第8話 映画撮影

撮影現場の体育館にドレス姿の男が3人集まった。異様な冷たい空気が周りに漂い始める。


「裕介、全然似合ってないな笑笑」


拓海が僕のドレス姿を見て笑い始めた。


「そういう拓海も全然似合ってないけどね」


「でも、周平はなんか似合ってるな」


 周平は、顔が意外と丸くて白い事で、ドレス姿と少し似合ってるように感じた。映画撮影の練習を始めて、周平と拓海、春香さんと少しずつ仲良くなり始め、名前で呼べるようになった。


「それより、春香と誰が一緒に踊るんだっけ?」


「そりゃあ僕だろ」


「いや、俺だな」


 この班は、男子3人、女子2人の5人だから、男女ペアを作ったとき、1人だけ余ることになる。余った人は、先生と踊るか1人で踊るかどちらかを選ぶ事が出来るが……。


「僕も先生と踊りたくないし、1人も嫌だよ」


「俺も嫌だから、春香と踊りたいよ」


「じゃあ、じゃんけんでもするか?」


 2人の醜い争いはジャンケンで決まるらしい。僕は、明美と踊る事が決まっているから、この争いを他人事のように見ていた。でも、せっかく僕達は、プリンセスになったんだから……。


「ここは、春香王子に決めてもらったら?」


 この争いを終わらせる方法を提案し、2人は納得してくれた。20分後、体育館の扉が開き、2人の王子様が入ってきた。


 明美は白い王子様コスプレをカッコよく着こなしていた。髪型も短くまとめ、腰には剣を携えていた。あまりにもカッコよくて、可愛くて僕は倒れそうになった。


 明美と一緒に踊れるなんて夢のようだ……。春香さんは、青い王子様コスプレを着ていた。


「春香王子、誰と踊りますか?」


 2人が目を閉じ、左手を前に出した。僕達も息を呑み込み、春香王子がどちらを選ぶのか眺めていた。


「やったーー」


 選ばれたのは、周平だった。拓海は泣きそうな顔をしながら、


「1人で踊るよ……」


 と言って、端の方に行ってしまった。体育館に撮影部隊が集まり、いよいよ映画撮影が始まる。緊張で手が震えていたが、明美が


「大丈夫だよ」


 と言い、彼女の手が僕の手に触れた。一気に緊張が解けていき、温かさを感じた。




 撮影は誰もミスする事なく一発で終わった。完璧に演じた僕達は、喜び合った。


「ファミレスで打ち上げするか!!」


 周平が打ち上げを提案し、みんなで賛成した。そして、放課後、ファミレスで打ち上げという名の雑談会をして盛り上がった。先生の話や恋バナ、どうでも良い話をすると、必ず笑いが止まらなくなる。


 今まで僕は、こういう打ち上げとか焼肉パーティーとかを全て避けていた。クラスの人ともあまり仲は良く無い方だし、1人の方が楽しいと思っていた。でも、明美と再会して、明美が居るなら一緒に行こうと思えるようになった。


 拓海、周平、春香さん、明美、この4人と出会えて同じ班になれて本当に良かったと心の底から思えた。この楽しい時間が永遠に続けば良いのに……。


 時間が経つのはあっという間だった。気づけば、夜の22時を過ぎていた。そろそろ帰らないと親が心配してしまう。僕達は会計を済まし、駐輪場に行った。拓海と周平と春香さんは右方向に帰り、僕と明美は左方向に帰るため、3人とはここで解散となる。


「今日は本当に楽しかったよ。ありがとな」


 周平が笑顔で言いながら、自転車を漕いで帰って行った。それに続いて拓海と春香さんも


「ありがとう。また明日」


「明美ちゃん、また明日」


 と言って、右方向に自転車を漕いで行った。


 夜の22時を過ぎ、僕と明美は2人きりになった。いざ、2人きりになると何を話せば良いのか分からなくなる。


「ねえ、これから私の家に来る?」


「え!?どういうこと?」


「今日、私の家、お母さんが県外に行ってて帰って来ないから1人なんだ。だから、一緒に泊まって欲しい」


 予想外の明美のお願いに一瞬、戸惑ったが、明美と過ごす時間が少しでも長くなるならそれだけで嬉しい。お母さんに「友達の家に泊まってくる」と言ったら、すぐに許可が降りた。


「楽しんでおいで」


 というお母さんのLINEを貰い、覚悟を決めた。


「じゃあ一緒に泊まるよ」


「ありがとう」


 初めて僕は異性の家に行く。しかも、ずっと好きだった人の家に……。心を躍らせながら、明美の後を自転車を押しながら、追いかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る