第16話 花火大会①

 18時30分、僕と周平が話しながら待っていると、赤い着物を着た春香が僕達の方に近づいて来た。


「周平、遅くなってごめん。裕介君、こんばんは」


「全然待ってないよ。じゃあ俺達先に行くね」


 2人は手を繋ぎながら、屋台の方に歩いて行った。2人はお似合いだなあ。次第に尾道駅の周りには人が集まり始めた。


 明美と出会えないまま終わるかもしれない。約束の時間より10分過ぎた頃、不安になった僕は、人混みに紛れ込み、明美を探し始めた。


 満員電車のような人口密度で、全然前に進めない。どこに居るんだろう。不安が大きくなっていく。


「明美、何処にいるの?」


 LINEを送っても既読が付かない。もしかしたら、どこかで倒れたのかもしれない。最悪の未来が次々に思い浮かぶ。周りを見渡しながら、明美を探していると、LINEの通知音が鳴り響いた。


「改札口の前に居るよ」


 LINEが返ってきてくれて、少し肩の力が抜け、安心した。尾道駅より少し離れた所で探していた僕は、人混みの中を潜り抜けて改札口の方に向かった。


 改札口の前で黄色の星のような着物を来た明美が待っていた。


「ごめん、ずっと探してた」


「私も少し遅れたの。本当にごめん」


 腕時計を見ると、もう19時になっていた。カウントダウンのアナウンスが流れ始め、1輪の花火が空に咲いた。


「もう始まってるね」


「うん。まあひとまず、屋台見に行こうよ」


「うん」


 尾道駅を少し進み、花火の音を聞きながら、屋台がある場所を歩き始めた。屋台には、かき氷やフライドポテト、射的やくじ引きなど沢山出ていた。明美がかき氷を食べたいと言い出したので、僕もかき氷の屋台の行列の後ろに並んで待った。


「かき氷、早く食べたいな」


 かき氷の値段である400円を手に握りしめて、嬉しそうな顔で待っている明美を見ると自分も少しだけ嬉しくなった。そんなに食べたいのか……。


 明美がいちご味のかき氷を買って、屋台のすぐ隣で待っていた。自分も早く行かないといけないと思い、適当にブルーハワイと言って、値段を払ってかき氷を貰った。


 色んな色の花火が上がっていた。僕達は、近くにあった椅子に座り、花火を見続けた。


「花火綺麗だね……」


 明美がいちご味のかき氷を食べながら、花火を見ていた。


「ねえ、明美。話したいことがあるんだけど……」


「何?」


「明美の病気って治ってないんだよね……」


 花火の準備時間だろうか。少しだけ沈黙の時間が続いた。静かになると少し心寂しい。


「うん。昨日、担当医からいつ死ぬか分からないって言われたの。もうすぐ死ぬかもしれない」


 静寂な不穏な空気が辺りを包みこむ。明美が死ぬ未来が少しずつ近づいている。それが怖かった。


「私、死ぬのが怖いよ。死にたくないってずっと思ってる。ゆうくんとずっと一緒に居たいよ」


 明美の声は僕の胸に深く突き刺さった。僕も明美とずっと一緒に居たい。でも、それは叶わない。あの夢の中の言葉が頭の中を過ぎる。


『私、ゆうくんと過ごす日々が毎日楽しかったよ。授業で分からないところを話し合ったり、文化祭、体育祭で楽しんだり、お弁当を一緒に食べたり、何気ない毎日が幸せだったよ。だから、毎日生きようと思えた。本当に感謝してるよ』


 僕に出来ることは、明美と一緒に楽しい日々を過ごすこと、そして、後悔のない人生を送ってほしい。


「じゃあ、明美がやりたい事全部やっていこうよ。悔いのないように」


「うん」


「LINEにやりたい事送って。僕と一緒にやりたい事を全てやって行こうよ」


「ありがとう、ゆうくん」


 まだ明美が死ぬまで6ヶ月もある。やりたいことを1つ1つゆっくり叶えていけば良い。


「おーい、裕介」


 僕達が座っている所に、周平と春香がポテトを食べながら近づいてきた。これは、いわゆるダブルデートでは無いのか。そんな事を思いながら、僕達は手を振った。


「お前達、良い感じやん」


 周平が僕達を見て、イジるような感じで言って来た。


「そっちも良い感じだね」


「楽しいよね、春ちゃん」


「うん。明美ちゃんも楽しんでね」


 そう言って、2人は屋台の並ぶ方に歩き始めた。その間もずっと花火は上がっていた。


「そろそろ20時になるから帰らないと……」


 腕時計を見ると、19時50分になっていた。あっという間に楽しい時間は過ぎてしまった。


「ねえ、僕達って付き合ってるんだよね?」


 僕はずっとその返事を聞きたかった。


「うん。私もゆうくんの事大好きだよ」


 明美の唇が僕の方に迫ってきた。胸が一気に高鳴り、心臓の音がはっきりと聞こえてくる。このままキスをしても良いのか……。


 僕は目を閉じた。唇が頬に当たった。


「じゃあ……帰るね」


 そう言って、明美は尾道駅の方に歩き始めてしまった。まだ、体が熱い。本当は唇同士でキスしたかった。でも、僕達はもう恋人同士。これからいつでも出来るだろう。


 楽しい時間だったなあ。これから、もっと色んな所に行って思い出を作らないと……。

 

 

 花火大会は終盤に入り、沢山の花火が一気に打ち上がり始めた。そんな中、1人歩いていると、


「岡本先輩」


 と声をかけられた。後ろを振り向くと、青い着物を着た静香が嬉しそうな顔をしていた。

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