第115話 ルーべッドの日記

時は少し遡り、メルシュ家の邸宅に残されたカイトとゲイル、ウインライトは魚人やパオロに繋がる証拠を探していた。


メルシュ家はグローリオン皇国が成立し商業の時代に入ると商船を使った商売で成功を収めた。

特にルーベッド・メルシュになってからの勢いは凄まじくインストスの商業の全てを牛耳るまでになった家である。


その大富豪の大邸宅を捜索するのだから、相当骨が折れる。

しかも暴徒によって引っ掻き回された上に、魚人に殺された暴徒達の死体まであちこちに転がっているという酷い有様だった。


「ダムラスの書斎は私が見る。お前とウインライトは書庫の方を頼む」


ゲイルお兄様は独断先行型のようだ。テキパキと僕たちに指示を出して行く。

僕はゲイルお兄様のことを完全に信用しているので、その方がありがたいんだけども、ウインライトはと言うと、、、全然問題にしてないみたい。


それでいいのかウインライト。


「わかりました。何か見つかったらお兄様に報告します」

「俺に任せとけって。パオロに関係しそうな書類を探せばいいんだろ?」


「いや、儀式や魚人、海の神に関する事は全て教えてくれ」

「OK!じゃあ探すか」




メルシュ家の書庫はそれなりの数の本が所蔵されているのだが、やはり多くの本棚は宝探しで倒され、本が床に散乱している。


丁寧で綺麗な装丁がなされている本もあれば、羊皮紙がボロボロになって破れているような本もあるので、本のタイトルだけで判別する事は難しそうだ。


「これを全部見ていくのかよ!」

「タイトルだけでなく書き出しをよく読んで。それで関係ありそうな本を絞り込むしかないと思うよ」

「しかたがねえなあ。」


僕はしばらく散乱した本を一つづつ手に取ってタイトルを確認し、書き始めを読んでは違う本を手に取るを繰り返す。


そして手に取った本の中にインストスの歴史が書かれた書物を見つけた。


インストスの街は1300年ほど前まで遡るらしい。最初にこの場所に住み始めたのは南のアーブル大陸から突き出すグイント半島から移住してきた民族であるようだ。しかも東のトラブゾン諸島を経ずに直接海を渡ってきたと書かれていた。


そして、移住の理由は「海の大神ダゴンの導きによって新たな土地に来た」と書かれている。


やはりダゴンがここにも出てくる。ダゴン神の崇拝はグイント半島からやって来たものだったのだ。


しかし、この世界では遠洋航海は発展していない。理由は遠洋に出ると海の神の怒りにあって船が沈むからだ。嵐にあったり怪物に襲われるので二つの大陸をまたぐ大海を渡る事は基本的にはできないと聞いた。

唯一東のトラブゾン諸島だけが2つの大陸を繋いでいる。


襲われた船乗りが言う怪物とはなんなのかはわからないが、船を沈める怪物がダゴンなのであれば、そのダゴンが導いたのであれば海を渡れることに納得はいく。


しかし、そんな事が出来るという事は本当にダゴンは神なのであろうか?


この場所に漁村ができた当初は海産物が豊富に取れたそうなのだが、その噂が広まり多くの人がインストスに集まると事情が変わってくる。

村が大きくなり街になる頃にには漁業をめぐる争いが頻発したそうだ。


特に新しく入ってきた人々が信仰する真聖教とダゴン神の信徒の漁民の対立は激しく何度も街の中で衝突があったらしい。

その時にメルシュ家の名前が初めて登場する。

元はグイント半島とは別の出身の漁師だったメルシュ家の祖先は敬虔な真聖教徒で、反ダゴン神派のリーダー的存在になっていった。


やがて、真聖教会の支援もありメルシュ家は漁業の権利や船を差配する立場まで上り詰めたようだ。おそらく抗争を勝ち抜いたヤクザの親分のような位置にいたのだろう。


しかし、その後の漁獲高は芳しくはなかった。グローリオン皇国の頃になってメルシュ家が商船を使った商売を始めたところ、これがうまく行きそこからは商船を使った商売がメインになっていく。


ルーベッド・メルシュの時にはメルアギティ島で取れると言う金や宝石などの取引で莫大な富を築いたのは既知の事実である。



意外な事実と思えるのはメルシュ家はダゴン神信徒である古くからの住民を駆逐したと思われることだろう。

その後出来たグローリオン皇国の国教が真聖教なのだから、当時の真聖教の勢いは凄まじかったのだろうと想像がつくが、この話だとメルシュ家にとってダゴン神信徒は敵であるはずではないだろうか?


何かが隠されているとしか思えない。


「ウインライト、なんかあった??」

「いーや。パッとしたのはないな」


「日記みたいなものがないかな。」

「ん??日記みたいなのはあったぞ。ろくな内容じゃなかったともうけど」

「あったの? 誰の日記!?」


「ルー・・・誰だったかな?」


「ルーベッド??」


「そうだそうだ!ルーベッド ここの商会を建てたやつだったっけ?」

「それだよ!!ルーベッドの日記があったの?!」


「多分その辺に転がってる・・・。あっ。これだ。」

そう言ってウインライトは赤い着色がされた表紙の本を持って来てくれた。


ペラペラと日記を最初からめくっては目を通していくと、最初は商売と航海について、時々メモがわりのように書かれているだけではあったのだが、その中で急に文体が変わった箇所があった。

その日だけやけに詳しく書かれているのだ。


・・・これだ。

最初の数行でこの日誌が海の神の話だと理解できる。


*****


6月21日

この日の事は生涯忘れる事はできないだろう。

神に触れられた日なのだから。


我々は大いなる神に背く行為をしてきたのだ。それは今生きる私だけでなく、私たちの祖先も含めて大いなる神に背いてきたのだ。我々は反省しなければならない。


そして、その罪を償う機会を与えてくださった神ダゴンに感謝しなければならない。



我々は浅はかな考えで交易のなかったメルアギティ島に向かっていた。

それまでインストスの船が直接メルアギティ島にたどり着いた事はなく、交易はリブストンに全て握られていた。

我々はその理由など考えもせず単純にそれを覆したいとメルアギティ島に向かった。



しかしつい数刻までは順風満帆の航海だったのにも関わらず、突然黒い雲が現れたかと思うと、もののほんの一時ほどで暴風雨の嵐となり我々の船は進路も方角もいつ転覆するかもわからない状態で丸2日の間海を彷徨うことになった。


だが、皆が船の底で息絶えるのではと思うような窮地は突然終わった。

先ほどまでの船が倒れるのではと思うぐらいの揺れがぴたりと無くなると、暴風や雨の音も一切聞こえなくなったのだ。


不思議に思った我々が船の上に出ると、これまでの黒い雲と暴風雨は嘘のように消え去っており、照り付ける太陽と穏やかな海が我々を出迎えた。


我々はみな涙を流して喜んだ。


そして船員の一人マッドが島を発見したのだ。


いや、そうでは無いだろう。我々は神の呼び声を聞いたのだ。


ダゴン神は我らが知る事は全て知っていらっしゃった。

我々が島を見つけたのではない。我々は神の呼び声に導かれて島に来たのだ。


島は本当に小さく、多くの岩でできているように見えた。

我々は呼び声に従いその島の岸壁に船を寄せ、1人マッドを除いて全員が上陸した。


岩礁の集まりのような島だったため、島の上部の平な場所へ行くのには少し手間取ったが、いよいよ上部にたどり着いた時にはみな驚いた。


そこは人工的に作られたとしか思えないほど真っ平な一枚岩で覆われていたからだ。

城の大理石ですらこんなに綺麗には磨かれていないだろう。

全てが鏡面のようにツルツルで色をなくした空がくっきりとそこに存在しているかのように映り込んでいたのだ。


こんなものを人が作れるのだろうか?誰もがそう口々に言った。

私もこれを人が作ったとは思えなかった。


だがしかし、島の中心部に聳え立つオベリスクが、その島が人工物であるとハッキリ示しているのだ。


その島の岩と同じ岩石でできていると思われる高さ20mほどの黒いオベリスクはいっぺんの欠けもなく美しい姿だった。


我々がそのオベリスクに吸い寄せられるように近づくとさらにそのオベリスクの完璧さがわかった。


同じように鏡面のように磨かれたそれは完全な6角形をしており、そしてそこには我々の見たことのない文字がびっしりと刻まれており、驚くべきことに刻まれた文字は赤く輝いていたのだ。

そんな岩がこの世界に存在するのだろうか?

いったい誰が何の目的でこれを作ったのだろうか?

そんな疑問が頭に浮かぶ。


しかし、そんな疑問はすぐに理解できたのだ。


そうここは偉大なるダゴン神が座す所なのだから。


大きな地響きと地揺れとともに現れた偉大な存在に、最初は慌て驚き船に逃げ出そうとするものもいたが、すぐにそれは愚かなことだとわかった。


我々は神に呼ばれてここにいるのだがら。


ダゴン神は私に尋ねた。言葉ではない。言葉は発してはいないが神は頭に語りかけたのだ。


「メルシュの末裔はお前か」と。


その瞬間、私はその巨大な存在がダゴン神であるのだとわかった。私は答えた。

「私がルーベッド-メルシュ」だと。


ダゴン神は「お前の祖先がやった行いは大いなる神に叛逆する行為」だとおっしゃった。


私はすぐにその場で膝をつき首を垂れた。

それを見た船員も同じく膝をつき首を垂れたようなのだが、そうしなかったものもいたのだろう。

悲鳴が一瞬聞こえたが、すぐに静かになった。


彼らは一瞬で肉塊に変わったのだ。

私が顔を上げるよう命じられて辺りを見た時には、彼らから出た血だと思われるものを除いてそこには何も残ってはいなかった。


「我が祖先は過ちを犯しました」と私は動揺せずに答えることができた。


部下の船員が姿を消したと言うのに、私はもう全く恐れはなかった。これを読む私以外の人間がいるとすれば狂気と映るのかもしれない。しかし、神に触れられたものだけがわかる心境であり、理解できなくても仕方がない。

本当に恐れはなかったのだ。それどころか今では全てのことに恐れなどを感じる事はなくなった。神に触れられることとはなんと偉大なことなのであろうか。


私はダゴン神に触れられ、その神々しさに涙さえしていた。


「償い方はわかるな。我が眷属、深きものを繁殖させよ。そして大いなる神の力とするのだ」とダゴン神は言った。


私はなぜかすでにそうせねばならないと考えていた。インストスで我妻や娘に深きものの子を産ませる。新たな妻も迎えよう。そしてその子にも、その子にも。

それが幸福なことであり贖罪になることを理解して肯定した。


「契約はなった。それをもって贖罪としよう」


ダゴン神はなんと寛大なのだろうか。かつて我が祖先はダゴン神の信徒を迫害し眷属である偉大な深きものの繁殖を止めてしまったのだ。それを私が否、我々が正すことで贖罪としてくださると言うのだ。


「お前がインストスの人間を統治するのに必要なものをやろう。魚か?宝石か?」


そしてさらにダゴン神はさらに慈悲をくださった。私は宝石と金・・それとメルアギティ島との交易路の安全をダゴン神に願った。


さらにダゴン神に私はお願いをした。

「ドーン-バース、マーク-ウイリス、以外の船員は信用できない」と


すると、ダゴン神の巨大な口がゆっくりと開き・・次の瞬間、驚くほどの速さでその口が近寄ったかと思うと次々と船員を食べたのだ。



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