第113話 代官城攻防戦

金の製錬を手掛けていたバース家の邸宅と、ルーベッド-メルシュ商会で代々重用されているウイリス家の邸宅はすでに全焼していて手がかりになるものはなかった。


恐らく家にいたものの多くはメルシュ家と同じように殺されているのではないだろうか。

行方はつかめていない。


街では所々で武装した住民が集団になって道を封鎖していたが、彼らは我々近衛騎士団が来ると友好的な姿勢で接してくる。


彼らの言い分は「魚人から街を守るために自警団を組んでいる」と真っ当なものであり、倒した魚人達を並べて魚人がいかに獰猛で恐ろしいか、それと魚人によって出た被害を訴えてくる。


「ユニコーンに騎乗する騎士様がいらっしゃった!!」

「皇国が動いてくれたぞ!!!」

「近衛騎士団万歳!!!!皇国万歳!!」

「どうか魚人を追い払ってください!!」

「これで魚人は殲滅だ!!」


彼らは我々の事を魚人から街を守ってくれる救世主のように歓迎している。この中には街で略奪をしていた連中も含まれるのだろうが、それを追求するのは愚策だ。

今は住民と力を合わせて魚人を撃退する方が先であり、住民が我々に協力的であれば増援を待たずして魚人を街から駆逐することができるだろう。



一旦商業港に置いた陣に戻ったところで、ルマイン子爵の居城へ送った使者が報告にやってきたが、その内容は芳しいものではなかった。


子爵とウルリッヒ連隊は代官城での籠城を選択したのだろう。代官城の外縁部を魚人の集団が取り囲んでいるため、使者として向かった騎士は城に近づく事が出来なかったと言う事だった。


状況は良くない。子爵とウルリッヒ連隊を救うためにすぐにでも向かう必要がある。


問題は代官城と大聖堂の距離が近いことだ。大通りを進めば明らかに大聖堂の魚人達とぶつかる。

現状戦力でも十分駆逐できるのではとは思うが、魚人の数によっては大きな損害が出るかもしれない。しかし増援を待っていれば手遅れになる可能性もある。


「よし、昼食後にテレンツィオの騎士隊は私と共に全て代官城に向けて進軍。魚人を蹴散らしつつ代官城まで突っ走るぞ。

ウルリッヒ連隊の騎士中隊は大聖堂までは同行して大聖堂の状況を見つつ我々が無理なく突破できる場合は引き返して陣にもどれ。苦戦するようであれば退路を確保だ。補助兵の歩兵部隊はこの陣を守れ。」


****


昼過ぎにテレンツィオ連隊の騎士隊総勢380騎とウルリッヒ連隊の残存200騎が、ユニコーンを駆るマチルダ副団長を先頭にして大通りを西に進み始める。


大聖堂が近づくにつれ魚人と人の死体が目につく。魚人がどこにいるかわからない状況では易々と遺体を回収する事はできないので放置されているのだ。


大聖堂が視界にはいると、大聖堂を守るかのように集まる魚人30体ほどが確認できた。これならば一気に蹴散らすことができるであろう。

マチルダはユニコーンの速度を緩めることなくそのまま魚人の群れに突入する。


1撃目はユニコーンの一角であった。マチルダがそう仕向けたわけでもないのだが、ユニコーンは自らの意思で避けようとする魚人に進路を微調整すると、その鋭く大きな一角で魚人を貫き跳ね上げる。

狙われた魚人は10mほど上空にはね上げられて地面に叩きつけられ動かなくなった。


マチルダに追従する騎士達は500騎を超える。魚人達はその後も多数の騎馬の襲撃に蹂躙され散り散りになり、多くは大聖堂か廃墟となった製錬所に逃げ込んだ。


騎士達は深追いはせずそのまま西へ進む。

ウルリッヒ連隊はその場で追撃のため一旦留まったあと港へ引き上げていった。


「思ったより魚人が少ないな。と言う事は城に集まっているのか?」


代官城は見晴らしの良い海岸に建てられているため、大聖堂を超えるとすぐその優雅な姿を見せる。


やがて城の目前までくると100体ほどの魚人が堀を囲んでいる事が確認できた。

中には堀を這い上がる魚人も見受けられる。


視界に入るだけで100体、周囲となるとおそらくは200体はいると見て間違いないだろう。


「テレンツィオ!!そのまま突撃して城の外の魚人を殲滅する!

堀にも魚人がいる。引き摺り込まれないよう指示をだせ!」


「第一中隊から第五中隊は順次突撃〜〜!!!堀に近寄りすぎるな!!堀の魚人は後回しだ!!」


マチルダは魚人の群れに突っ込むと同時に、左右の手にそれぞれ杖を掲げる。

右手の杖の宝石が輝くと1.5mほどの水が氷柱となって瞬時に固まりそのまま杖の先から飛び出し魚人に突き刺さる。アイスランスと呼ばれる魔法である。

左手に持つ杖の宝石が輝くとこちらも氷柱が射出されるが、氷はより短く、より射出スピードが速い。次々と魚人の中に氷の矢が打ち込まれていく。


また、マチルダが騎乗するユニコーンの馬体は魚人のそれよりもはるかに大きく触れるもの全てを薙ぎ倒していく。


そこに後続の騎士達が雪崩れ込むのだから、100体の魚人はなすすべがほとんどなかった。

反撃や衝突で何体かの騎馬が倒れ、騎士が投げ出されたが、それで形勢が変わるわけではなく早々に魚人は散り散りになり、一部は堀に逃げ込み、一部は街の中に逃げ込む。


ただし、堀に逃げ込んだ魚人は城からの弓に加えてテレンツィオの雷撃魔法が待っているので助かるものは多くはなかった。


「マチルダ副団長!!救援ありがとうございます。ウルリッヒ連隊第五騎士中隊アレクシスです!!城の中でリーゼル副連隊長が海から来る魚人と防戦中です。至急支援をお願います!!」


城の門が開くと中から一騎の騎士が飛び出して来てそう告げる。


「やはり海からも来ていたか。」


「テレンツィオ。君が第一、第二、第三騎士中隊と共にこの場を守れ。残りは城に入るぞ!」


******


「援軍が魚人を追い払ったぞ〜〜!!」

「マチルダ副団長万歳!!」

「副団長万歳〜!!」


騎士や補助兵でごった返す城の庭に入ると兵士たちの喜びの声があちこちでこだまする。


ユニコーンを降りたマチルダはすぐさま中隊長アレクシスに連れられて城の1階の広間にいるリーゼル副連隊長を尋ねた。


広間へ扉が開き、リーゼルが姿を現すとその扉の奥の通路から兵士たちの怒号や叫びが聞こえてくる。

城の中に魚人が踏み込んでいるのは間違いなさそうだ。


「リーゼル!!よく頑張ったな!現状はどうなっている!」


「副団長!!!! 駆けつけていただいたのですね!!これで助かります!!」


「で、どうなっているのだ!!」


「いきなり魚人達が大聖堂方面から現れたのです。当初は魚人達の数も少なく蹴散らすことが出来たのですが、奴らは強靭な化け物です。次第に奴らの数が増えて損害が大きくなったためやむなく籠城に切り替えました。

しかし先刻、大きな地響きがあったかと思うと、城に魚人達が侵入してきたため今はその魚人を城の中で防いでいます。」


「海からの魚人は防げそうか!?どこから城に入ってきている??」


「今はどうにか防げておりますが、魚人は強靭ですので、気を抜くことは出来ません。

海に面するどこかから入ってきているはずですが、城の物見の兵によると、、これは本当かどうかはわかりませんが、

巨大な怪物が海から現れて城の側面の壁に大きな穴を開けて海に戻ったと言うのです」


****インストスの代官の居城であることから代官城と呼ばれるインストス城は地上からの脅威と海からの脅威に備えるために造られている。

海側は岩肌がそのままの崖が堀の役目を果たし、聳り立つ建物自体が塀となって防衛能力はそれなりに高いはずであった。

しかし、今、その城の建物の海側の壁面には大きな穴が空いており、岩肌の崖を這い上がった魚人が次々に城の中に侵入してきていた***


「巨大な海の怪物・・・」


「船乗りの恐る海の怪物でしょうか?ダゴンと呼ばれる怪物の話は聞いたことがあります。」


「ダゴン!? 海の神・・・。どんな形の怪物だったのだ?」


「足のついた巨大な蛇のような怪物だったそうで・・・。一部しか姿を現していないので体長はわからないそうですが、兎に角大きく20マルト以上はあると話しておりました。(20マルト=約32m)

後で呼んでこさせましょう。」


「20マルト以上もある足のついた蛇・・。そんな怪物をどう倒せと言うのだ・・。」


「副団長。大聖堂にいるはずのウルリッヒ連隊長と連絡が取れておりません。副団長は何かご存知ですか!?」


「・・・。ウルリッヒは我々も消息が掴めていない。大聖堂は魚人達に占拠されている。」


「ウルリッヒ連隊長が・・・。」


「すまん。君と合流してから大聖堂の魚人を駆逐しようと思ったが・・ここもまた魚人の脅威にさらされているのでは動きようがない。

皇都の本部に増援を要請しているが、どうなるかはわからん」


「団長のおっしゃるとおり、まずはこの城を守る事が先決かと考えます」


「君はウルリッヒに代わり連隊をこのまま指揮しろ。こちらは城の正門は押さえた。城の中では数の有利が作りにくい。騎馬も使えないからな。最悪はこの城を放棄しても構わんぞ」


「わかりました。巨大な怪物のこともあります。最悪の時は撤退も考えましょう。その時は私どもが殿を務めます」



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