第36話 2人だけの夜

 2回戦、勝ったのは明美だった。明美はすでに顔を赤くしていた。


「よっしゃぁ。勝ったー。じゃあ、、ゆうくんは私が死んだ後の10年後の未来を見たことあるの?」


 突然の質問に困惑してしまった。明美が死んだ後の10年後の未来……。それは、僕が今まで何度も見てきた世界だった。いつ、明美は、僕が10年後の未来を見てることに気づいたのだろう。


 勝った相手に従うのがこのゲームの絶対。嘘をつくことが出来ない僕は正直に


「う、うん」


 と言った。明美が楽しそうな顔で色々と聞いてきた。


「その未来で何が起きてたの?」


「僕は、別の人と同棲していて、、、。文化祭の交通事故から助けた時に、その人に子供が出来ていた」


「やっぱり、交通事故で私は死ぬ運命だったのか。助けてくれて本当にありがとう。あの時、死んでたら夏休みに行った花火大会も体育祭も出来なかったからね……」


 改めて言われた感謝の言葉。その言葉が胸の中で溶けていく。感謝の言葉を求める為に助けた訳では無いが、明美を助けて本当に良かったと思った。


「こちらこそ、、生きててくれて嬉しいよ」


「その同棲相手ってどんな人なの?」


「大野静香っていう後輩で、僕の事がずっと好きらしい」


「大野静香?長縄跳びで1回会ったことあるよ」


「じゃあその時のゆうくんは結婚してたの?」


「結婚はしていて、子供も出来てた」


「そうなんだ……」

 

 明美と静香が会って話したことがあった事に驚きが隠せなかった。どんな事を話したんだろう。静香が何か明美に言ったのかな。


「大野さんとゆうくんなら良いパートナーになりそうだね」


「そ、そうかな……」


「じゃあ3回戦行こうよ!!」


「うん」


 まだ僕は、静香の良さに気づいていない。明美の事しか考えられない。でも、、いつか結婚する相手になる静香。少しずつ向き合って行かないといけないかもしれない。


 そういえば、10年後の静香はどんな姿なんだろうか。どこで何をしてるのだろうか。


 ババ抜きに少し飽きてきたが、チューハイを飲んでいるからだろうか。2人だけのババ抜きなのに楽しくなってきている自分がいた。


 3回戦、勝ったのは明美。また、僕は運悪く、負けてしまった。本当はもっと色んなことを聞こうと思ってたのに……。


「それじゃあ――」


 明美は目を閉じ、唇を尖らせ、僕の口元に近づけてきた。花火大会の時、頬にキスされた記憶が鮮明に蘇ってきた。


 今回は……。唇同士かな。自分も目を閉じ、何も考えないようにしたが、心臓の音が破裂しそうなぐらい鼓動を奏でていた。


 キスされたら……。この後、、、。これ以上ゲームが出来る気がしない。


 唇同士が触れ合うと同時に僕たちは無意識に抱き合っていた。胸の膨らみを少しだけ感じながら、明美の体温が僕の緊張で凍っている体を溶かしてくれるようだった。


 このまま時が止まれば良いのに……。




 

 それから先はチューハイを飲んだせいか、僕の頭が真っ白になっていたせいか、あまり覚えていない。キスした後何をしたのか、何時に寝たのか何も覚えていない。


 朝、目が覚めると12時を過ぎていた。急いで隣で寝ていた明美を起こし、ホテルのチェックアウトを行った。


「夜は楽しかったね」


 明美がそう言ってくれた。


「うん」


「アクセサリー店、行っても良い?」


 明美に誘われ、近くにあったアクセサリー店に寄った。入り口に置いてあった真珠のネックレスをずっと眺めていた。


「真珠のネックレス、かわいいなあ……」


 値段は5000円ぐらい。少し値段が高い気がしたが、あの指輪の値段と比べたら安く感じてしまう。昨日、僕の値段に対する価値観が崩壊したような気がする。


「買ったら?」


「いや、、。買ってももう意味ないから。どうせ、私はもう死ぬんだから……」


 その言葉に僕は何も言い返せなかった。それから、近くの飲食店や服屋など色んな場所を巡った。


 お昼ご飯は、近くにあったカレーライス専門店でカレーライスを2人で頼み、辛いと言いながら楽しく食べた。


 そして、時は過ぎていき、夜18時。東京駅の銀の鈴の前で待っていると懐かしい声が聞こえてきた。


「おーい!!」「久しぶりだな」


 周平と春香が手を繋ぎながらこちらに向かってきた。周平は全身に筋肉が付いていて、たくましくなっていた。


 

「俺は、消防士でみんなを助けたい」



 体育祭のあの日、周平は消防士になりたいと言っていた。その夢は叶ったのかな。


 春香も綺麗で可愛くなっていて、初めて10年後の世界に行った時の同窓会の姿を思い出した。


「2人ともまだ付き合ってるの?」


 明美が聞くと、2人は指を僕たちに見せた。左薬指には指輪が付いていた。


「え、、もしかして……」


「私たち、結婚しました。ねえ、シュウくん」


「うん」


 2人は結婚していた。そして、少し経ってすぐに拓海と水野さんもこちらに向かってきた。


「たっくん、、私来る必要あった?」


「良いじゃん。菜奈ちゃんも紹介したいし……」


「たっくんが、、言うなら仕方ないけど……」


 拓海と水野さんも合流し、6人で東京駅を出た。

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