第7話 告白
「私の初恋は岡本先輩なんです。先輩が初恋を諦めないなら、私も諦めたくないです」
彼女の初恋相手が僕……。僕は、彼女の名前も知らないし、どういう性格か、何年生かも分からない。そもそも僕と彼女の接点は何なのか。何も思い出せない僕は、
「ごめん……」
と小さく呟いた。彼女は顔を上げると涙を流していた。明美が来る1日前に告白された時、僕は「少し考える時間が欲しい」と言った。その日から1週間近く経った。
明美が転校して来なければ、僕は新しい恋に進めたかもしれない。でも、明美と再会できて、毎日がいつも以上に楽しくなっている自分が居た。
告白されたのは嬉しいけど、今は明美と結婚したい。この気まずい空気をどうにか変えるために、
「とりあえず、友達から始めよう」
と言った。
「分かりました。LINE交換してくれますか?」
彼女の顔が少しだけ明るくなった。
「良いよ」
彼女はポケットからスマホを取り出し、QRコードを出してくれた。それを僕のスマホで読み取り、友達を追加した。LINEのアカウント名は、『しずか』。どこかで見た事のあるアイコンだった。
「君、名前は?」
「私は、大野静香です」
大野静香……。その名前を聞いた瞬間、持っていたスマホを床に落としてしまった。10年後の同棲相手の名前だ。
「先輩、大丈夫ですか?」
彼女が床に落ちたスマホを両手で拾って、僕に渡してくれた。
「う、うん」
「何で、僕のことを知ってるの?」
「先輩、覚えてないんですか?花火大会の日の事を」
花火大会……。ここ数年は予定が色々と入り、行けていなかった。最後に行ったのはいつだろうか。記憶の倉庫を1つ1つ探していくと、花火大会で泣いている小さい僕が頭の中で再生された。
花火大会の終盤、大きな花火が上がると同時に、僕は、1人泣きながら、屋台を歩いていた。確か、小学3年生の時だったはず……。
小学3年生の花火大会。
僕は、一緒に来ていた友達と別れ、泣きながら屋台を歩いていた。最後の花火の音が小さく聞こえた。会場から少し離れた河川敷の芝生に座り、泣いていると
「きみ、だいじょうぶ?」
と1人の少女が声をかけてくれた。名前も知らない少女が僕の隣に座ってくれた。
「これから、ぼくはひとりぼっちなんだ」
友達と別れ、1人で寂しく泣いていた僕を彼女は後ろから抱いてくれた。同じぐらいの年齢なのに、彼女の体は大きく温かく感じた。
「だいじょうぶだよ。わたしがいっしょにいるから」
「うん」
誰かも分からない少女に何故か心を許していた。
彼女の優しさを感じた僕は、涙を持っていたハンカチで拭いた。
「わたし、きみのことだいすきだから」
初めて会った僕に彼女はそう言った。この大好きが恋愛的な意味か友達としての意味だったのかその時はまだ理解できなかった。
「ありがとう」
「裕介ー。どこだー?」「ゆうくん、どこに居るの?」
お母さんとお父さんの声が聞こえてきた。早く行かないといけない。立ちあがろうとした時、僕の腕を彼女が掴んできた。
「また、ぜったいにあおうね」
「うん。きみのおかげでげんきがでたよ。ありがとう」
「こちらこそ……」
僕は、お母さんとお父さんの方に走って行った。後ろを振り返ると、彼女は笑顔で手を振っていた。
「思い出してくれた?」
泣いていた僕を励ましてくれた彼女がまさか、10年後の同棲相手なんて……。どこか運命を感じながらも、明美と結婚したいと思う気持ちが遥かに強かった。
「うん。でも、やっぱり僕は明美と結婚したい」
「そうですか……。明美さんとの恋が実ると良いですね」
そう言って、彼女は教室を去っていった。チャイムが鳴り、下校時刻になった。少しだけ心に穴が空いたような感覚になったが、僕の気持ちは変わらない。
6月15日の文化祭の日、交通事故から明美を必ず守り、10年後の未来を変えてみせる。
それから、時は流れ、6月12日火曜日。いよいよ映画撮影の本番。毎日行ったダンスの練習とセリフの練習、きっと大丈夫なはず。この日、僕達は初めて衣装を着ることになっている。
衣装室に向かうと、白いドレスが1着置かれていた。これを着ないといけないのか……。抵抗感もありながら、白いドレスに着替えた。明美の男装姿はどれだけ可愛くてカッコいいのだろうか。想像しただけで頭がおかしくなりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます