第7話 現役勇者、仕込みを披露する

「あ、そういえばオッズの提示を忘れておりました!皆さま!大型モニターにご注目ください!」


 実況のボジョレーヌがちょっと慌てながら、見落としていた手順のひとつを遂行した。


 大型モニターに確定した最新オッズが表示される。


 ゼタ 【4.94】:【1.25】 ルーク


 お、だいぶマシなオッズになってる。


「やはり前戦の影響が大きいようですね、ヤスさん」


「ええ。ずいぶんインパクトのある勝ち方してましたからねぇ」


「腐っても元勇者、ということでしょうか!」


 腐ってねぇよ。失礼な奴らだな。


 いや、そんなことより……。


「俺は去るものは追わない主義でね。それにみんなもう結婚もしてるだろうし、歳とっていいおばさんに……。何を、いまさら……」


「おっさん、人妻好きなんだろ?」


 ギクッ


「みんなすげぇ色気なんだぜ」


 こいつ……なんてリサーチ力だ。意外に強敵かもしれん。


「へい!ご両人!無駄話はそろそろ終わりにしてもらっていいかな?」


 ボジョレーヌが若干不機嫌だ。観客席のいらだちも見て取れる。


「おっとすまねぇな、ボジョレーヌ。それじゃそろそろやろうか、おっさん」


「え?人妻は?……みんな元気にしてるの?」


 実はめちゃくちゃ気になっている俺。我ながら浅ましい。


「さぁな!俺に勝てたら教えてやるよ!」


「両者!準備はよろしいか!?」


 準備、よくない!


「え、ちょ、まっ……」


「それでは始めようか!レディーーー……ファイ!!!」


 いや、なに動揺してんだ俺!勝って吐かせれば問題ないじゃないか!


 とっとと終わらせてやろう。まずは足元に魔力を集中して……。



 ……って、あれ?なにこれ?



「なぁおっさん。勝負ってのはさ、戦う前からすでにはじまってんだぜ?」


 ルークはその場を動いていない。悠然としている。


 そして俺は、。足元になにかを仕掛けられている。


「幻の錬金術師ルナ・ルゥタ特製、地縛装置。対おっさん用の特注品だ」


 フィールドにおかしなところはない。どうやって動きを止められているのかわからない。


 この俺が気づかなかった?いや、トラップ回避の感知魔法は常に発動させてたつもりなんだけどな。


 やはり能力の劣化は思いのほか、進んでいるということか。


「そしてもうひとつ。いやひとつじゃねぇな」


 ルークはそう言って、胸ポケットからなにやら大量のハンコのような小物を取り出し、それらをすべて空中へと放り投げた。


 ただ魔力によるものなのか、空中でばらけて地上に落ちるのかと思いきや、ハンコのような小物はすべて規則ただしく宙に浮いて、整列している。


 え?ていうか、あれってよく見ると……。


 まさか、全部呪印???


「さあ、とっとと終わらせようじゃねぇか!」


 ポケットに手を突っ込みながらルークが顎をクイっと俺に差し向けると、大量の呪印に似た何かは、俺に向かって一斉に襲い掛かってきた!しかもすごいスピードで!


「のわぁぁ!!」


 ヘンな声が出てしまったが、ちゃんと物理系の防御魔法は展開している。


 足元は固定されてしまったが、魔法は使えるみたいでよかった。


「ちなみにそいつも特注品だぜ」


「!!」


 防御魔法の障壁でハンコは全て消滅するか地面に落ちると思っていた。だが


 なんか……俺の魔力の壁が……ハンコとの接触面から、溶けてる!


「効果テキメンだな、ルナの魔道具は」


 なんだそのハンコ!ってか、この地縛装置、俺の魔力も相当抑え込んでないか?


 そんなヤワじゃないぞ!俺の防御魔法!


「その地縛装置は魔力を抑圧する仕様も備わっててな!そして見た目呪印のその魔道具も、実はアンチ防御魔法の魔力を盛り込んだ特別性――」


 話半分に、ルークが一気に間合いを詰めてくる!速い!!


「これでおっさんとリシェルは今日から俺の奴隷だぁ!」


 信じられない速度で俺の額目掛けて本物の呪印を押しにかかるルーク。


 反射的に、すんでのところでルークの腕を掴み、なんとか押印を回避する俺。


 力は拮抗している。だが気を抜くと、やられる!


「あれ、筋力だけなら俺の方が相当上のはずなんだけどな。魔力もかなり抑え込んでいるってのに……」


「……火事場のクソ力ってやつよ」


 この地縛の効果は非常にやっかいだ。さっきから何度も解除を試みているが、まるで効果がない。


 幻の錬金術師、ルナ・ルゥタ。噂には聞いていたがまさかこれほどの効力を宿した魔道具を作るとはね。恐れ入ったよ。


 そしてこの男。一体どれだけ事前準備をしているんだ。ちょっと舐めすぎてた。


 認めよう。現役勇者ルーク・アイズ。お前はなかなかやる男だ。


「!!」


 呪印と俺の額までとの距離があと数センチといったところで、ルークは急に力を抜き、後方へ回避行動をとった。


「ちっ」


 舌打ちする俺。ルークの顎下あごしたにぶっ刺さるように靴のつま先に仕掛けていた特別性の魔法針を射出したんだけど。死角になっていたはずだが、まさかかわすとは。


「……毒針かよ。姑息なマネしやがって」


「そりゃお互い様だ」


 そういえば、この大会のルールをあまり確認していなかったと今になって少し後悔する俺。どこからがよくて、どこまでがダメなのかがよくわからない。後でリシェルに教えてもらおう。


「ねぇ……いま、なにが起こったの?」


「なんかすごいたくさんのハンコみたいなのがびゅーっておっさんに向かっていって……それで……」


「えっと、結局もう終わっちゃったの??」


 観客席からは俺たちの間でなにが起こったのかを把握しきれていないようだ。


 たぶん傍目にはすごくシュールな戦いに映っていたことだろう。


「ヤスさん!今の状況、どのように捕らえますか?」


「裏の取り合い、と言ったところですね。お互いに色々仕込んでいて楽しみですよ!」


「なんかチマチマしてますねぇ!私は勇者同士の戦いらしく、手に汗握るドッカンバトルに期待しています!」



 ……派手な戦いだけが、勝負じゃないんだよ。


 




 



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