第13話 未来を進む覚悟

『私は生まれつき心臓が弱かった。20年は生きられないと医者から言われた。でも、体は元気で普通に動けていた。小学3年生の夏、突然胸が苦しくなった。胸が締め付けられるような感じがして、凄く痛かった。もう死ぬのかなと何度も思った。東京の大きな病院に行った方が良いと言われて……。私は転校するという事を決めたの。治療をした結果、次第に体は良くなって、週1程度で高校に行けるようになったの。でも、高校3年生になった4月、医者から余命1年と宣告された。めちゃくちゃ怖かった。死ぬのが怖い。体は元気なのに……。最期の1年をどう過ごすか考えた時、私の頭にゆうくんが浮かんできた。ゆうくんと最期の1年を過ごしたい。だから、転校して来たの』


 明美の目には、涙が光り輝いていた。初めて知った明美の過去は僕より遥かに苦しく、悲惨だっただろう。


 僕は、こんな所で何をしているのだろうか。明美を助ける未来が崩れ、現実逃避していた僕は、最低じゃないか。


 僕の心の中の黒い闇が少しずつ晴れていく。でも、まだ明美が死ぬのが怖い。目の前で死んだ時、僕は……。


 身体中が震え始めた。


「でも、やっぱり僕には何も出来ないよ。何か明美のために出来る自信もない」


『私、ゆうくんと過ごす日々が毎日楽しかったよ。授業で分からないところを話し合ったり、文化祭、体育祭で楽しんだり、お弁当を一緒に食べたり、何気ない毎日が幸せだったよ。だから、毎日生きようと思えた。本当に感謝してるよ』


 その言葉で僕の心の闇は全て晴れた。見上げた空は青く透き通っていた。明美は姿を消してしまった。幽霊だったのか僕の幻覚だったのか、よく分からない。


 でも、明美の言葉で未来を進む覚悟が芽生えた。元の世界に戻ろう。


「裕介、どうした?」


 拓海が僕を心配してくれた。いや……待てよ。元の世界にどうやったら戻れるのだろうか。まだ、明美の墓の前に居た。


「なんでもない……」


 明美の墓掃除を終えた僕達は、明美の墓に丸いチョコレートを供えた。どこかで見た事のあるようなチョコレートだった。


「明美ちゃん、チョコレート好きだったもんね」


 春香がそう言いながら、両手を合わせて目を閉じ始めた。明美がチョコレートを好き……?ずっと一緒に居たはずなのに、僕は明美の好きな食べ物を知らなかった。


 そう言えば……明美の好きな歌手、ゲーム、飲み物も知らない。聞いた事が1回も無かった。


 僕はずっと明美の事を知ったつもりで居た。初恋の相手でもあり、小学3年生まで一緒に過ごしていたから。


 もっと明美の事を知らないと……。色んなことを話したい。両手を合わせて目を瞑った時、明美の声が聞こえてきた。

 

「ゆうくん、目を覚まして……」

 

 聞き慣れた声だった。



 




 「ゆうくん……お願い。目を覚まして」


 明美の声が真っ黒な世界に聞こえる。僕は、生きているのか。夢から覚めたのかな。目を覚ますと、高校生の可愛らしい明美が心配そうに僕を見つめていた。


 心臓に胸を当てると、ちゃんと動いていた。これは、間違いない現実世界だ。あれは、やっぱり夢だったんだ。


「ゆうくん、大丈夫?」


「うん」


 夢は起きたら忘れるはずなのに……。何故か、鮮明に覚えていた。


 後から明美に聞いた話によれば、僕は事故にあった日から2ヶ月間眠っていたらしい。もう蝉が鳴き始め、蒸し暑い夏が来ていた。


 それから、2週間後、退院する事が出来た。もう8月20日。夏休みが終わるまで残り10日間。早く何か明美と思い出を残さないと……。


 そんな焦る僕の裏で大きなプロジェクトが動き始めていた。8月22日。校庭に僕たちのクラス全員集まった。


 未来は着実に進み始めている。明美が死ぬまで残り6ヶ月。

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