異世界デスマッチ【バトルヘブン】 ~開幕~

1回戦 VS 破壊の聖女 リシェル・エレメント

第1話 聖女、おっさんを見下す

「レディース、エーン、ジェントルメェェェン!!!」


 中世ヨーロッパのコロッセウムに似た巨大な施設なのに、何故か設置されている超大型モニター。その裏側に並んでいるであろう巨大スピーカーの群れから放たれる実況らしき男の声が、俺の耳をつんざいた。


 声でかすぎだろ!耳がいてぇよ!!


「さあ皆さまいよいよお待ちかね!ここ王都ベルハイム特設闘技場で行われます本日最後の試合が、ついに始まります!!」


 大型ビジョンの中から煽り散らかす実況担当の男が目に入ってくる。


 見たことのある男だった。


 っていうか、あの特徴的なボンバーヘッドとサングラスはボジョレーヌ・ダンビラで間違いない。大物実況者だ。田舎者の俺でもわかる。


 金がかかっているのは一目瞭然だな。


「おっさん!!待たせすぎだこらぁぁぁぁ!!!」


「リシェルちゃぁぁぁん!!サイコーーー!!!!」


「リシェルどのーーー!!かわいいでござるーーー!!!」


 観客席は最高潮の熱気に包まれ、闘技場を埋め尽くす2万人はいるであろう観客たちのボルテージが俺の肌をピリつかせていた。




 俺の名前はゼタ・アライアント。すでに勇者を引退して20年が経つ、今ではただのおっさんだ。ちなみに転生者である。


 異世界デスマッチ【バトルヘブン】。総勢512名の参加者が命を懸けて行われるトーナメント形式の殺し合いに、俺はなぜか半強制的に参加させられていた。


 ベルハイム王側近のフラムに聞いた話では、実は殺す以外にも勝利条件があるらしく、試合前に持たされたこの『生殺与奪の呪印』を相手のひたいか左胸に押しても勝ちが確定となるらしい。


 そして、呪印を押されたものは、押した者の奴隷になるとのこと。


 さらに優勝者には、この大会を主催する電流ファンタジアさんが、実現可能な範囲で好きな願いごとをひとつだけ叶えてくれるという特別報酬があるらしく、一応ちょっとした願いと資産没収を免れたかった俺は、しぶしぶながら参加を決めたという経緯もあった。


 ちなみに、余裕を持って王都まで来ていたはずなのに、何故か申込時間ギリギリで参加が決まったような感じになっていて、参加承諾をしてからすぐにこの場所まで連れてこられた。


 当然対戦相手は長く待たされたことに機嫌を損ねており、俺がゆっくりとした足取りでその子の前まで向かうものだから、余計に火に油を注ぐ状況となっている。


 ま、宮本武蔵的な?そんな感じ……を狙ったワケでは別にない。


 おっさんは次々変わる状況の変化になかなか対応できないだけだ。さらに


「はぁ。もう疲れた」


 とても疲れやすい。


 対戦相手の前に着いたはいいが、下を向いてため息ばかり出る。


「ちょっとおじさん!遅すぎなんですけど!!」


 対峙する対戦相手の聖女、リシェル・エレメントがプリプリしている。


 ちなみに相手の情報はある程度開示されており、この闘技場に向かう道すがら、案内人も務めてくれたフラムから概要だけ教えてもらっていた。


「破壊の聖女。打撃最強系ヒーラー。ツンデレ。最強のドラゴンを杖で殴り殺した伝説を持つおてんば娘。ヒールはポンコツ。役に立たなくてとあるパーティを追放されているそうです」


 端的すぎて気になる点しかなかったが、大体はわかった。


 とってもおちゃめな女の子ってことだろう。


「あー……」


 そういえば、容姿をよく見ていなかったなと思い、俺は顔を上げた。


「!!」


 美しい純白の聖衣を身にまとい、整えられた長い黒髪がキラキラと輝いている。優雅さと優しさを感じさせる雰囲気はまさに聖女そのもので、そしてなにより


「(か、かわいすぎる!)」


 鼻は少しペチャっとしているが、逆にそれがいい。丸顔だが小顔で、とても大きな薄茶色の瞳が顔全体をまとめるのにちょうどよい塩梅で配置されている。肌も当然ながらお手入れ完璧。白く、透き通っている。完璧だ。タイプすぎる。


 店が店なら指名したい。


「オッケー!準備は整ったようだ!!それじゃあ会場のみんな!そして各地からオンラインでご視聴の皆さま!まずはモニターのほうにご注目ください!!」


 大型モニターに映っていたボジョレーヌが自身への注目を促す。


 ん?ていうか、ライブ配信までやってんのかよ!!


 聞いてないよ!!


「おーーっとこれは!!すごいオッズになっているぞーー!!」


 ボジョレーヌの映像が切り替わり、モニターの上半分には俺とリシェルの顔、そして下半分に数値の対比がデカデカと表示される。


 ゼタ 【90.91】:【1.01】 リシェル


「まあ、当然よね」


 すでに勝ち誇っているリシェルを前に、俺は「これ、運営元は利益ないよね」などということをおぼろげに考えていた。競馬は昔好きだったので、この闘技くじのオッズが示す数字の意味が俺にはなんとなくわかった。


「リシェルちゃあああん!叩き潰せぇぇぇ!!」


「はぁはぁ……リシェルどの……はぁはぁ……」


「はぁ。リシェルの顔面、推せるわぁ」


 観客席から物騒な声が次々聞こえてくる。ただ、この事実からわかること。


 ここに来ている奴らはほぼ全員、リシェルのファンだ。


 俺のファンなどいない。いや、俺のことを知っているかさえ怪しい。


 一応俺、有名人だったんだけどな。20年前は。ちょっとショック。


 ……そうでもないか。まぁ、がんばろう。


「おじさん、昔はすごい勇者だったんでしょ?なんでも魔王を倒したとか」


「ああ」


「でも、もう時代は変わったの。そんな昔のことなんて、みんな覚えてないよ」


「ああ」


「……なんか悟ってるみたいで腹立つわね。あなたは今日ここで私に負けて、私の奴隷になるのよ!」


「俺、Mだから。君みたいな可愛い聖女の奴隷になるなら、それもいいかな」


「え、おじさんキモっ!」


 冗談なのに本気で気持ち悪がられている。ただ、俺はそういうのには慣れっこなんだ。なんせ、俺の領地に住んでいた昔の仲間たちは全員、出て行ったからな!!


 さて、軽口もここまでにしておこうか。


 この聖女様には少々お仕置きが必要らしい。


「オッケー!それじゃいこうか!両者構えろぉぉぉ!!!」


 再びモニターに戻ってきたボジョレーヌが戦いの火蓋を切ろうとしている。


 リシェルはおそらくドラゴンを叩き殺したであろう杖を構え、俺を睨みつける。


 会場は割れんばかりの歓声と怒号。すべて、俺の敵に見える。


「おっとどうした、ゼタ!構えないのかい?」


 画面上のボジョレーヌが戸惑う。なぜなら、俺は特に何もしていなかったから。


 ゆるっとした姿勢を変えず、そのままボーっとただ、突っ立っていた。


「さっさと始めてくれないか?ボジョレーヌ」


「はぁ?おじさん、舐めすぎだし」


 徐々に怒りのボルテージを上げていくリシェルが、さらに可愛く見えてきた。


「オッケー!!それじゃあ戦いの始まりだ!!」


 ついに、始まる。


「レディーーー……ファイ!!」


 若干不本意ではあったが、戦いの幕はあがってしまった。


 俺は「やれやれ」とため息をつきながら、猛進してくるリシェルをどうさばいてやろうかを考えながら、スッと右手を前にかざすのであった。




 


 


 


 


 





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