第127話 ジローとビアンカ

近衛騎士団城の城郭の隣には大きな倉庫のような建物がずらりと並んでいるがこれがほぼ全て厩舎であった。

皇国の能動的常備戦力はこの「近衛騎士団」、「皇国北方騎士団」、「皇国東方騎士団」の3つであり、近衛騎士団と東方騎士団がそれぞれ約1万、北方騎士団には約2万の兵が常備軍として存在し、皇国の場合はこの約4割が騎士である。


主力は馬を駆る騎士でありこの世界の戦争での花形だ。

もちろん他国との戦争が起こればこれに各地域・諸侯の騎士や農兵が集められるため戦力は何倍にも膨れ上がるが、装備の違いは戦闘において絶大であり、騎士が戦場の主役である事は変わらない。


その数ある厩舎の一つにユニコーンのために建てられている厩舎があった。

厩舎内は広々としていて、餌となる飼葉の用意や清掃をするスタッフはみな女性である。


「うわ〜〜〜!!!本物のユニコーンだ!!」

「すごいね!ユニコーンが三頭も」


「すごいだろう。ユニコーンは神聖な生き物だからね。皇国広しといえど飼われているのはここだけだ。ジローを連れてきてくれ」


マチルダが厩舎の女性に声をかける。


「厩舎の人が全員女性なのはジローのためですか?」


「そうなんだよ。ジローは面食いだからな。私のように美人じゃないと嫌がるんだよ。ハハハッ」


まあマチルダさんは美人の副団長ですけども。


「ビアンカは大丈夫でしょうか?」


「ビアンカはジローの好みだと思うぞ。ほら来た」


「おっきい〜〜!!」

ビアンカがとても嬉しそうな声をあげる。


女性飼育員に連れられたジローがゆっくりとこちらに歩いて来る。

飼育員は駆け足なのだが、ジローは巨体なのでゆっくりに見えるだけではある。


「おっと!カイト君は少し離れてくれるかな?絶対近づいて触ろうとするなよ?蹴られたら即死だからな」


即死するのも頷ける。このツノを生やした白い骨太の馬は鞍の位置が人間の身長の2倍近くあるのだ。

ビビった僕はビアンカを置いて離れて見る事にした。



僕が離れるとジローはビアンカに興味があるのか、ズンズンと近づくと首を下げてビアンカの1mくらい前に鼻を寄せた。


「ビアンカ!怖かったら逃げて良いんだぞ!!」


ビアンカ食べられたりしないだろうか?

僕の心臓がバクバク言っている。


「わーい!ユニコーンおっきい!!」


ビアンカは近づいてユニコーンの大きな顎にペタペタと触り出す。


ユニコーンも全く嫌がる素振りもなく。じっと触らせて続けている。


「カイト!大丈夫だ。ジローはビアンカが気に入ったようだ!

将来、近衛騎士団に入ってユニコーンで駆ける時が待ち遠しいな!」


「ビアンカにそんな危険な事はさせたくありません!」


「ビアンカはユニコーンに乗りたい!!」


「よし!少し高いが大丈夫か?」


「うん!!大丈夫!」


こんな高い位置の鞍にどうやって登るのだろう?マチルダさんが鞍に登るのは前に見たけど、曲芸のようだった。


ビアンカはどうするの?


マチルダが何かジローに合図をすると、あのユニコーンが、膝をついて体勢を低くし始めた。

賢い!!


そういやユニコーンはとても賢いんだった。


脚を折りたたんだユニコーンの背にマチルダが先に腰を掛けそこにビアンカが飼育員の手で持ち上げられマチルダの前に座った。


するとユニコーンがゆっくりと立ち上がる。


「たかーい!!マチルダお姉ちゃんありがとう!」


「じゃあジローと散歩に行こうか!」


そう言ってマチルダとビアンカがユニコーンに乗って走り去ってしまった。


僕はどうしたら良いのだろうか?



*****



結局30分ほどマチルダとビアンカはユニコーンのジローの背にまたがり、カポカポと城の敷地内を駆け回っていた。


「マチルダお姉ちゃんだーい好き!」


ジローとの乗馬が終わって鞍から降りたビアンカはマチルダに抱きついてそんな事を言う。

なんだか取られた気分になるな。


「ジローもだーい好き!」

今度は座り込むジローの顔に抱きつく。


ユニコーンのツノ危なくない!?大丈夫??

僕の心臓がまたバクバクしてしまう。


「では私が飛び切りの皇都料理の店にご招待しようじゃないか!」


マチルダさんも何故か上機嫌だ。


貴族街の中にマチルダさんのオススメの店があった。

ちょっとした貴族の屋敷のような店で、広い庭園もある。恐らくここはお値段が高い。さっきの口ぶりだと奢っていただけると言う事だろうか。


「ここはランドベル伯爵家が経営する店でね。うちの連隊長の1人がランドベル家の娘で一度連れて来てもらったら、それから病みつきになったんだよ」


「この見事な庭園を見ながらテラスで食事なんてちょっと素敵ですね」


「ビアンカこんなところで食べるの初めて。マチルダお姉ちゃんはいつもこんな所で食べてるの?」


「良い所だろう?料理も抜群だからね。

でもここはお高いからな。特別な時だけ利用するのさ」


「よかったねビアンカ。今日は特別な日らしいぞ」


「カイト君にはとても大切な情報をもらって、しかもインストスでは我が兵を救ってくれたからな。心ばかりのお礼だよ」


「僕は兵隊さんは救ってませんけどね」


「いや、とても助かった。ありがとう」


「やったね!!カイトえらい!」


ウエイターが料理を運んでくる。最初は羊羹のようなものに中に具が詰まった卵焼きみたいなもの、それにハムや野菜が乗ったような大皿だ。


「さあ、いただこう。

大いなる神よ今日も我らしもべに食事をお与えくださり感謝いたします」


僕もマチルダの後に続いて神に簡単にお礼をいって大皿を取り分けていく。


「ビアンカ君は騎士の才能があるな」


「そ、そうですか?どの辺が?」


「ユニコーンを間近に見て動じない子供が他にいるかね?ジローの上でも大はしゃぎだったよ。いやあ、ビアンカ君は騎士になるために生まれてきた子だな」


「ビアンカ騎士さんになる!!で、イケメンの騎士さんと結婚する!!」


やばい。完全にマチルダ副団長の思う壺になっている。


「魔法学園にもイケメンはいっぱいいるぞー。今度学園ものの恋愛小説を図書館に見に行こう!」


「強〜い、イケメン出て来る??」


「出て来るよ(出て来るかな?)。騎士だけが強〜いイケメンなわけじゃないからね」


「じゃあ行く」


「学園で強い奴はその後騎士になるからね。私のように。ハハハッ」


「ハハハッ」

乾いた笑いを返すしかないがな・・。


「さて、メインがくる前に君の質問に答えようか」

マチルダかそう切り出す。


「そうですね。カミーユが何故捕まったのか。これからどうなるのか?1年Bクラスは今その話で持ちきりです」


「そうか。クラスメイトが我々に捕まったわけだからな。皆心配しているだろう。

言いにくい事ではあるが、我々はカミーユが襲撃者の一味で間違いないと見ている」


「カミーユが犯人の一味だと言う証拠はあるんですか?」


「状況的に彼しか睡眠薬を食事に入れ、襲撃者を誘導する事は出来なかったと判断した。そして孤児院出身である事を隠して君たちをも欺いていた。それだけで十分ではないかね?」


「それではカミーユがやったとまでは言い切れないのでは?」

「関わっていないと証明が出来るのかね?」


「いえ、それは出来ません。では彼はどうなるのでしょう?」


「既に私の部下が取り調べをはじめているが、このままでは死刑となるだろう」


「証拠もなしに死刑ですか!?取り調べで何か話しました?」


「それは君に言う事はできない。そうだな、この取り調べは皇帝陛下のご意志だと思ってくれ。私が言えるのはそれだけだ」


日本の司法制度では状況証拠だけでは有罪にならないが、ここは日本ではない。

それどころか演劇で見た聖ビルクスの奇跡でもわかるように簡単に犯人にされてしまう。あとは権力者がどうするかだけなのだ。


カミーユが伯爵や方伯の子息であればそう簡単に捕まえたり出来ないだろうが、なんの後ろ盾もない平民である。なおさらなんの躊躇もないだろう。


皇位継承候補の皇女殿下が拉致されて、皇帝陛下が直接犯人を探しを近衛騎士団の副団長に命じている。

これには加熱する皇位継承争いに釘を刺す目的もある。継承権を持つ皇子が捕まる事はなくてもその下で動いた貴族を見つけ出したいと考えているはずだ。


要するにカミーユの罪などどうでも良いのだ。首謀者を見つける事が目的の取り調べだろうし、そのために拷問を受けている可能性もある。


カミーユを助けるのは難しい。事実がわからないのだからなおさら。

本当にカミーユは犯人の一味なのか?

いや、それよりもカミーユが犯人とすれば誰の命令で皇女殿下を狙ったのか?



「わかりました。皇帝陛下のご意思に異議を唱えるつもりはありません。

カミーユに面会する事はできますか?」


「理解してくれると助かる。面会については今は無理だ。刑が確定すれば認める事が出来るだろうな」


「せめてシャルロットに面会させてあげたいのですが」


「面会は刑が確定してからになる。シャルロットはカミーユの事で何か知らないのかい?」


「シャルロットは何も知らないようですね。僕もカミーユのことはほとんど知りません。シャルロットと幼馴染だと聞いた事だけです」


「そうか。今カミーユとシャルロットが過ごしたと言う孤児院に人を派遣している。

君の家の領地にある孤児院だ」


「聖ビルクス修道院の孤児院ですね」


「ああ。パオロ大司教の治める修道院でもある」


「やはりパオロ大司教が関係しているのでしょうか?」


「そうだと見ているが、証拠がない。大司教はインストスの魚人とも関わりがあるのだろう?尻尾を捕まえたいものだ」



「カイトー!食べないならカイトのプディングも食べていい??」


ビアンカはペロリと豚のステーキを平らげて、デザートの蜜の入ったプディングも食べてしまったようだ。


「良いよ。僕のもあげる」

「ここのプディングは最高だぞ。私のもあげよう」


「やったー!カイト、マチルダお姉ちゃんありがとう」


口元に黒蜜をつけたビアンカが嬉しそうに二人のプディングを手元に取り寄せる。


食いしん坊なビアンカが太らないか心配だ。



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