもこれは文句なしでしょう!」
「そうですなっ!」
ボジョレーヌとヤス・マッキン太郎が決した勝敗を確認しあう。そして
「勝者!ゼタァァ!アラァァァァイアントォォォォ!!」
しーん……。
おい!ここは「うぉぉぉぉすげぇぇぇ!」とかなるところじゃないの?なんでみんな黙っちゃてるわけ?俺、勝ちましたけど。
「て、てめぇぇぇおっさんコラぁぁぁ!!」
「アンタよくそんな頑張ってる健気な女の子に呪印なんか押せるなぁぁ!!」
「この勝負は無効だぁぁ!取り消せぇぇ」
ああもう!うるっせぇなぁ!黙れよ観客席!
勝ったのはこの俺!最強勇者、ゼタ・アライアント様だ!
「……えっ?ちょっとちょっと!」
俺はリシェルに近づき、サッとお姫様抱っこで彼女を抱き上げる。若干顔が紅潮した様子を伺えた気もするが、たぶん気のせいだろう。
そして沸き立つ怒号に満ちた観客席に向かってこう怒鳴りつけてやった!
「今日からこの聖女は俺の奴隷だ!文句のある奴はかかってこいやぁ!」
「上等だコラァァ!てめぇ生きて帰れると思うなよっ!!」
もはや混乱と狂乱を極めはじめた王都ベルハイム特設闘技場。結界でバトルフィールドへの立ち入りはできないが、今日の帰りは闇討ちに注意しないといけなくなった。
ほんと、やれやれだな。
「ああっと!会場の皆さま静粛に!静粛に!」
うるさい観客席を黙らせてくれた実況者。
「今のバトルが本日の最終試合でしたので、現時点における人気投票の集計結果がまとまったようですよ!皆さま、会場の大型モニターにご注目ください!」
ん?人気投票ってなんだ?
「512名すべては表示できませんので、上位5名と下位5名のみ表示しております」
へぇ。戦いの勝敗を決めるだけじゃなくて、こういうのもやってんだな。
投票総数10232532票。
ランキングは……知らないヤツばっかでどうでもいいな。
いや1人はわかるな。リシェルだ。上位組の3位にいる。しかも上矢印がついてるってことは順位が上がったってことでいいのかな。やっぱ人気あるんだな、この子。
俺はどうせ下位5名に入ってるだろう。まぁさすがに最下位ってことは……
「!!!」
「おおっとゼタ・アライアントはぶっちぎりの最下位ですね!しかも得票数5!」
「まぁこの人気投票は現時点のものですからね。これから上がっていくかもしれませんよ」
「いぶし銀の活躍に期待しましょう!」
いぶし銀て……。なんか全然うれしくない。
「……おじさん、元気出してね」
ちょっと慰めてくれるリシェル。実は結構いい子なんじゃないか、この聖女。
「あとたった今、速報が入りました。人気投票はイマイチでしたが、異世界SNS『Z』のトレンド上位をゼタが席巻しているとのことです!」
少し落ち着きを取り戻した観客席の人たち。「ちっ!つまんねぇ」とか言いながら皆スマホのような機器を操作しながらゾロゾロと帰り始めている。今実況が言った異世界SNSを確認したり投稿したりしているのだろうか。
「あはは。なんかこのトレンド1位になっている言葉は面白いですな」
ヤス・マッキン太郎の声がまだ聞こえる。実況席のマイクはまだ切られていない。
「ええっと今1位になっているワードは……『悪役貴族』ですね!」
「……」
魔王を倒し、その栄誉を称えられて貴族の称号をもらったんだ。俺は。
「えっと、このお姫様抱っこ、そろそろ恥ずかしいんだけど……」
照れるリシェルの言葉は俺の耳には届いていなかった。バトルフィールドの中央付近で聖女を抱えた俺が立ち尽くす。
悪役貴族。過去の栄光にすがるつもりは毛頭なかったが、その不名誉なSNSの皮肉になんかちょっと悲しくなり、おじさんの乾いた目には少しだけ、涙が溜まり始めていくのであった。
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