第20話 自己紹介
拓海が応援団長に決まった日の翌日の昼休憩、トイレの前で拓海が僕に声をかけてきた。
「ねえ、裕介、助けてー」
団長になってしまった拓海が泣きながら、僕に助けを求めていた。話を聞くと、昨日の放課後に行われた応援団だけの会議で、ジャンケンで負けた人が団長と副団長という流れになってしまい、拓海は負けてしまったらしい。
3年生全体の団長という役割が重くのしかかっている。
「仕方ないよ……。運が無かったんだから」
「はあ……。応援団だけなら良いかなと思ったけど、団長になってしまうとは」
「水野さんとは話したの?」
「まだ話してない……。なんか話すのが少し怖いんだけど」
「どういう事?」
「なんか近づいてはいけないようなオーラが出てるんだよ。ねえ、ちょっと付いてきてよ」
拓海に連れて行かれ、教室に戻ると、みんなが喋りながらお弁当を食べている中、水野さんが席に座って本を読んでいた。読んでいる本の表紙には、『チョコレート工場の秘密』と書かれていた。
『チョコレート工場の秘密』という本に聞き覚えがあった。確か、映画になった『チャーリーとチョコレート工場』のモデルになった小説だったような……。自分の家にもこの本が置いてあり、お母さんに勧められて読んだ事があった。
「あの、水野さん」
「なんですか?」
「自己紹介をしようと思って……」
「私は水野菜奈、好きな食べ物はアイス、嫌いな食べ物はチョコレート。あんた達の名前は?」
「僕は石原拓海です。応援団に立候補しました。これからよろしくお願いします」
「僕は岡本裕介です。拓海の連れ添いです。よろしくお願いします」
「まあ覚えとく」
そう言って再び本を読み始めた。もっと水野さんの事を知りたいのに……。彼女は、集中して本を読み始めてしまった。拓海が話しかけても聞いてくれない。
水野さんの席を離れ、自分たちの席に座ろうとした時、春香が近くに来た。
「ねえ、水野さんと何か話したの?」
「うん。でも、全然答えてくれなかった」
拓海が春香に低く小さな声で話した。水野さんと話せなくて少し落ち込んでいるように見えた。
「あの人には近づかない方が良いよ。あの人、中学校の時に問題児だったらしいよ」
あんなにおとなしそうなのに……。何があったのだろうか。
「何があったの?」
拓海が聞くと、春香が耳元で僕たちに聞こえるギリギリの小さな声で
「友達の女子を殴って怪我を負わせて、中学校を退学したらしいよ」
と言った。友達を殴って退学……。そんな話が本当にあるなんて思わなかった。しかも、あんなに真面目で大人しそうなのに……。
「その話、本当なの?」
「うん。まあ噂だけどね」
彼女がそんな事をする人には見えない。もし、そんな人だとしたら、どうして応援団に立候補したのか?不思議な事だらけだった。
春香は「気をつけてね」とだけ言って、周平の所に行ってしまった。あの2人は、花火大会で告白して無事付き合ったらしい。
「僕、水野さんとちゃんと話したい……」
拓海が僕に向かってそう言った。
「でも、どうやって水野さんと話すの?」
「うーん……毎日話しかける!!」
「マジかよ……」
それから、拓海は朝、学校に着くと「おはよう」と水野さんに声をかけ、授業終わりも「何の本読んでるの?」「僕と話そうよ」と声をかけ続けた。
1週間が経った頃、漸く拓海の気持ちが水野さんに伝わった。というより、呆れた感じで水野さんが
「はあ……仕方ねぇな。一緒にご飯食べてやるよ……」
と言ってくれたらしい。拓海と水野さんは屋上で弁当を食べた。何を話したかは、拓海が帰る時に色々と教えてくれた。
水野さんの両親がチョコレート工場に勤めている事、毎日、チョコレートを食べ続けていたから嫌いになった事、今回の応援団は、みんなの自分に対する評価を変える為である事が分かった。
何か大きな問題を忘れているような気がするが、拓海も上手く行っている事だし、自分も明美とやりたい事リストを進めて行かないと……。
やりたい事リストの1つにあった占い。明美といつか行ってみたいがどんな所か分からない。僕は、ジャンケンで負けて団長になった運の無い拓海と一緒に商店街にある占いの館に向かった。
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