File.2:ぽんこつ少女探偵(後編)

「──というわけで、無事に"向風駅"に着いたわけだけど……」


「ここはそうだね〜。 やっぱり、空気がよどんでる感じ〜」


「だね」


安寧市で唯一、治安が悪いと言われる"向風町"。


まあ、治安が悪いとは言え、くだらない軽犯罪ばかりで凶悪犯罪が起こったことはないんだけど……。

パンクなやつらのナワバリなだけに、空気が張り詰めてどことなく暗い雰囲気だ。


「さて、まずは駅の調査か」


「手当たり次第に探していくしかなさそうだね〜。 ここは治安も悪いし、別行動は避けよっか〜?」


「そうだね。 よし、おかしちゃん、行こう!」


「りょ〜かい!」




「なにか見つかった?」


「んー、特にないね〜」


「調査が甘いのかなー」


このまま収穫なしだと、改芽さんにも申しワケないしなぁ。

とにかく、なにか1つでも手がかりを見つけなくては。


「……う〜ん、見つけられないほど小さいのかな? それとも、どこかに入り込んでいたりして」


「……はっ、それだっ!」


おかしちゃん、ナイスアイデアっ!


「お、なんか掴んだの〜?」


「ええ。 こういうときこそ、あの便利な子たちの登場ね♪」


「もしかして〜、ついにアレを使うんだね〜! 今日はなんのアプリ〜?」


「今回使うのは……このアプリよっ!」


《懐中電灯アプリ・起動》


「久しぶりに見たね〜♪ "ぽんこつ探偵七つアプリ"!!」


「そうそう、あんまり役に立たないところが"ぽんこつ"……ってぽんこつじゃないもん!」


わたしのスマホに収納された7つの便利アプリ。


事件の証拠を押さえるカメラアプリ。

依頼内容を忘れることを防ぐメモアプリ。

スマホのライトよりも強力な懐中電灯アプリ。

カメラ使用禁止中でも使える録音アプリ。

知り合いを探すときの最終手段、GPS追跡アプリ。

外国語がからっきしなわたしの味方、翻訳アプリ。

流行にあった変装を探せるファッションアプリ。


おかしちゃんはぽんこつ呼ばわりするけど、あるのとないのとじゃ違うもんね!

……ファッションアプリは使ったことないけどさ。


「このアプリを使って、隅のほこりさえ見逃さないように、もう1度探しましょう!」


「おっけ〜!」




「……なにかあった!」


「ほんとだ!」


駅のホームのイスの隙間に、なにか手帳のようなモノが挟まっている。

ふつうのライトでも見つかるような暗さだったけど、気にしない気にしない!


《懐中電灯アプリ・停止》


「……これ、学生証が入っているようね」


「名前は"保科 守"……探していた本人のモノみたいだよ〜」


「なんで、こんなところにあるんだろう」


「座った拍子にポケットから、手帳ごとずり落ちたのかな〜?」


そうね……。

おかしちゃんの意見は正しいでしょう……。


「この駅に保科さんが来たのは、たしかみたいだね。 でも、肝心の保科さんはどこへ……?」


「……ん? なにか落ちたよ〜?」


「ほんとだ」


これは、紙切れ?

手帳に挟まれていたのが、落ちたようね。


「……なにか書いてあるね〜。 『向風町のバーに来てください あなたに話があります』だって……」


「やっぱり、だれかに呼び出されていたのね……」


なにかムゴいコトでもされてるのかしら……?

まだ、コンキョはないけれど……。


「……駅周辺を探す必要もありそうだよ?」


「ええ、おかしちゃんの言う通りね。 さっそく行きましょう!」


「だね〜♪」




*向風町・駅周辺*


「いろんなバーやスナックがあって、まさにオトナたちの町だね〜」


「でも、怖気づいてはいけない。 がんばって保科さんを探しましょう!」


「じゃあ、どこから探す〜?」


「さっきの紙切れのこともあるし、バーでの聴き込みをしたいけど……」


「未成年は入れないもんね〜? それにどこのバーかはわからないし……」


「そうなんだよね……」


バーの名前は書いてなかったし、もしかしたら、保科さんの行きつけのバーとかなのかな。

もしくは、保科さんを呼び出したヒトの行きつけのバーとか?


そもそも、この紙切れを渡したヒトは保科さんの知り合い?

それとも、ただの他人……?


「……うぅ、わかんなあい……」


「真澄ちゃん、元気出そ〜? ほら、よしよし〜」


解決の糸口が見えないわたしに、おかしちゃんはあたたかい手のひらで優しく頭をなでてくれる。


「おかしちゃ〜ん…!」


わたしの助手ってば、ほんと心強いなぁ…。


「ありがと、元気出た!」


「ふふ、よかった♪」


じゃあ、気分を切り替えて!

調査の再開だー!


「でも、手がかりはまだ見つからないままだね」


「ええ。 なにか、新しい証言がほしい──」


その瞬間、ポケットの中からけたたましく鳴るスマホ。


「もしかして〜!」


「改芽さんかな!?」


依頼主さん、ナイスタイミングです!


「もしもし!」


『もしもし、探偵さん。 新しい証言を得られたので、電話をしようかと思いまして』


「どんな証言なんですか?」


『それがですね……守と1人の男性が話しているところを見た、という証拠なんです。 その男は守に紙切れのようなモノを渡していた、って言っていました』


「そ、その紙切れなら、保科さんの手帳や学生証といっしょに見つけましたよ!」


点と点がつながった感覚!

これなら、保科さんの行方もわかるかも!


『本当ですか!? やはり、向風町に行っていたんですね……』


「そのようです。 証言に続きはありますか?」


『いえ、そこまでは。 ただ、その男と守は親しく話していたようなので、どうやら初対面ではなさそうです』


「なるほど……。 あっ、改芽さん、1つ伺いたいことがありまして」


『なんでしょうか?』


「向風町に行きつけのバー、とかありませんか?」


『そう、ですね……。 ああ、守の叔父さんが営んでいるところなら、たまに行きますよ』


「そうなんですか! 名前を教えてもらっても構いませんか?」


『もちろんです。 たしか……"olive《オリーヴ》"という名前だったハズです。 そこは未成年でも入れるバーで、オリジナルのノンアルコールカクテルが有名なんです』


「わたしたちでも入れますか?」


『ええ、入れますよ。 叔父さんは僕と守のことをいろいろ気にかけて、優しくしてもらって……僕も守もおじさんのことが大好きなんです。 僕も聴き込みがひと段落したら、そちらに向かいます』


「なるほど、ありがとうございます! では、切りますね」


『わかりました。 またなにかあったら、お電話しますね』


ふぅ、新しい証言も見つかったことだし……。


「お電話、終わったみたいだね?」


「うん! "olive"っていうバーが1番有力みたい!」


「じゃあ、さっそく探そっか〜♪」


「そうだね♪」


今度こそ、調査の再開だー!!




「ここが"olive"?」


「うん、英語もあってるね〜」


よし、見つけた!


じゃあ、さっそく入ってみよう……。


「「わあ……」」


とてもおしゃれな内装……。

シックな雰囲気って言うのかな……とっても落ちつくお店だ。


「いらっしゃいませ。 ご注文はいかが──」


「す、すみません! 今日はお店への用ではなくて……」


「ほう? では、どのようなご用件でしょうか?」


「"保科 守"という男性を探しているんですが」


「……ああ、マスターの兄の息子さんですね。 それなら、1週間前に来ましたよ」


「えっ!?」


「ビンゴだね〜」


とりあえず、守さんはここに来ていた。

それはわかったね。


「私が呼んだのです。 守くんに伝えてほしいとマスターにそう言われましてね。 忘れないよう、紙切れにメモを残して渡しました」


「では、保科さんは今どこへ?」


「うむ……そう言われましても、マスターと守くんの知り合いでもない限り、教えられるモノではありませんので。 申しワケないですが……」


「そ、そうですよね……」


でも、この言動から察するに、保科さんは死んでしまったワケではなさそうだ。

少なくとも、このバーテンダーさんは保科さんの行方を知っている。


「ね、真澄ちゃん。 知り合いでいいなら、改芽さんでもいいんじゃない?」


「……そっか!」


改芽さんが来てくれれば、バーテンダーさんも口を割ってくれるかも!


そうと決まれば、あとちょっと待って──


「いらっしゃいませ……おっと、陽くんでしたか」


「「改芽さん!」」


またもやナイスタイミングです!


「探偵さんと助手さん、お待たせしました」


「……なるほど、探偵の方々だったのですね」


「その通りです!」


……あ、改芽さんに今までのいきさつを説明してないや。


「……助手さん? 今、どんな状況なんです……?」


「ええと、かくかくしかじかというワケでして〜」


おかしちゃん、説明さんきゅー!!


「なるほど、そういうことが……。 原田さん、守の行方を教えてくれますか?」


「……かしこまりました。 ですが、少々おどろくかもしれません。 覚悟をしておいてください」


「「「……」」」


な、なにを聴かされるんだろう……。


固唾を飲んで次の言葉を待つわたしたちに、バーテンダーさんは重々しく口をひらく。

その言葉は……なんとも衝撃的なジジツだった。


「……守くんは隣市の実家に滞在しています。 というのも、マスターは病に倒れ、隣市の大きな病院で療養中なのです」


「え……おじさんが、倒れた……?」


その瞬間、改芽さんの顔が曇る。

……わたしのニガテな曇り顔だ。


「はい、その通りです。 守くんはマスターのことを聴いて、血相を変えて飛び出していきました。 それが先週の土曜日の出来ゴトです。 その翌日の日曜日に守くんがマスターの元まで来たと、マスターの連絡で知りました」


「そんな……おじさんが……」


「……今日はもう日も落ちます。 こんな町にいては、陽くんはともかく、そちらの2人は危ないでしょう? 会いに行くなら、明日のほうがよいかと……マスターにも伝えておきますね」


「は、原田さん、ありがとうございます……」


改芽さん、大丈夫かな…。


「今日はもう、帰りましょう。 僕が探偵事務所まで送ります…」


「「改芽さん……」」


まるで魂が抜けたような放心状態の改芽さんの後ろ姿を、わたしたちは見ているしかなかった。




*安寧町・探偵事務所*


「守の件、ありがとうございました。 とりあえず、守は無事みたいですね……」


「「改芽さん……」」


「……少し頭を整理したいです。 今日はここで失礼します」


……わたしは、あの曇りの表情がキラいだ。

出来ることなら、依頼主には笑顔でいてもらいたい。


「……改芽さん!」


「は、はい……?」


「よければ、わたしたちもマスターにお会いしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「……! しかし、守の件は解決しましたし……」


「まだ、解決していません!」


「真澄ちゃん……」


「依頼主が心からの笑顔を出せるそのとき、依頼は初めて解決されたんだとわたしは思います! だからこそ、わたしたちも連れて行ってほしいんです!」


「……あ、あたしからもお願いします!」


「……ありがとうございます。 では、明日もここに顔を出しますね。 いっしょに来てくれること、ほんとに心強いです……ありがとうございます」


「いえ……依頼主の笑顔が、もっとも価値のある報酬ですから」




安寧町から電車に揺られ、少し離れた隣市へとやって来た。


「……ここが例の病院ですか?」


「はい。 あのあと原田さんに聴いたので、間違いないと思います。 おじさん、大丈夫かな……」


「ここにいても変わりませんし、早く中に入りましょう?」


「そう、ですね……」


不安そうな表情を浮かべたまま、改芽さんは病院の中へ入る。

わたしたちも改芽さんに続いて、重々しい雰囲気をまとう場所へと向かっていった。




静寂に包まれた大きな病院。

白いカベや床から、病院特有のにおいが漂ってくる。


「ここが、そうですか?」


「はい。 おじさんの名前も間違いありません……」


表札には、"保科 秀二しゅうじ"という名前。

カラカラと乾いた音が鳴らし、白いとびらがひらく。


「……! よ、陽……!」


「守っ……!!」


どうやら、保科さんも来ていたみたい。

そのとなりの白いベッドで寝ているのが、マスターさんかな…?


「おまえ、こんなことが起きていたなら、連絡くらい……!」


「す、すまん……。 叔父さんのことで、気が動転しててさ……スマホも住んでる家に置いて来ちまって……」


だから、連絡がつかなかったのか。


「ん……おお、陽くんか……」


「おじさんっ」


マスターは痩せこけた頬と青い顔を改芽さんに向けて、チカラなく微笑む。


「ははっ、病院では静かに、な……?」


「ご、ごめん……」


「大丈夫さ……。 それより、こんなことが起きたのに、伝えられなくてごめんな。 守くんがいるから必要ないと思っていたが……せめて、メアドくらい交換するべきだったなあ……」


「こっちこそ……すぐに気づけてなくてごめん……」


シーンと静まり返る部屋。


「……ところで、そちらの2人は……?」


「あ……わ、わたし、探偵の者です……。 こちらがわたしの助手で……失踪した保科さんの捜索を、改芽さんに依頼されまして……」


「お、オレのためにそんなことまで……陽も探偵さんもめいわくかけて、すみませんでした……」


「い、いえ、大丈夫ですから……」


それより、このどんよりとした空気……。

3人とも、大丈夫かな……。


「守くんのこと、責めないでやってくれ……。 先週の日曜日からずっと、私のみまいに来てくれているのだからね……」


「実家に泊まって、ずっとここで看病してたんだ。 スマホを家に取りに戻るのもわずらわしくて……叔父さんが心配だしな……」


「私なら大丈夫さ……こほっ、ごほッ」


そう言って、マスターは咳き込んでいる。

かなり辛そうだ……。


「だ、だって……手術まで必要だって言うじゃないか……」


「しゅ、手術……!? おじさん、どんな病気を……!?」


「……心臓弁膜症でね。 手術の成功率は……発見が遅れたのもあって、50%ほどらしいんだ……」


「心臓弁膜症……それに50%って……」


高いとも低いとも言えない、手術の成功率。

わたしもなんとかしてあげたいけど……手術じゃあ、わたしたちは手伝えない……。


「……手術、実は今日なんだ。 だからさ、昨夜から叔父さんはなんも食べられなくてな……心配なんだ……」


「きょ、今日……それなら、僕も付き添うよ」


「わ、わたしたちも……!」


せめて、付き添うくらいは出来るかな……。

手術の成功を祈ることくらいなら……。


「陽くん、探偵さん、ありがとうな……こほっ、ごほっ……」


「……もうすぐ、手術の準備も始まる。 手術の成功を祈ることしか出来ないのが歯痒はがゆいけど……そろそろ、病室から退出しないと……」


「そうか……。 おじさん、がんばって……」


「ああ、がんばるよ……」


そこまで聴いて、わたしたちはその病室をあとにした。




「……真澄ちゃん、たいへんなことになっちゃったね……」


「うん……。 まさか、保科さんの失踪のウラに、こんな事情があったなんてね……」


まさか、1つの依頼がこんな大ゴトになるなんて……わたしたちが首を出していい問題でもないし……。

とにかく、今はマスターの手術成功を祈るのみだ……。


「なあ、守……。 僕は警察に失踪届を出したのに、おまえが今まで見つからなかったのが疑問でさ……なにか知ってるか?」


「さあ、ほんとのところはわからないが……。 叔父さんのことで気が気でなくて……叔父さんの看病以外は、ずっと実家の自室に引きこもってたから、そのせいじゃないか? 安寧町からここまで、割と遠いしな……」


「そう、だな……」


隣の席では、改芽さんと保科さんが話している途中だ。


保科さんが見つからなかった理由は、そういうことだったのか。

たしかに、身近なヒトが病に倒れたってなったら、気が気でないものね。


「……そろそろ、手術が始まりそうだ。 手術室に行かないと……」


「……あ、ああ……」


今は12時前……。

12時、手術は開始される。


「わたしたちも……」


「うん……」




「「「「…………」」」」


……手術開始から、もう5時間が経った。

心臓弁膜症の手術時間は、早くて5時間程度……もうそろそろだ。


「……叔父さん」


「……成功、するのかな……」


2人とも時間が経つたびに、どんよりとした気分に落ち込んでいく。

この気分が、わたしはニガテだ。

どんよりした気分なんて、吹き飛ばしたい。

そうでなきゃ、祈りのチカラなんて廃れちゃうよ。


「……きっと、成功しますよ。 それにあなたたちがどんよりしていたら、成功するモノもしなくなっちゃいます」


「「探偵さん……」」


「……真澄ちゃんの言う通り、今はマスターの無事を信じて、気長に待ちましょう……?」


「……そう、ですよね」


「……叔父さんもよく言ってた。 "笑みは万病の薬"なんだって。 その言葉でオレたちをよく励ましてくれてたよな……」


「守……」


「叔父さんだって、オレたちがネガティブでいるのを望んでないもんな……」


「……僕たちがするべきなのは、手術の成功を祈って、ただ待つことだけ。 ネガティブな気分に囚われて、ただくすぶるだけじゃない……」


「改芽さん、保科さん……!」


少しずつ、ポジティブな方向に進んでいるみたいだ。

わたしも少しはチカラになれたかな……?

とりあえず、よかった……!


「探偵さん、ありがとう。 おかげで叔父さんの言葉を想い出せたよ」


「僕たち、ネガティブになりすぎていました。 守の件に続いて、僕たちの支えになってくれて……本当にありがとうございます」


「いえ、大したことではありませんよ……。 それより、今はマスターの無事を祈りましょう……?」


そろそろ、手術も終わるころだろうし……。


その瞬間、"手術中"の電灯が消える。


「"手術中"の電灯が……」


「消えた……ということはっ」


手術室のとびらがひらく。

中から、白衣をまとった中年のドクターが現れた。


「……どう、なったんです?」


「……手術──」


どくんどくんと胸が騒ぎ立つ。

神さま、どうか……!!


「──成功、しました……!」


"成功"の2文字。


「ま、守……!」


「あ、ああ……!」


「「……やったぁぁ!!」」


病院の中だということも忘れ、わたしたちは手術の成功に盛り上がる。


よかった……!

マスターが助かって、ほんとによかった……!!


「術後2週間程度は安静にしなくてはならないので、まだ入院することにはなりますが……すぐによくなることでしょう」


「ほんと、よかった……!」


「おじさん、助かったんだ……!」


「真澄ちゃん……!」


「うん……!!」


改芽さんたちの顔には、無事に笑顔が灯っている。

忘れていた笑顔が想い出されたように、気持ちよく笑っている。


これで、改芽さんの依頼は……解決だっ!!




夕陽が灯る、黄昏どき。

大きな病院の前で、改芽さんたちに見送られるわたしたち。


「「ありがとうございました!」」


「いえいえ、わたしたちだけのチカラで解決したワケではありませんから」


「そうですよ〜。 改芽さんたちのおかげで、依頼は解決したんですから」


改芽さんが大学で聴き込みを続けていてくれたおかげで、保科さんがマスターの看病を欠かさずしてくれていたおかげで、依頼は解決出来たのですから。


「でも、1番は探偵さんと助手さんのおかげです。 守の件から、おじさんの件まで……なにからなにまで、本当にありがとうございました!」


「元はと言えば、オレが連絡出来なかったせいですし、それなのにイヤな顔1つせず、オレたちに付き添ってくれて……心強かったです。 もう、本当にありがとうございました……!」


「こちらこそ、ありがとうございました!」


「ありがとうございました〜!」


……ふぅ、そろそろ帰らないと、日が暮れちゃうね。


「あっ、探偵さん! 依頼料を……!」


「いえ! もう受け取っていますから」


「「えっ?」」


「ふふ、真澄ちゃんの報酬は"依頼主さんの笑顔"だもんね♪」


「そういうことです!」


「ですが、それは悪いですし……。 せめて、電車賃だけでも!」


「あ、ありがとうございます!」


あまりお金は受け取りたくないけれど、厚意は断れないしね。


「じゃあ、オレからはこれを!」


「チケット、ですか?」


保科さんが持っているのは、ふた組のチケット。

どこかのお店のモノみたいだ。


「これは〜?」


「"泰木やすらき町"にある有名なスイーツカフェの割引券です。 オレ、スイーツ巡りが好きなので、よく手に入れるんです。 こんなモノしかなくて、申しワケないですが……」


スイーツっ!!?


「そんなことないです! とってもうれしいです!!」


「真澄ちゃん、喜びすぎ〜」


「「……あっ……」」


取り乱しすぎた……。

ああ、恥ずかしい……。


「ふふ、まだまだ探偵としては未熟だね〜♪」


「なっ、おかしちゃんに言われたくないよっ!」


「ふふ〜ん、どうかな〜?」


「「ま、まあまあ……」」


うぅ、依頼主さんにもなだめられちゃったよ……。

おかしちゃん、あとでカクゴしててよ……!


「……では、これで依頼は解決したということで、わたしたちはここで帰りますね」


「ご縁があれば、またどこかで〜♪」


「「はい! 本当にありがとうございました!!」」


こうして、わたしたちの大きな依頼が幕を閉じた。

夕陽に照らされた改芽さんたちの笑顔を見て、また1つ、自分の成長を実感したのだった。




*安寧町・探偵事務所*


「ふぅ、帰ってきた〜」


「真澄ちゃん、お疲れさま〜」


外はもう真っ暗だ。

今日は、ここで朝を迎えることになりそう。


「おかしちゃん、泊まっていきなよー」


「ふふ、実はおかーさんにも連絡してて、元からそのつもりだったよ♪」


「え〜っ、それならそうと、早く言ってよー」


「ごめんごめん♪」


まったく、おかしちゃんったら〜!

さっき、おかしちゃんに茶化されたし、たまには仕返しだっ!


ソファーでくつろぐおかしちゃんの膝上にまたがる。

ふふ、おどろいてる〜。


「ほえ?」


さっき茶化してたし、それのお返しだっ!

こちょこちょ攻撃をくらえ〜!


「ひゃっ、ちょッ……くすぐり、よわいのにぃ……!」


「うりうり、おかしちゃん〜? どんな気持ち〜??」


「やっ、くすぐりッ、だめだってばあ……! あは、くふ、あはははっ……!」


「ふふ、かわいー♪」


……ふぅ、これくらいでやめてあげよっと。


「ひゃあ、はぁ、ひゃう……」


「おかしちゃん、あんまり茶化したら、わたしだって怒るからね?」


「うぅ……は〜い……」


「わかればよろしい。 ……あっ、チーズケーキ食べようよ!」


「そういえば、お預けだったもんね〜」


「そうそう! えへへ、やっと食べれる…♪」


冷蔵庫に入れておいたチーズケーキを取り出す。


「じゃ、いただきます!」


口の中に広がる酸味……♪

依頼のあとのごほうび……めちゃくちゃおいしい……!


「んぅ、おいし……♪」


「えへへ、よかった〜♪」


「ほら、おかしちゃんも……あーんっ」


「あ〜むっ。 ……ん、おいしい♪」


あっ、おかしちゃんの笑顔♪

ふふ、いやされるなあ♪


「今回の依頼はたいへんだったね〜」


「ええ。 もぐ……ほんとにね……」


「あ、ねえねえ……! あたし、"olive"に行ってみたいな〜」


「あそこに?」


「うん! ノンアルコールカクテル、気になるの〜」


「そういうことなら、もぐもぐ……いっしょに行こうよ♪」


「やった〜! 真澄ちゃんとデートだね〜♪」


「ふふ、楽しみだね♪」


「うん!」


ふう、チーズケーキ、おいしかった〜♪


「じゃあ、お風呂入って、早く寝よう? 明日は学校もあるし、朝から家にもどって学校の準備しなくちゃでしょ?」


「だね〜♪ さ、早く入ろ〜♪」


「おっけー!」


おかしちゃんとの会話もほどほどに、お風呂場に急ぐ。

今回の依頼はどっと疲れたし、汗をちゃんと流さないとね〜。




カランカランととびらのベルが鳴る。

このベルは探偵事務所のもの……じゃなくて。


「いらっしゃいませ。 おお、探偵の方々でしたか」


「今日は飲みに来ました〜♪」


「おすすめのノンアルコールカクテル、2つください!」


「かしこまりました。 ……そうそう、マスターの件、ありがとうございました。 陽くんと守くん、とても感謝しておりましたよ」


「そうですか♪」


「よかったね、真澄ちゃん♪」


「うん♪」


あのあと、マスターの容態も心配がなくなって、保科さんも大学に復帰してきたみたいだし、ほんとうによかった!


「私も感謝しております。 報酬の代わりといってはなんですが、今回は私のサービスでカクテルをご用意します。 ……そして、これが当店のオリジナル、レモンピールとオレンジピールを主にブレンドした、柑橘系のさわやかなカクテルとなっております」


「「わあ……!」」


シャカシャカと振られたシェーカーから、甘くてさわやかな匂いが漂う、オレンジ色のキラキラした液体が注がれる。

カクテルにはハーブとオレンジが添えてあって、お店の雰囲気に合った、とてもおしゃれなカクテルだ。


「マスターの腕前には敵いませんが、どうぞ」


「「いただきます!」」


……まずはひとくち。


「「おいしい……♪」」


のどを突き抜ける、さわやかな甘味。

後味の悪さはまったくなくて、心の底から洗われているような気分だ。


「……そういえば、あなた方は探偵をなされているのですよね?」


「はい!」


「では、たまにはここにいらしてください。 ここは安寧市の色々な方が集まるバーでしてね。 必要な情報が転がっているかもしれませんよ」


「ほんとですか!? 実は頼れる情報網が少なくて、困ってたんです!」


「これなら、もっといろんな依頼をこなせるね〜♪」


「うん!」


「それはよかった。 マスターなら、もっと色々な情報を知っているでしょうし、よければ今後ともごひいきください」


……あれ?

もしかして、バーの宣伝もついでにされたっ!?

バーテンダーさん、抜け目ないなぁ……。


「……ふう、おいしかったです〜♪」


「いえいえ、こちらこそ」


「じゃあ、そろそろ帰ろうか♪」


「探偵事務所にもどろ〜♪」


「では、お気をつけて。 マスターの件、改めてありがとうございました」


「「こちらこそ、ごちそうさまでした♪」」




夕暮れどきの"向風町"。

ちょっぴり治安は悪いけど、このバーはとってもいい場所だね。


「真澄ちゃん、どうしたの?」


「……ああ、ちょっとね」


「"タソガレる"ってやつかな〜?」


「ふふ、そうかも」


夕陽を仰いで、依頼のことを想い返す。


いつのまにか大きな依頼になっていたけれど、解決出来てよかったな……。

今回の依頼で……"あのヒト"にも少し近づけただろうか──


「……ふぅ、帰ろ」


「うん! あ、次の土曜日はさ、もらったチケットのお店行こうよ〜」


「えー、またデート? もーっ、わたしのこと好きすぎでしょ〜?」


「ダメ〜?」


「……ふふん、ダメなワケないじゃん♪」


「やった〜♪」


夕陽の町中、わたしたちは並んで帰る。

5月の初旬に流れる風は、まだ春のさわやかさを感じられるのだった。




次回/File.3:日和ヶ丘高校七不思議(前編)

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