第133話 神の呼び声2

聖アウグスト大聖堂はドレイン方伯の本拠地リブストン最大の大聖堂であり、ヨースランド司教区の大司教パオロが居する場所である。


その大聖堂の大司教執務室でパオロ大司教は驚愕の表情を見せていた。


「インストスで暴動だと・・・どう言う事なのだ!!」


「突然住民が蜂起したのです。バース家の製錬所から火の手が上がってから暴動が起こったのか、暴動が起こったから製錬所が燃えたのかはわかりません。

暴徒の一部ははあろう事か我が大聖堂まで押し入ってきて略奪を始めました。

私とデモスは命からがらに逃げ出し大司教に報告に参った次第です」


パオロと接見しているのはインストス大聖堂の助司祭であるマークである。

彼はカイトたちがインストス大聖堂を初めて訪れたときに最初に接見した人物であった。


「大聖堂が襲われるとはな・・・」


「私が皇都に入ったときには近衛騎士団がすでにインストスに向かって派兵されたようでして、おそらく近衛騎士団が解放しているとは思いますが」


「お前とデモスがここに来れたのは不幸中の幸いじゃな、ダムラスやダニエル司祭はどうなった?」


「ダニエル司祭はルマイン子爵の城に逃げたと聞いています」


「生きているのだな。ダニエル司祭から私の話が出る事は考えられるか?」


「ダニエル司祭は何も知りません。もちろん大司教の名で開いている勉強会には参加していただいておりましたが、地下の儀式については何も知らないはずです」


「そうか。奴とは何度か話をしたが真面目な奴じゃった。神の呼び声に招いていなかったのが幸いしたな」


「はい。彼が知っているのは先代のアウリオ大司教がインストス大聖堂建立に関わったことぐらいです」


「それは調べればわかることじゃ。隠すつもりはない。ダムラスと連絡を取りたい。奴は深きものの血を引き、神の眷属たるダゴンと繋がる重要メンバーだからの」


「ではインストスに戻り確認いたします」


「いや、もし近衛騎士団が何か嗅ぎつけていたら、お前が拘束される恐れがある。

それについてはコレッタに任せることにする」


「恐らく奴らは、バース家の製錬所の地下通路から地下礼拝所を経由して侵入されたと思います」


「何?バースの倉庫の地下通路を使ってだと、バース家のもの達はどうした?

地下には深きもの達もいたであろう」


「それなのですが、深きもの達が街で暴れたと言う話もありまして。

もしかするとそれが暴動の原因なのかもしれません」


「深きもの達がなぜ街で暴れたのじゃ!?

父は秘密裏に深きもの達を繁殖させるためにあの大聖堂を建てたのだぞ」


「それはわかりません。メルシュ家やバース家の中に裏切り者がいる可能性も否定できません」


「裏切り者?それはどう言う事だ」


「インストスではメルシュ家やバース家が魚人と繋がっていると言う噂が広がっていました。

彼らの家の人間でも、いや、深きものへ進化する前の若者の中には自分達の境遇に反抗する者もおりましたので」


「ダムラスやベンジャミンからはそんな話は聞いていないぞ。あいつらはダゴンとの繋がりが強すぎて困る。大いなる神へ通じる道はクトゥルフ神だけではないと言うのにだ」


「彼らは深きものの血を引くもの達ですので致し方ないでしょう。とはいえクトゥルフ神の復活は我が結社の悲願では?」


「お前も毒されておるな。クトゥルフ神に入れ込みすぎるな。ワシは我が父と同じ道が全てだとは思うてはおらん」


「では、もしかしてインストスは捨ててもよいと思ってらっしゃるのですか?」


「近衛騎士団がどう動くのか?状況次第だ。イエルルの現界は遠のいたやもしれん。我々は大いなる神の呼び声に応じてこの地を神の国にする。その道は他にもあると言うことじゃ」



「コレッタ!入ってこい!」


「お呼びでしょうか大司教様」

青みがかった灰色の髪を持つ若い女性が部屋に入るとお辞儀をする。


「リブストンにいるメンバーで神の呼び声の集会を開く。メンバーを集めるのじゃ。

その後、皇都に行きキール司祭にリブストンに来るように伝えるように。

最後にインストスでは、ダニエルやベンジャミンの様子を調べてこい。皇都のメンバーを使っても良い。あとで書状を書くからもっていけ」


「畏まりました。大司教様」



********



深夜、聖アウグスト大聖堂の暗い地下空間に20名ほどの人間が集まっている。


彼らは縦に三本赤いラインの入ったフード付きの白装束を着て手には蝋燭を持っていた。


「揃ったようじゃな」


黄土色の頭髪の太った男が声を上げる。

パオロ大司教である。


「今日集まって貰ったのは重大な報告があっての事。

昨日、我が結社の重要な拠点であるインストスで市民の暴動が起きた。そしてインストスの大聖堂が暴徒に占拠されたそうなのじゃ」


「インストスで暴動ですと!?」

「クトゥルフ神復活を支える拠点ですぞ」

「何が起こったのです!?」


「何が起こったのかは詳細はまだわかってはおらん。インストスから同胞であるマーク助司祭が来ておる。知っておる事を話してくれ」


パオロ大司教の隣にいたマーク助司祭が一歩前に出て来る。


「事件が起こったのは20日ほど前の話になります。インストスのベンジャミンが所有する製錬所から火が・・・」


マーク助司祭が説明を始める。




***



「暴動のきっかけは、深きもの達が街で暴れたからだとの話も出ておる。同胞であるダムラスやベンジャミンが無事かはわからん。それを調べに人を出したところじゃ」


「深きもの達が何故街で暴れるような事を!?」


「それもダムラスやベンジャミンと話せばわかる事だ。しかし近衛騎士団が暴動鎮圧に動いている。もしかすると我が結社の事が調べられる可能性もある。

何か訊ねられても皆はうまく誤魔化してもらいたい。今、我々が深きもの達と繋がりがあると知られてはまずいからの」


「深きものが原因で暴動となると、メルシュ家の権勢は地に落ちますな。

インストスから手を引いた方がよろしいのでは?」


「以前アウリオ大司教はクトゥルフ神の復活は近いとおっしゃられていました。インストスから手を引くと、クトゥルフ神復活の道も遠のくのではありませんか?」


白装束のもの達が次々に口を開く。


「インストスはダゴンの抱える眷属深きものの繁殖場所の一つにすぎん。クトゥルフ神復活が遠のく事はなかろう」


「しかし、ここでインストスから手を引けば神の呼び声に応え眷属たる深きものの繁殖に協力してきた事が報われないのでは」


「大いなる神がこの地に使わした神はクトゥルフ神だけではない。

大いなる神は一にして全、全にして一。

一つの神にこだわりすぎてはならないのじゃよ」


「しかしいま我らを呼んでいる神はクトゥルフ神でありましょう」


「今後の状況次第ではインストスから手を引くと言う事だ。

確かに神の眷属たるダゴンとの繋がりは惜しい。

しかし、我々は数多くのいにしえの書物を解き明かしてきた。そこには他の神の眷属の召喚の秘術も記載されている。今それを解き明かさんとしている」


「しかし肝心の神のルーンを持つ者がおりません。5つの基本属性が使えると言う少年はドレイン方伯の息子だったとか。彼を引き入れる事は出来るのでしょうか?」


「カイトの事は現在動いておる。奴が神のルーンを持っているかはまだわからんが、可能性は非常に高い。試した全てのルーンを持っていたのじゃからな」


「おお〜〜〜〜!!」


集まった白装束達からどよめきが起こる。


「神の使徒に違いない!」

「どうにか我が結社に引き入れましょうぞ!!」


「焦る必要はない。まだ我々も神の知識が必要じゃ。そこで、アーブル大陸より新たないにしえの書を手に入れた」


「おお〜〜」

「さらなる神の知識が・・」

「素晴らしい」


白装束達がどよめき、口々に賛辞を述べる。


「題名が無い書でな、私は「名無祭祀写本」と名付けた。神々やその眷属に繋がる儀式が数多く書かれている事はわかっているが、まだ肝心な部分の解読は進んでおらん。

これも正確に写し終えてから順次其方達が研究出来るようにするので励んで欲しい」


「死者の復活も叶いますかな?」


「ネクロコンストの知識を組み合わせれば可能かもしれん。神の力は偉大じゃ」


「おお〜〜」

白装束達がどよめきの声をあげる。


「聞こえし神の呼び声は我らを照らす。神の御心のままに。」


「聞こえし神の呼び声は我らを照らす。神の御心のままに。」



***************


※作者です。

あまりクトゥルフの闇方向ばかりにもっていくつもりはなかったのですが、インストスの事件が大きすぎてやはり書かないわけにはいかないことになってしまっています。図書館で魔法学や魔法具研究とか、もちろんイチャラブ要素とか、学園祭とか予定がどんどんずれております(;^_^A

まあそれはそれで良いんですけどね。

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