第37話 再会

 東京駅で合流した僕達は、近くの居酒屋に入った。賑わっていた居酒屋の奥のテーブル席に座り、全員、ビールを頼んだ。


 机の上に6杯のビールが一瞬で来た。今までチューハイは飲んだことがあるが、ビールはこれが初めてだった。まだ高校生の僕に飲めるのか……。


「じゃあ、再び出会えた事を祝って、、乾杯!!」


 周平がジョッキを持って、高らかに声を上げた。みんなのジョッキを合わせ、コツンという音が部屋中に何度も鳴り響いた。


 体育祭の日、水野さん以外の5人で弁当を食べたあの日と比べて全然空気が違うように感じた。


「春香は医者になったの?」


 拓海が春香に聞いた。


「うん。でも、大変だよ。患者の面倒を見るのは」


「内科?それとも外科?」


 僕が春香に聞いた。


「外科だよ。手術も何回もした事あるよ」


「えー。緊張するでしょ?」


「緊張するけど……。失敗は許されないから。何度も何度も頭の中でイメトレして、本番を迎えてるの」


 人の命を助ける医者の仕事の偉大さに改めて気付いた。人は誰しも失敗をする生き物だと思うが、医者に失敗は許されない。高校生の時の夢をちゃんと叶えている事に感心しながら、ビールを1口飲んだ。


 口に入った瞬間は美味しかったが、後味がめちゃくちゃ苦い。大人はこんな飲み物を毎日、飲んでいるのか。お父さんやお母さんが好んで飲んでいるビールの味は、まだ僕には早かった。


「拓海はどうなの?」


 春香が拓海に聞いた。


「僕は、、東京の会社に勤めてるよ」


「どんな会社なの?」


「新しい文房具のアイデアを考える会社かな」


「なんか新しい文房具考えたの?」


「いや、まだ全然アイデアが認められてなくて……」


 拓海もサラリーマンになって苦労してる事が分かった。


「周平は消防士になったの?」


 僕が周平に聞いた。


「まあな。消防士にはなったけど、炎が熱くて毎回、毎回死にそうな思いで頑張ってるよ……」


 命懸けで人を助ける仕事。死ぬ事を恐れている僕には到底出来ない仕事だ。

 

「明美ちゃんは、どんな感じなの?」


 春香が明美に聞いた。


「私は全然ダメ……。やっぱり、人前だと緊張してしまうよ」


 あの日、僕たちに伝えた明美の夢。

 


「私、みんなでシンデレラの劇をしていた時、めちゃくちゃ楽しかったの。いつかシンデレラ役を演じてみたい。だから、私は――お母さんみたいに女優になって、私の演技でみんなを楽しませたい」

 


 明美のお母さんは有名女優だった。名前も世界中に知れ渡っていて、いろんな映画に参加している。現実の明美には時間がない。でも、明美の女優の姿を見てみたい。


 明美は下を向いてビールを飲み始めた。僕が10年後の世界に来るまでの間、何をしていたかは分からない。もしかしたら、夢に挑戦していたのかもしれない。




 それから1時間、好きな食べ物の話やトランプ、居酒屋定番のゲームをして盛り上がった。みんな、顔が赤くなり、少しずつ頭にアルコールが回り始めた頃、話は恋の話になった。


「春香と周平のどっちが告白したの?」


 拓海が2人に聞いた。きっと2人の関係性が羨ましかったんだろう。


「シュウくんが告白してくれたの。俺はお前を死ぬまで幸せにするって。あの時のシュウくんカッコ良かったなあ」


 春香が顔を赤くしながら嬉しそうに自慢していた。周平はやっぱり男気溢れてるなあ。僕も明美にプロポーズする時にそんな言葉を言うのかな。


「それより、拓海と水野さんは結婚してるの?」


 春香が2人に聞いた。


「結婚は……」


 水野さんが拓海を2度見して、顔を下に隠した。いつ、あの指輪を渡すつもりなんだろうか。


「菜奈ちゃんは結婚したい?」


「結婚……なんて考えたことなかった」


「今でも僕のこと好き?」


「う、うん」


 拓海は鞄の中から婚約指輪の入った紙袋を取り出し、その中に入った婚約指輪を取り出した。もしかして、、みんなが見てる前でプロポーズする気じゃ……。


「菜奈ちゃん、高校3年生の体育祭の日、約束したよね。東京でまた会おうって。僕、菜奈ちゃんのことずっと好きだった。だから――結婚しよう」


 楽しかった居酒屋に沈黙が走り始めた。一気に凍った場を溶かすように水野さんが笑顔で頷いた。


「うん。良いよ」


「おめでとう!!」「おめでとう」「良かったな」


 2人が結婚できた事を祝うように沈黙から賑やかに盛り上がる。やっぱり拓海は不器用だ。でも、自分の事のように嬉しい。


 飲み会は最高に盛り上がり、気がつけば深夜0時を過ぎていた。あのプロポーズ以降、何を話したか何も覚えていない。



 


 朝、目が覚めると知らない部屋で寝ていた。ここはどこだろう。飲み会の後、自分がどうなったか1つも覚えていなかった。隣には明美も寝ていた。


「やっと起きたか」


 拓海が部屋に入ってきて、僕達に言った。


「ここは拓海の家?」


「夜、2人とも体が動けないぐらい飲んでたから、僕と菜奈ちゃんで頑張ってここまで運んだんだよ」


「ありがとう……」


 ピンポン


 インターホンが鳴り響く。拓海が玄関の方に向かう。僕も体を起こし、玄関の方に行くと、水野さんが大きなスーツケースを持って嬉しそうな顔で拓海を見ていた。


「たっくん、これからよろしくね」


 水野さんが拓海の唇にキスをした。他の人がキスしているところを僕は初めて見たような気がする。プロポーズしたことは微かに覚えていたが、まさかお互い本気だったとは……。


 明美も目を覚まし、拓海の車で東京駅まで乗せてもらった。


「え、、菜奈ちゃんと拓海君結婚したの!?」


 明美が1番驚いていた。案外、明美は酒に弱いのかもしれない。夜の飲み会の事を殆ど覚えていなかった。


 そして、東京駅から新幹線に乗り、尾道駅に帰った。その間、僕たちはずっと寝ていた。

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