第118話 夜を超えて

灯りを取り戻したとはいえ、魚人の数は多い。一体一体は守備兵や歩兵よりも強靭で強い。


「兵站隊は荷馬車は馬だけ連れていけ!荷物は良い!歩兵隊は魚人を抑えつつ後退!

逃げるなよ!!逃げれば騎士団法にて裁く!!

押し返しつつゆっくり下がれ!城の外には騎士達が待っている!」


リーゼルはなおも大声で兵を威武し続ける。

魚人の群れを抑える精神的支柱はリーゼル副連隊長なのだ。


「カイト!! ここからはお前が炎で支えろ」

天に向かって炎を放つゲイル兄さんからそんな言葉がかかる。


「ゲイル兄さんはもう随分火魔法を続けましたからね。休んでください」


「そうでは無い。私は探し物をしてくる。任せたぞ」

「わかりました。任せてください」


ゲイルは杖を下ろすと殿しんがりを務める歩兵を指揮するリーゼル副連隊の元へ向かった。

何かあるのだろうか?


僕の火魔法はインストスに来てから格段に上達している気がする。やはり実戦という使えなければ死もあり得る緊張感の中で無我夢中に使ったからだろうか?

魔法の威力も持続もつい先日までとずいぶん違う。


今も、強い風と雨の中で僕自身が安心して火魔法を使えている。

杖を掲げた腕が少しダルいがこの炎が目の前にいる兵士達の命を繋いでいるのだ。踏ん張らねばならない。


殿になった兵は徐々に撤退しているが襲いかかって来た魚人には皆で対処しなければならない。

その際に取り残されない様に注意が必要だ。

魚人の中に残された兵達を助ける術は無い。

無理に助けようとすれば魚人達の餌食になってしまうだろう。何よりそこから崩れてしまっては元も功もない。


大雨の中、騎士達と兵站部隊の城外への脱出は無事に終わったようだ。

今城に残っているのはリーゼルに率いられたウルリッヒ連隊の歩兵達とカイトとゲイルだけである。


しかし、歩兵達が下がっていき城門を潜って後退するという事は城内で魚人を止める兵達が少なくなるという事である。

最後の兵は魚人に取り囲まれてしまう運命にある。


「カイト。前に出るぞ!!」


ゲイル兄様が戻って来た!

なんだろう?その腕には樽が抱えられていた。


「兄様それは??」

「松明用の樹脂と油の液体が入った樽だ。私は今から最前に行く、頭の上に掲げたら樽の上の布に火つけろ。こいつを投げ入れる!」

「わかりました。」


ゲイル兄様はそう言いながら魚人を威嚇する兵士たちの中に割って入っていく、僕は炎を天に向けながら兄様の後ろに続いた。


僕の魔法の炎を消そうと魚人の水魔法のシャワーが降り注ぐが、距離もあり魔法の炎は大して影響を受ける事はない。


「私に火をつけるなよ」

「もちろんです!」


「よし投げ入れたら撤退しろ!では火をつけろ!!」


僕は言われた通りゲイルが頭上に掲げた樽の上部に火魔法を誘導する。

しかし雨と魚人の水魔法の中なのでなかなか樽に火がつかない。



ボッ!!


しかし僕が火力を上げたからだろうか、突然火がつく音がすると樽から赤い炎が上がり、同時にゲイルは魚人の群れに樽を放り込む。


「ギー!!」


目の前の一体に直撃したタルが中の液体を撒き散らす。同時に炎が燃え広がった。


「ギー!!!」「ギー!!!」


「いまだ!!全員撤退!!!門から出ろ!!」

すぐ後ろにいたリーゼルが叫ぶ。


兵達が雪崩をうったように城門に群がる。

もみくちゃにされながらも僕たちは城の外で待ち構える騎士隊のところまで辿り着く事ができた。


ゲイルの作戦はうまく行ったのだ。



*****



城門の外に追いかけてきた魚人が10体ほどいたが、その10隊はあっという間に騎士隊によって打ち倒された。


その後は城から魚人が出てくることはなく、近衛騎士団は無事に城から引き上げて陣があるメルシュ家の邸宅へ戻る事が出来たのである。



*****



「ゲイル君、カイト君。ありがとう君たちのお陰で無事撤退する事が出来た」


司令所になっているメルシュ家の応接間に呼ばれた僕たちにマチルダから感謝の言葉がかけられた。


「もう少し早く警告できていれば、ここまで犠牲は出なかっただろう。しかしお役に立てて何よりだ」


ゲイルは時々本当におっさんくさい。15歳の男子がそんな事言わないだろう〜と思う言葉が出てくる。


まあ、40過ぎのおっさん転生者の人格があるのだから仕方がないんだけど。


おっさんくさい所もあるけど、それがゲイルの良いところだ。

それに今回のゲイル兄様の行動は英雄的で本当にかっこよかった。


やっぱり僕はゲイルに弟子入りしたい。


「君たちには是非近衛騎士団に来てほしい。優秀な人材を我々は欲している!学園の卒業を待たずに入団して欲しいくらいだ」


「近衛騎士団に興味はない。そもそも騎士団はドレイン家にもあるからな」


「ゲイル君は家督を継ぐのだから仕方がないが、カイト君!君は必ず来てくれ。浮気は許さんぞ」


「浮気って、僕もドレイン家の人間なのですけど・・・」


「ところで、海から現れた巨大な怪物をゲイル君は知っているのか?」


「恐らくダゴンだろう。伝承では悪魔として出てくることもあれば、逆に神と崇められている場合もある。実際このインストスでは古くから神として祀られていたようだ。

ルーベッドはそのダゴンと会い魚人の繁殖の約束をしたという事がこの屋敷にあった日記からわかっている。」


「ルーベッドがダゴンと契約?

ルーベッドといえば、ルーベッド-メルシュ商会を立ち上げた人物じゃないか。そのルーベッドが巨大怪物と話をしたと言うのか? 怪物には人と契約を結ぶほどの知性があると言うのか?」


「そう日記に書かれている。カイト。後で日記を副団長様にも見せてやれ」


「わかりました。副団長、後でお持ちします」


「ありがとう。だが今はゆっくり日記を読む暇はないのだ。

日記は皇都に帰ってからで良いぞ。騎士団城を訪ねてくれ。その時は食事でもご馳走しようじゃないか。

今夜は疲れただろう。屋敷の3階に一部屋用意した。三人はそこで休みたまえ」



*****



その夜は魚人の襲撃もなく無事に朝を迎える事が出来た。



昨日の夜にやってきた嵐は朝になるともうすっかりおさまってっていて、庭にある木から鳥の鳴き声が聞こえている。


しかし、この陣地に穏やかな雰囲気は全くない。

早朝から多くの兵が慌ただしく動き、働いているからだ。

特に負傷した兵士の呻き声が聞こえる治療部隊のテントは本当に慌ただしく人が動いている。

恐らく看護担当者や医者、治癒魔法使いの数は全く足りていないだろう。

僕も後で微力ながらお手伝いしようかな?


「騎士隊整列!!!」


庭の一角には騎士隊が既に装備を整えて整列している。

昨晩は無事魚人たちの猛攻を乗り切る事が出来たが、代官城が落とされ港も放棄した事で、街の南側には魚人が多く入り込んでいる可能性が高い。


騎士達は二手に別れて隊列を組み街の巡回に出発して行った。魚人から街を守る事は騎士団に課された使命である。


「伝令!!」

マチルダがいる司令所に伝令の兵が駆け込んでくる。


「来たか!?」


「団長より伝令です!これを!」


マチルダが部下から伝令文を受け取る。

そこには、援軍要請を了承。二個連隊を派遣する。本日夕方到着予定。指揮権はマチルダに一任。と言う事が書かれていた。


「二個連隊が来てくれるか。これで魚人達を駆逐できるだろう。

私は3個連隊と要請したはずだが、その点はどうなった?」


「3個連隊となると合わせて近衛騎士団の半数になります。皇帝陛下のご裁可をいただかないとそこまでは難しいとの事です」


「事態は一変した。既に魚人との戦争状態だ。領主達に緊急召集をかけてもかけてもおかしく無い状態なのだ。

いつ海から仕掛けてくるかわからない。街全体の防衛となるとあと一個連隊は欲しいのだがな。文を書くのでそれを団長に届けて欲しい」


「はっ!!」



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