第131話 相談

僕が手形取引するためには、公証人を交えて金を預けている商会と契約を結ぶ必要があるらしい。

手形とは貸し借りの公正証書の事だ。


ドレイン家が重用している商会=グランランサ商会は皇国No1の規模を持つ商会で本店はドレイン家の本拠地でもあるリブストン。

支店は皇都をはじめゲブルト、ローヌズ、ウイガードなどの皇国の主要都市や、隣国ではウエザビー大公国、北西のバーンズ王国、南方のマルマンド王国、大陸中南部のデュパルク王国やポタミアにまであり、大陸でも恐らく最大の商会だろう。


そのグランランサ商会の皇都支店長が公証人を連れて皇都のドレイン家を訪れていた。

もちろん今回の主役である僕も呼ばれている。


「ドレイン卿、ご機嫌麗しゅう。いつも我が商会をご贔屓にしていただきありがとうございます」


黄土色のおカッパヘアで金縁メガネをかけた男性が父に挨拶をする。

彼はグランランサ商会の皇都支店長でオットーと言う名前らしい。


「堅苦しい挨拶は良い。早速手続きに入ってくれ」


「隣にいらっしゃる方が、ゲイル様の弟君になられるカイト様でしょうか?」


「そうだ。紹介しよう我が息子で将来の大魔法使いとして名を馳せるだろうカイトだ。今回は魔法具の購入、研究のために息子が自由にできる金が必要になった」


「将来の大魔法使いですか。流石はドレイン卿のご子息です。ゲイル様といい天才揃いで羨ましい限りです」


「褒めても何も出んぞ」


とは言いつつドレイン方伯は自慢げでなんだか嬉しそうな顔をしている。


「では、いかほどカイト様にお譲りになられますか?」


「額はいくらでもかまわん。カイトいかよう必要だ?」


「ではさしあたって100万セルほど・・・」


「では1000万セルにしておこう。いちいち手続きするのはかなわんからな。ただし使った金の明細書を発行してもらえ。まあ手形取引では必ず出てくるものだがな」


「もちろんです!!」


1000万セルって!!本当にいくらでも魔法具作りたい放題じゃん!!!


ただし、父に明細報告が必要なようだ。

まあ当然だけど・・でもね魔法具の実験に宝石も買う予定だから・・宝石は簡単に現金化できちゃうからちょろまかす事も簡単にできるぞ!と詐欺師のような事を考えてしまう。


いやいや、ちょろまかして信用を失うリスクを負う必要なんて全くない。金に困ってないのだから。


「では1000万セルをドレイン卿の預かり金からカイト様に移し当商会預かりとする証書を作成いたします」



**********



手形取引の手続きは無事済んだ。

父ヴァルターは明日リブストンに帰るので、今日は父とゲイル兄様と一緒に夕食をする事になっているが、その前に僕はゲイル兄様の部屋に来ている。


インストスのこと、カミーユの事、そしてなによりもキスをしたシャルロットの事をゲイル兄様と話したかったのだ。


僕はシャルロットに惹かれてしまっているのだろうか?

シャルロットの事で頭が一杯なのだ。その先に進みたいと言う欲望が今湧いている。


しかし、神の御心と言うシャルロットの言葉にかなり引っかかっているのだ。

危険な匂いがする。


でも、とりあえずはインストスの話から切り出す事にした。


「インストス、いえ、皇国は大丈夫でしょうか?僕はあのダゴンの言葉が脳裏に焼き付いてるんです」


ゲイル兄様の前に腰をかけて僕は侍女のエマから出された茶を口に運んでから話始めた。


この茶は美味しいし風味がいいね。


「ダゴンはクトゥルフが地上に戻る時に皇都を滅ぼすと言った。それがいつなのかはわからないが、逆に言うとそれまでは大きな事は仕掛けて来ないのだと考えている」


ゲイル兄様も茶を一口味わってから返答する。


「ダゴンが私たちに言ったようにクトゥルフには皇国を滅ぼすだけの力があるのでしょうか?」


「私にもクトゥルフにどれだけの力があるのかはわからん。しかしダゴンが豪語するのだ嘘ではあるまい」


「先日マチルダ副団長にお会いしたのですが、インストス大聖堂の地下で捉えた女性が『クトゥルフがイエルルで待っている』と言ったそうです。

そもそもクトゥルフとはなんなんです?イエルルで何を待っているのです?」


「クトゥルフはダゴンよりも上位の強大な悪魔の事だ。イエルルはその悪魔が支配した大地の都市で今は海に沈んでいる。そこで復活の時を待っているのだろう」


「やはり知っているのですね。それは日本人の知識ですか?」


「そうだな。日本でも知られる悪魔だ。なぜ別の世界に同じ悪魔の名があるのかはわからん」


「クトゥルフは旧教のク・リトルリトルですよね。太古の海と陸の支配者で大いなる神が海に沈めて封印したとされています」


「そうか。旧教ではそのように伝えられているのだな。今度調べてみよう」


「お兄様でも知らない事があるんですか?ちょっと意外です」


「知らない事だらけだ。特に日本人の私に比べればここでの私の知識は圧倒的に少ないからな」


旧教の内容はゲームルーンレコードの設定になかったのだろうか?裏設定にはあってもゲームルーンレコードに出てこない部分なら美剣城真人ゲイルがそこまで関わっていなかったのかも知れない。



「マチルダ副団長によるとインストスには防衛のために2個連隊が残るようですね」


「それは当然の判断だろう。あれだけの事があったのだからな。

しかしダゴンにとっても魚人の血を引いたメルシュ家の人間がいなくなったインストスにそこまで魅力があるわけではないはずだ」


「なるほど。そうかも知れませんね」


「他にマチルダは何か言っていたか?パオロとの繋がりの証拠の事は?」


「近衛騎士団も魚人の件を必死で調べているようですが、パオロ大司教と繋がる手がかりはないようです」


「騎士団には魚人の女からパオロの事を聞き出してもらいたいのだがな」


ゲイルはそう言うと陶器の湯呑みを持つが、すぐに下ろした。


「エマ!茶のおかわりを頼む。それと菓子を少しだ」


侍女のエマが奥の部屋から現れる。


「すぐにお持ちいたします。ゲイル様」




「もう一点話があります。

エリザベス皇女殿下拉致の容疑者として、僕のクラスのカミーユが近衛騎士団に逮捕されました。

あまり接点が無いとは思いますがお兄様はカミーユの事をどう考えます?」


「なぜ私にそれを聞く?」


「いえ、お兄様は博識なのでなにか知っているのではないかと・・」


「カミーユの事は何もしらん。パオロ傘下の孤児院出身と言うのもマチルダから聞いた」


「そうですか。ではシャルロットのことも同じ孤児院出身ということしかわかりませんよね」


「一つ言えるのは、近衛騎士団は確証もなしに逮捕はしないだろうということだ。そしてエリザベス拉致事件の裏にはパオロがいる」


「パオロ大司教は危険人物ですね。僕もお兄様と同意見です」


「近衛騎士団がカミーユを捕えたのはその手がかりを得るためだ。しかしカミーユが吐いたとしてもパオロには辿り着けないだろう」


「パオロ大司教が直接命令を下すわけではありませんもんね」


「パオロの息がかかっているとしても、カミーユは下っ端だ。

成人したとは言えまだ幼い。恐らくパオロが裏にいる事も知らなければ、ましてや本当の目的など知る由もない」


「カミーユは目的もわからずに拉致に関わっているのですか?」


「孤児院など狭い閉鎖空間で、神職者の言う事が全てだ。生きながらえることが出来るのは神の御心とだと簡単に洗脳をされるだろう。特に子供はな」


「そうですね。こちらの世界にいた僕も狭い農村でその生活が全てでしたし、都会より信仰に熱心でした」


「何も知らないで動いているのだから、今回のように都合が悪くなれば切り捨てるのも簡単だ」


「お兄様・・・シャルロットは拉致に関係していると思いますか?」


「シャルロットもカミーユと一緒に孤児院から1ヶ月以上遅れて入園してきたのだから同じ目的だと考えていいだろう」


「でも、シャルロットは殿下の拉致には関わっていません」


「直接的にはそうだろう。別の班だったからな。だが何らかの役割を持っていたのかもしれない」


シャルロットはパオロの怪しい教会の洗脳を受けているのだろうか?

ではなぜ僕に迫ってくるのだろう?


「実はシャルロットから求愛されていまして・・・今度デートに行く事になったのですが・・」


「ハハハッ。シャルロットは可愛らしいからな。お前にぴったりだな。

で、体の関係は持ったのか?」


ゲイル兄様はどストレートだった。


「いえ、・・・・キスだけ・・・」


「では、関係は深くはないのだな。ならば忠告しよう。シャルロットには気をつけた方がいい」


「シャルロットは僕が神に選ばれた人だと言って・・だから神の意思に従って結ばれるべきだと言っています・・」


「神に選ばれた人・・ハハハッ。

真聖教が人を動かすときによく使う文言だ。お前を籠絡させて、うまく使おうと言う事だろうな。

むろん、シャルロットに籠絡しろとは言わない。神に選ばれたカイトと結ばれるのが彼女の運命で、教会はそのカイトを正しい道に導くと言われているんだろう。

厄介な連中に目をつけられたようだな。ハハハッ」


「笑い事じゃないんですけど・・僕は拉致されちゃうんでしょうか??」


「拉致はしないだろう。今は父とパオロが手を取り合っているからな。お前が自分の意思でパオロに協力するように持っていきたいのだろう。そのキッカケがシャルロットと言う事だ」


パオロに協力するとは悪魔召喚に協力すると言うことだろうか?

ゲームルンレコでは、ゲイルがパオロに籠絡されて悪魔召喚に関わることになるらしいが・・


侍女のエマがティーセットを運んでくる。


「ゲイル様。お代わりと菓子をお持ちしました」


エマが2人の湯呑みに茶を注ぐ。


「ああ、ありがとうエマ」


ゲイルが優しい表情をエマに向ける。


「いえ。それでは失礼いたします」



「シャルロットにカミーユの事を聞くと、カミーユは神の意思に従っただけだと言うのです。お兄様の推察の通りなのかもしれませんね」


僕はエマが注いでくれた紅茶に口をつける。


「ルークがエリザベスを救出する際にも、賊から神の意思だと言われたそうだ。

宗教は人を洗脳するからな。怖い連中だ」


「シャルロットは神の導きで僕と結ばれて、その後どうするのでしょう?」


「さっきも言ったが、15歳の成人なりたての下っ端が本当の目的など知る由もない。

だが、関係が進んだあとは神の御心の勉強会に参加を促してくるだろうな。

私もパオロの従者から誘われていたが、今は断っている」


「なるほど・・それでデートで教会か・・」


「カイト。転生者のお前が洗脳される事はないと思うが、再度忠告しよう。シャルロットには気をつけた方がいい。

だが、体の関係くらいなら平気だ。いや、むしろ積極的になってもいいだろう。

お前が神に選ばれた人間であるならそれを利用してシャルロットを虜にすれば良い。そうすればこちら側のスパイに仕立てることもできるぞ?」


そういうとゲイル兄様の黒い瞳が歪み、ニヤリとした悪い顔になる。




**************









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