第2話 聖女、伝説を語る
「おおっと、これはぁ!!」
実況の絶叫がスピーカーからこだまする。
「お、おっも!」
こ、これは確かに、いくらドラゴンでも脳天から直撃を喰らえば頭蓋骨の1つや2つ簡単に破壊されるほどの威力の打撃だ。
衝撃が俺の足元から地面にまで伝わり、敷いてあった特設会場の石畳に大きなひびが入っている。
多少強めに防御魔法張っててよかったぁ。
「なななんとぉ!あの史上最強のドラゴンと恐れられた、黒龍王ディブロを粉砕したリシェル・エレメントの杖を簡単に止めたぁぁ!!」
大型モニターに映るボジョレーヌがマイク片手に大げさなリアクションをとっているのが目に入る。
観客席にもざわめきと動揺が伺える。
別にそんな大した事してないんだけどな。真正面から突進してぶん殴ってきたら、避けるか止めるしかないんだから。
あ、カウンターもあるか。入れときゃよかったな。
なにぶん、こうやって人と戦うのは久しぶりなもんでね。
何年ぶりだったかな?……忘れた。
「なかなかやるじゃない。でも!」
カチッ
「ん?なんかスイッチみたいな音が……!」
「黒龍王と対応がおんなじよ!」
「!!」
防御魔法を貫き、手元から強烈な電撃が俺の身体を駆けめぐる!
呼吸と心機能が一瞬止まったかと思えるほど、強烈だった。
「あれ?気絶しないんだ。やるじゃん、おじさん」
自身の肩にチョンチョンと杖を遊ばせ、ニヤリと余裕の笑みを浮かべるリシェル。
まさか、機械仕掛けの杖だったとはね。打撃用の防御魔法しか展開してなかったから結構痛かったよ!
「うおおおおお!!!リシェル、最高だぁぁぁ!!!」
「そのまま叩き潰しちまぇぇぇぇ!!!」
「リシェルのビリビリとか、おっさんうらやましいなぁぁぁぁ!!!」
観客席が揺れている。さぞ俺がこの聖女にコテンパンにされる姿が見たいのだろう。まぁ金もかかってるし、当然か。
「……いってぇ」
片膝をつき、リシェルを見上げる俺。身体の至る所から煙が上がり、今受けた電撃の残り香が宙を舞っている。
「このまま呪印押しちゃってもいいんだけど。それじゃあつまんないよね」
ゴミを見るような蔑む目で見降ろすリシェルの眼差しが、おじさんにはたまらない。
「おおっと、どうしたリシェル・エレメント!!何故膝を落としてゼタと見つめ合ってるんだぁ!」
実況の言う通り、リシェルは膝を曲げ、俺と目線を合わせてくる。
「あの電撃に耐えたご褒美。いいわ!教えてあげる!黒龍王と私の死闘!その真実を!!」
いや、それは別に興味ないんだけど。えらくおしゃべりさんだな、この聖女。
まぁ、一応聞いてやるか。
「そう、あれはゴドウ山脈の頂……。黒龍王ディブロが根城にしている龍王の巣があって――」
立ち上がり、目をつむり、その辺りをうろつきながら語り始めるリシェル。
観客も実況も黙り込み、みな聞き耳をたてている。
すごい余裕だな。俺が勝つなんて、だれもミジンコほども思っていないのだろう。
「……」
ただ正直言うと、さっきの電撃。対応する防御魔法は張っていなかったが、接触の瞬間にダメージ軽減の魔法を使ったからあんまりダメージないんだよね。痛かったけど。
「――電撃を入れた時の黒龍王の顔は今でも忘れられないわ。あの驚きようと言ったら……」
いまだ雄弁に語り続けるリシェルと悦に入ってウンウン聞き続ける観客たち。
取り残される俺。
「まさか!リシェルと黒龍王との死闘にそんな真実があったとは!知ってました?解説のヤス・マッキン太郎さん」
「いやぁ、初耳ですな!」
「ありがとうございました!」
大型モニターで茶番が演じられている。
そのやり取り、いる?
◇
「――ってことで、私は見事黒龍王ディブロに勝利し、称号として電流ファンタジアさんからその栄誉を称えられ、このペンダントをもらったってわけ……ってちょっとおじさん、話聞いてる!?」
話し始めてから首にぶら下げたペンダントを自慢するまでの時間、およそ5分。
俺は暇すぎて半分寝てたので、ほとんど話は聞いていなかった。
「まぁ、大体」
そういえば最近耳が少し遠い。垢つまってんのかな。マナがいたときはしょっちゅう耳かきしてくれたから耳垢溜まらなかったんだけどなぁ。
ほんと、惜しい女を亡くしたものだよ。
「大体ってなによ!もう!せっかくこの私のありがたい伝説を聞かせてあげてるっていうのに!ほら!リアルタイム視聴者数も、私が話し始めてから爆上がりよ!」
怒りのリシェルが大型モニターの右下あたりにちょこっと表示されていたグラフを杖で差す。
なんの表示か気になっていたけど、リアルタイム視聴者数のグラフだったんだな。
まぁ詳細までは小さすぎて見えないけど、確かにある地点を境にひょこっとグラフの角度があがっていることくらいは見える。
「へぇ~。あんな数値まで出るのかぁ。最近の異世界はすごいねぇ」
「どこに感動してんのよ!私の話のほうが感動ものだったのに!もう、許さないんだからね!」
俺の態度に業を煮やし、再び戦闘態勢に入るリシェル。
観客たちも「話聞けやおっさん!」などの罵詈雑言が溢れかえる事態になったので、俺も仕切り直してもう一度ぼさっと突っ立ってみる。
「あー、ついでなんでひとつ質問いいかな?」
聞こえにくい左耳の垢を小指でまさぐりながら、リシェルにある疑問を投げた。
「人の話聞かないで質問とかなんなの?おじさん、絶対私のことバカにしてるでしょ?」
「いやいや、簡単な質問だから。聖女さんはなんで、パーティ追放されちゃったの?」
事前情報で特に気になったことだけ聞いてみた。まあおそらくこの自慢げな性格のせいだとは思う。
わかるよ。性悪そうだもんな、この子。しかもヒールもうまく使えないらしいじゃないか。かわいいけど。
……ん?なんか罵声が止んだな。なんだ??
リシェルも首を持たれて下を向いてワナワナしている……ってあれ?
なんか震えてない??
「ああっと、ゼタ!それはタブーだ!!会場のみんな、気をつけろぉ!!」
「おいおっさん!なんてことしてくれてんだよぉぉぉ!!」
「やっべぇぇぇ!!」
実況席も観客席も大慌て。なにか、絶望的な前触れの予感を感じさせる展開だ。
なんだなんだ?
あれ?おれ、なんかやらかしちゃったの??
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