第3話 聖女、土下座を強要する
「奴隷にして私の荷物持ちでもさせてあげようかと思ったけど、気が変わったわ」
冷静な声とは裏腹に、殺意に満ちた恐ろしい目つきと空気感に変わるリシェル。
どうやら俺は、虎の尾を踏んでしまったらしい。
「生きて帰れると……」
白い湯気のようなオーラがリシェルの身体を包み始める。そして
「思わないことね!!」
再び一足飛びで俺に奇襲を仕掛けてくるリシェル。
魔力を足元に集中させたのか!速い!
「はぁぁぁぁぁ!!」
「おわっ!」
凄まじい勢いと殺意に気圧されした俺は、思わず回避を選択した。瞬時に魔力を足元へ纏わせ、右へ逃げる。
当然、リシェルはただ突進してきたわけではなかった。悪魔的な杖の鉄槌で俺の頭蓋を粉々にするための攻撃を繰り出していた。さっきと同じでただの殴打だった。だが、
「ひえ~」
最初の一撃は殺さないように手加減していたのだろう。今の一撃は俺の立っていた石畳のようなバトルフィールドの床を結構な範囲でクレーター化していた。
「ちょっと!なんで逃げるのよ!さっきみたいに受け止めなさいよ!」
少し距離を取った俺におかしな注文を投げつけるリシェル。いくらなんでも限度ってものがある。
「いや、さすがにソレは無理でしょ」
結構強めのガードでも命あったかわからないぞ、アレ。凄まじい威力だ。やばいと思って回避選んでおいてよかったぁ。
ていうか、あの
「まあいいけど、ね!」
カチカチッ
さっきのスイッチ音が2回聞こえた。また来るか!?雷撃!
今度は油断しない!
……って、おいおい。なんだアレ。リシェルが構える杖(?)の先端に聖なる魔力と雷をミックスしたものすごいエネルギーが集中している。
「おおっとこれはヤバいぞ、みんな!つい先日、生配信でバズった『リシェルの小部屋』で追放の件を聞いた視聴者コメントに激怒したリシェルが、山に大穴を開けたあの技だぁぁ!!」
ボジョレーヌが絶叫する。観客席も阿鼻叫喚。
どうやらこれから俺に放たれる技の威力を、ここにいる奴らは大体知っているらしい。まぁ、大半はリシェルのファンだろうし、当然生配信も見てるはずだから当然か。
彼女が冒険者パーティを追放された理由。根深いものがあるのかもしれない。
「おじさん、最後のチャンスをあげるわ」
杖の先端に集まる高エネルギー反応がさらにその強度を増していく。
「さっきの質問。土下座して撤回するなら命までは勘弁してあげるけど、どうする?」
もう勝利を確信しているような顔つきだな。なるほど。いままでもそうやって力で黙らせてきたんだな。そういうところじゃないか?追放された理由ってのは。
「おいおっさん!土下座しろって!こっちまで被害出るじゃねぇか!」
「ヤバいって、おい!この直線上にいたら命ねぇぞ!運営が観客を守るために張っている結界なんて簡単に貫くぞ、アレ!」
「はい、皆さんご一緒に!どーげーざー!どーげーざー!」
さっきまで慌てふためいていた観客席の心が一つになる。
まさかの土下座コール。実況も一緒になって俺が無様な姿になるのを推奨している。おそらくコメント欄も荒れているのだろう。
……はは。20年前。俺は確かに魔王を倒して英雄になったはずだったんだけどなぁ。
時の流れは残酷だ。もう皆忘れちまったんだろうな、きっと。
のど元過ぎればなんとやら。過去の、自分とは関係のなかった出来事なんて、絵空事なんだ。むしろ活躍する俺に対して嫉妬や妬みもあったのかもしれない。
「私は気が短いの。5秒以内に土下座して」
もはや山を穿つ程度の威力ではないだろう。その位、今彼女の杖に集約されている魔力と電撃の塊は驚異的だ。
「5」
すでにリシェルのカウントダウンは始まっている。このカウントが「0」になった時、俺はこの世から消し飛び、雷撃の射線上にある観客席の大部分を滅し、なんならその先にある森とかにも甚大な被害を出すかもしれない。この闘技場が街中にないことだけが唯一の救いだな。
「……2」
「はやく土下座しやがれぇぇぇ!!!」
「おい!逃げろ逃げろ逃げろ!!」
「どーげーざーーーー!!!」
「ヤスさん!これは非常にまずい状況ですよね!!」
「ええ。地形が変わるかもしれませんな!」
俺以外全員、勘違いをしている。
元勇者ゼタ・アライアント。確かに俺は年を取った。全盛期の力なんてもうとっくになくなっている。
「1」
最近あまり動いてないし、体力も気力も魔力もみんなかなり落ちて、はっきり言ってあの頃に比べればとんでもなく弱くなっていると思う。
だが
「0」
0の合図とともに放たれるリシェルの強烈な魔力と電撃の波動砲。威力も速度も申し分ない。
俺は痛みなど感じることなく瞬間的に消滅し、この大会とこの世から早々に離脱することに……。
ってんなわけねぇだろ!
おっさん、舐めんなよ!!
どぉぉぉぉぉぉぉん!!!
凄まじい破壊音とともに結界にめり込み、簡単に貫くリシェルの一撃。ただ、穿っていた結界の位置は上だった。
カウントダウンの5秒。準備をするには長すぎる時間。
正直暇すぎて、欠伸が出たぜ!
「……へっ?」
俺以外全員上空を見上げてぽかんとしている。観客を守るために張られていた天井結界の大部分は、すでに剥がれて落ちていた。
この瞬間一体なにが起こっていたのか?
「あー……いってぇ……」
魔力の残滓が残る、振り上げた俺の右腕から煙が上がっている。
さすがに痛かった。でも大したことはなかった。
「……へっ?」
素っ頓狂な表情のリシェル・エレメント。何が起きたのか理解できていないのだろう。
ちょっとびっくりさせちゃったかな?ごめんね、聖女ちゃん。
君の一撃、なかなかよかったよ。
だけどおじさん、君の最高にすごい技、右手一本で軽く天まではじき飛ばしちゃいました。
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