第24話 本当の私

 教室で1人、私は空を見上げていた。


「石原君……ごめん」


 小さな声でつぶやいた。



 

 放課後、私は石原君に教室に呼び出された。教室に入ると、私と石原君以外誰もいなかった。


「菜奈ちゃん、大事な話があるんだけど……」


 菜奈ちゃんと呼ばれると少し恥ずかしい。何を言われるか少し怖かった。こんな私に石原君はずっと話しかけてくれた。男の人の前では誰でも強く当たってしまうそんな私に対して、石原君は何度も何度も……。


 初めはウザい奴だと思っていたけど、次第に石原君が来る事を楽しみにしている自分が心のどこかにいた。この気持ちは何なのか。よく分からないが、石原君とはずっと友達で居たい。


「何?」


「僕、菜奈ちゃんのこと好きだ」


 その言葉は私の胸に深く突き刺さった。告白……?あの時の記憶が鮮明に蘇ってくる。


『俺、菜奈ちゃんのこと好きだよ』


 顔と声が頭の中に写し出された。彼の名前は、青山晴翔あおやまはると私が中学の時の初恋の相手だった。




 


中学3年の11月。


「ねえ、菜奈ちゃんって好きな人居るの?」


 帰り道に友達の真央ちゃんが話しかけてきた。彼女の名前は佐藤真央さとうまお。小学校の時からずっと一緒に遊んだり、勉強したりしている私の1番の友達だった。


「晴翔君かな……」


 私には中学1年からずっと好きな人が居た。バスケ部のエースの晴翔君。私が1人で本を読んでいた時に、晴翔君が話しかけてくれた。それから、少しずつ話すようになり、次第に好きになってしまった。


「晴翔君か……。確かにカッコいいよね。どういうところが好きなの?」


「優しくて、かっこいい所かな」


「あー分かる。晴翔君みんなにモテるもんね。私、菜奈ちゃんの事応援するよ」


「ありがとう……。でも、私、晴翔君と話すと緊張してしまうの」


「緊張?」


「なんか本当の自分になれないというか、考えるより先に言葉に出てしまって、思った事と反対の事を言ってしまうの……」


「そうなんだ……」


「でも、本当は晴翔君の事、大好きだし、ずっと一緒に居たい。それなのに、晴翔君の前では強がってしまう。本当の自分を隠したまま……」


「晴翔君の事が好きなら、告白した方が良いんじゃない?」


「でも……もし振られたらどうしよう」


「そんな事考えても仕方ないから、今日か明日、告白しに行こうよ!!私も見守っとくから」


「いや……無理だよ」


「菜奈ちゃんなら大丈夫。勇気出して!!」


 その日の放課後、真央ちゃんに無理やり体育館に連れて行かれた。体育館ではバスケ部が試合形式の練習をしていた。晴翔君はスリーポイントシュートを何度も決めていた。


「カッコいいな……」


 と小さな声でつぶやいた。

 

「もうすぐ部活終わるから」


 真央ちゃんがそう言うと、私の背中を強く押してくれた。ちゃんと自分の気持ちを伝えないと……。1歩ずつ晴翔君に近づき始める。丁度部活が終わり、みんな更衣室に行く中、晴翔君が1人体育館でフリースローの練習をしていた。


「晴翔君……」


「おお、菜奈ちゃんどうしたの?」


「あの……」


 好きという2文字を伝えたら良いはずなのに、身体中が熱く、震えていた。もし、振られたらどうしよう。もう一緒に過ごせないかもしれない。


「べ、、別に晴翔君に会いたいから、、来たわけじゃ無いから、、勘違いしないでよね、、」


 出た言葉は思っていた気持ちと真反対だった。何で、いつも私は素直じゃないんだろう。やっぱり私に告白は無理だよ……。


「会いに来てくれたんだね。ありがとう」


「そんな事、言われても、、嬉しくないから!!」


 顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。本当はめちゃくちゃ嬉しいのに……。言葉に出来ない。

 

「俺は菜奈ちゃんの事、好きだよ」


 それは予想外の言葉だった。頭が真っ白になっていく。私の事を、、好き!?嘘だ……嘘だ……。何度も頭の中で否定し続けた。


「べ、、、べつにわ、わ、わたしも晴翔君のこと、、嫌いじゃないよ」


「それって俺の事好きってこと?」


「ち、ち、違うから!!」

 

「俺は、菜奈ちゃんと付き合いたいけど、どう?」


「ど、どうしても、、付き合いたいなら良いよ」


「ありがとう」


 体育館の入り口のドアから覗いている真央ちゃんが嬉しそうな顔をしていた。私達は本当に付き合ったんだ。嬉しい気持ちを晴翔君に見せないように、黙って体育館を出た。


「良かったね」


「うん……」


 それから、2人で色んな場所に行った。私の本当の気持ちを晴翔君は全て分かってくれていた。


 


 時は流れ、12月。突然、晴翔君からLINEで「別れよう」と言われた。初めは嘘だと思った。その日、晴翔君の家に行って話を聞いた。


「ごめん……。別れよう」


「何で、、?」


「俺、バスケの推薦で遠くの高校に行くことが決まったんだ。これから、練習もしないといけないから」


 バスケの推薦で高校に行く事は凄いことだと分かっていた。晴翔君を止める気も無かった。でも、もっと一緒に居たかった。ずっと一緒に……。




 

「晴翔君、水野さんと付き合ってたらしいよ」

「えー。マジで!?あり得ないんですけど」

「水野さんって、ツンデレな所あるよね」

「やっぱり可愛いキャラを演じて、晴翔くんも付き合ったんじゃない?」


 晴翔君と別れてから、クラスメイト達が私を蛇のような目で睨んできて、私は徐々に孤立するようになった。


 晴翔君はクラスのの人気者で、何人もの女子が告白した事があった。そんな晴翔君と私が付き合った事が広まってしまい、みんなから非難されるようになった。

 

 


 そして、12月25日、クリスマスの日。あの事件は起きた。その日は、学校が休みだったが、クラス全員でクリスマスパーティーをする事になっていた。私は女子達からは嫌われていたが、晴翔君のおかげで、私も参加する事になった。


「これ、クリスマスプレゼント。別れても俺は、菜奈ちゃんの味方だから、何かあったらいつでも言ってね」


「……ありがとう」


 晴翔君は少し高そうな包装紙に包まれたチョコレートを私にくれた。それが全ての始まりだった。そのチョコレートを鞄の中に入れ、クリスマスパーティーを楽しんだ。クリスマスパーティーが終わり、帰ろうとした時、鞄に貰ったチョコレートが無い事に気がついた。


「菜奈ちゃん、さっき誰かがチョコレートを……」


 急いで外に出ると、1人の女子が貰ったチョコレートを持って歩いていた。


「ねえ、そのチョコレート返してよ!!」


「水野さんはやっぱり晴翔君に似合わないよ」


 1人の髪の長い女の人が私に向かってそう言った。私はクラスメイトの名前を殆ど覚えていない。彼女が誰かも分からなかった。その彼女の手元に晴翔君から貰ったチョコレートがあった。


「そのチョコレート、返してよ!!」


「私はずっと昔から晴翔君のことが好きだったの。幼馴染でずっと仲良くしてて……。それなのに、あんたに晴翔君を取られて……苦しかった。辛かった。このチョコレートを見ると腹が立つの。こんなチョコレート、私の前から消えろ!!」


 手に持っていたチョコレートを夜空に勢いよく投げた。チョコレートは宙を舞い、地面に落ち、粉々に消えていった。堪忍袋の尾が完全に切れた。


 気がつくと、私は彼女の頬を殴っていた。


「痛い……」


 泣きながら、顔に手を当てる彼女の顔が忘れられない。その後、居場所を失った私は自主退学をした。その日から、私はチョコレートを嫌いになったのかもしれない。




 その過去を思い出した私は、石原君に


「私、、石原君のこと好きじゃないから!……ごめん」


 と伝えていた。やっぱり、私と付き合っても、私は本当の自分をずっと隠している。きっと私を面倒だと感じ、いつか嫌いになるはず。晴翔君も本当は私を嫌いになったから、別れようと言ったのかもしれない。


 でも、何故だろう。石原君と話す時だけ、いつも以上に緊張して震えている自分が居る。


 本当は、石原君の事を……。いや、、もう恋をするのは諦めたんだ。これから、何があろうと1人で生きていく事を決めた。


「その代わり……これあげるよ」


 私は、石原君に丸いチョコレートを1つ渡した。


「……ありがとう」


「あげたチョコレート、ちゃんと食べてよ!!」


「うん」


 拓海は泣きながら、教室を出て行ってしまった。私はどうして、素直になれないんだろう。


 私が副団長になった理由は、少しでも男の人と話すのに慣れるためなのに……。きっと、石原君は体育祭には来ない。副団長の私が何とかしないと……。


 石原君には、夢の世界で幸せになって欲しい。現実の私じゃなくて、石原君の妄想する理想の私と……。

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