ぽんこつ少女探偵"調辺 真澄"

doracre

File.1:ぽんこつ少女探偵(前編)

ここは呆れ返るほどに平和な街、"安寧市あんねいし

またの名を"無犯罪都市"。


年間の軽犯罪率1%未満・凶悪犯罪率0%のこの街で今、未曾有みぞうの危機が起ころうとしていた。


「にゃあ……」


「ほらほら、もう大丈夫だよー」


「にゃふ……」


よし……。

このまま抱きかかえて、気をつけて木から降りれば……って。


「かっ、風が……うわっ!」


木からすべり落ちて、おしりを地面に勢いよくぶつけるわたし。

頭をぶつけなくてよかったけど……。


「いっ、いたた……しりもちついた……」


……っと、ネコちゃんは大丈夫!?


「にゃあっ」


「ほ、よかった〜。 まったく、慣れてないのに木に登るからだぞ〜」


「にゃ?」


「はぁ、もう登るなよ〜。 ……よし、これで依頼主にネコちゃんを渡せば、解決かな〜」


木登りなんて慣れないことしたから、余計に時間使っちゃったよ。

……あ、これじゃあ、わたしもネコちゃんのこと言えないよね。


「ふぅ、帰ろっと」


ネコちゃんを抱いて、わたしの事務所に向かって歩く。


……え?

未曾有みぞうの危機ってなんだったんだ、って?

そりゃあもちろん、ネコちゃんが木から降りられなくなってたことだよ。

あんな事件、この街じゃ初めてだからね〜。


…‥大げさ過ぎる?

そうかな〜??




カランカランと小気味良い音でとびらがひらく。

ここがわたしの探偵事務所……的な施設。


「真澄ちゃん、おかえり〜。 ネコちゃん、捕まえられたんだね〜」


「あっ、おかしちゃん、ただいまー。 お掃除ありがとね」


そうそう、この娘はおかしちゃん。

わたしの探偵事務所の助手兼お友だち。

たまに依頼で疲れたわたしを、ひざマクラとかでいやしてくれるんだ。

わたしの欠かせないパートナーなの。


「どういたしまして〜。 ……あっ、そうだ。 依頼主さん、待ちくたびれてるよ〜?」


「おっと、それはいけない。 早く返してあげなくてはね」


ネコちゃんを抱きかかえて、応接室のとびらを開ける。


「にゃあっ!」


「ミケちゃん!」


それと同時に、ネコちゃんが依頼主の身体に飛び込む。

それほどまでに、飼い主が大好きみたいだね。 


「そのネコちゃんで間違いありませんか?」


「ええ、間違いありません! 本来、ペット探しなんて自分でやるべきことなのに……こんな依頼を引き受けてくださって、ありがとうございます……!」


「大丈夫ですよ! ここは平和だから、あまり仕事もないですし……それに依頼主の方の笑顔を見るのが好きなんです! だから、またなにかあれば、ご相談ください!」


「重ねがさねありがとうございます……! いやぁ、もう……なんとお礼をすればいいか……!」


「お礼はいりません! これはシュミで始めたことですし、わたしはそこまで優秀でもありませんから。 それに依頼主の笑顔が、もっとも価値のある報酬ですので!」


「探偵さん……!」


「1日遊べなかったぶん、ネコちゃんとたくさん遊んであげてください!」


「はい! 本当にありがとうございました!」




「ふぅ、疲れたぁ」


少し奮発して買った、ちょっとだけいいイスに腰かける。

ここがわたしのワークデスク……て言っても、マグカップくらいしか置いてないんだけどね。


「お疲れさま〜、真澄ちゃん。 はい、どうぞ〜♪」


「わあ、チーズケーキ……♪」


運ばれたのは、手作りのチーズケーキとお紅茶。

わたし、洋菓子に目がないのよね……♪


「ネコちゃん探しに行ってるあいだに作っておいたの〜。 この前、あたしの探しものを手伝ってくれたお礼ね〜♪」


「えへへ、ありがと、おかしちゃん♪」


「どういたしまして〜♪」


「じゃ、いただき──」


と、そこでまたしてもカランカランと音が鳴る。

わたしもおかしちゃんもとびらは開けていない……つまり……!


「すみません! ここは探偵事務所だと聴いて、やって来たのですが……!」


「……わ、わかりました。 では、応接室にご案内します」


ああ、わたしの至福の時間がぁぁ……。




「──というワケなんです」


「なるほど。 いなくなってしまった友人の行方を探ってほしい、と」


「はい……」


依頼主の方は、20歳の男子大生"改芽あらため よう"さん。

いなくなってしまった同い歳の友人、"保科ほしな まもる"さんの捜索を依頼したいとのことだ。


「ケイサツには行かれましたか?」


「はい、捜索願も提出しました。 ですが、先週の土曜日から1週間経ってもなお、あまり進展がなく……」


「そうでしたか。 と、なると……すでにこの街から出ている可能性もありますね」


「……あいつと僕は、昔からの親友なんです。 あいさつもメールもなしにいなくなるなんて、到底思えません。 もしかしたら、なにか事件に巻き込まれてるのかも……」


そう言って、改芽さんの顔が曇る。


……わたしはこの表情がニガテだ。

そんな悩みに困って泣いてるヒト、落ち込んでいるヒトを笑顔にしたくて、わたしは探偵を志した。

だから、わたしは改芽さんも救ってみせる。


「……わかりました、引き受けましょう!」


「あ、ありがとうございます!」


「では、まずは情報収集から。 改芽さんたちの大学に案内させていただけますか?」


「もちろんです! 僕たちの大学は、隣町の"青桜せいおう大学"です!」


「それでは、さっそく向かいましょう! おかしちゃんも着いてきて!」


「りょ〜かい! でも、チーズケーキはまた今度だね〜」


「うぅ、ラップしといてね」


「はいは〜い」


こうして、わたしたちは"青桜大学"に向かうことになった。




電車に揺られバスに揺られ、ついに例の大学にやって来た。

ここまで来るのに、だいたい30分くらいかな?


「すみません、移動料金を払ってもらっちゃって」


「大丈夫ですよ。 それにあなたがたはお礼をもらうことを好まない、と聴いていましたから。 せめて、移動料金くらいは払わせてください」


「ありがとうございます。 それで、ここがその大学ですね?」


「その通りです」


「わあ、それにしてもおっきいですね〜」


ふふ、おかしちゃんはマイペースだな〜。


……っと、今は依頼中だった。

しっかりしなきゃ!


「ここらの大学よりも、ここは規模が大きいんです。 だから、学業だけでなく、サークルや部活動も盛んでして。 僕たちはテニスサークルに所属しています。 ……テニスとは名ばかりの、ほぼ飲みサークルみたいなモノですがね」


「そうなんですか〜」


「では、立ち話もほどほどにして、さっそく聴き込みを開始しましょうか」


「わかりました。 本校生徒以外でも入れる食堂があるので、まずはそこで聴き込みをしてみましょう」




「なかなか、情報が集まりませんね……」


「たしかに……」


30分くらい聴き込みを続けてたけど、情報はほぼなし……。


っていうか、こんなに本格的な聴き込みは初めてかもしれない……。

うぅ、なんか不安になってきた……。


「……あれ? 助手さんはどこに?」


「ああ、おかしちゃんなら、別行動で聴き込みをしてもらっています」


「だ、大丈夫でしょうか。 本校生徒ではないですし、怪しまれたり、悪質な生徒につけられているかも……」


「そこは安心してください。 おかしちゃんはああ見えて、うちの学校では指折りの陸上選手なので、脚は早いですよ」


「な、なるほど……」


ふふん、わたしの自慢の助手兼お友だちですから!

それに陸上競技部で鍛えてるおかげか、ひざマクラしてもらうときの脚が健康的ですべすべで、なんとも気持ちいいんだよねぇ。


「真澄ちゃ〜ん♪」


「おかしちゃん! どうだった?」


「ちょっと気になる情報があってね〜」


「「ほ、ほんと(ですか)!?」」


「うん♪ 保科さんと同じ講義に参加してる女子大生さんの証言なんだけど、なんでも先週の土曜日の夕方ごろに、電車内で見かけたらしいんだ〜」


「先週の土曜日と言えば……」


「はい。 守が行方知れずになったのも、ちょうどその日です。 電車に乗っていたとは……」


なるほど、なるほど……。


「改芽さんと保科さんは、いつも安寧駅で降りるんですよね〜?」


「ええ、家が近いですから」


「その女子大生さんはね、安寧駅の次の次、"向風むふう駅"で降りるらしくて、たまに改芽さんたちのことを見かけてたらしいの。 だから、保科さんはいつもみたいに安寧駅で降りるんだろうなって思っていたら、その女子大生さんと同じ駅で降りたみたい」


「そうだったんですね」


いつもとは違う駅で降りた……。

乗り過ごし……?

いや、そもそも帰りの電車ではないのかもしれない。

なにか用事があって、そこで降りたのかしら……?


いずれにしても、情報が不完全だね。

もう少し情報がほしいな。


「おかしちゃん、それで証言はぜんぶ?」


「ううん、まだあるよ。 駅を降りた保科さんは、なんだかそわそわしていたみたい。 女子大生さんは単なる乗り過ごしかな、って思ったらしいよ〜」


「たしかに夕方ごろに電車に乗るのなら、ふつうは帰りの電車ですしね……。 うっかりして、乗り過ごしたのでしょうか?」


「……いえ。 おそらく、その駅になにか用事があったのでは?」


乗り過ごしたとしても、そわそわすることはないでしょう。

どちらかと言うと、"やっちゃった"的な感じになって、かえって冷静になると思う。

ソースはこのわたし。


「と、言いますと?」


「そうですね……。 例えば、その駅でだれかを待っていたのだとしたら……」


「なるほど……でも、そわそわする必要はありますかね?」


「……なにか、よからぬことに関わっているヒトだとして、そのヒトにムリやり呼ばれていたら……」


「そわそわしてた理由も出来るね〜」


「では、守はなにか悪いやからに絡まれている可能性が……!」


「ありますね」


「だ、だとしたら、守が危ない……!」


「ちょっと待って〜。 真澄ちゃん、それってコンキョあるの〜?」


「え? コンキョ……? ……んーと、えーっと……」


な、なにもない、かも。


「び、びっくりさせないでくださいよ……」


「す、すみません……!」


コンキョもない仮説はよくなかった…。

反省しないと……。


「助手さん……探偵さんって、けっこうおっちょこちょいだったり……」


「そうですよ〜。 いろいろぽんこつなんですけど、そこがかわいいですよね〜♪」


「そこ! こそこそ話さない!」


ぽんこつって、わたしが1番気にしてることなんだから!


「えへへ〜、ごめんごめん♪」


そう言いながら、わたしの頭をなでるおかしちゃん。

優しいさわりかた、クセになりそう……って!!


「こらぁ、なでるなぁ!」


うぅ、甘やかし上手め……!!


「……ふふ、仲がいいんですね」


……はっ!

そういえば、依頼主の前だった!


「す、すみません! 依頼中なのに!」


「いえいえ、大丈夫ですよ。 むしろ、無償で依頼を解決しようとしてくれていますし、僕がどうこう言える立場ではありませんから」


うぅ、優しい依頼主さん……!

なんとしてでも、この依頼は解決しなくては……!!


「それじゃあ、再開しましょうか」


「って言っても、次はどこを調べるの〜?」


「うーん……とりあえず、例の駅に行ってみましょう。 なにか、手がかりがあるかもしれません」


「それじゃあ、向かいましょうか〜」


「……いや、ここからは別行動にしましょう。 わたしたちが駅を調べるので、改芽さんは大学での聴き込みを続けていてほしいんです。 大学を知っている改芽さんのほうが、大学での聴き込みは適していますし」


「わかりました、なにかあれば連絡しますね。 ……これ、僕のスマホの電話番号と電車賃です」


「では、わたしの電話番号も。 なにかあれば、ここにかけてください。 こっちは向風駅に行ってみますね。 行こう、おかしちゃん」


「わかった〜。 改芽さん、お願いしますね〜」


「任せてください」


こうして、わたしたちは別行動をすることになった。

駅への調査に赴くわたしたちと、大学での聴き込みを続ける改芽さん。


果たして、わたしたちは保科さんの行方を掴むことが出来るのか──




次回

File.2:ぽんこつ少女探偵(後編)

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