第111話 メルシュ家邸宅

インストスの街は、沿岸部に街道が走り商業も沿岸部に集中しているが、多くの住宅は内陸部分にある。

メルシュ家の邸宅は街の東側の中程にあり、邸宅を見るだけでそれだけの財を稼いできた富豪だと言うことがわかるだろう。その敷地は東京ドームがすっぽり入って余る広さがあるからだ。


敷地の庭園には夏の花が咲き、2ヶ所ある池には小川が水を注いでいる。その周囲を塀が囲っていて、入り口の門には警備兵がいたが、今は死体となって庭に転がっていた。


そして邸宅の中では今、正に邸宅を占拠している武装蜂起した住民に魚人達が襲いかかったところであった。


「ギーー!!」

鳴り響く人間ではない奇怪な声。


「ば、化け物だ!!!」

「魚人が出たぞーー!!」


突然現れた一体の魚人に驚く占拠者達。

その中の男の1人が野球のバットの様な棍棒で魚人に対して殴りかかるが、魚人の長い手で振り払われると、逆の手でその男の顔をはたきつけた。

「ぐあぁ!」

男は顔に深い引っ掻き傷を負ったまま部屋の壁に叩きつけられ、動かなくなる。


「ケント!!!この化け物が〜〜!!」

「みんなで囲んでやるんだ!」


一体の魚人を取り囲む男達。

1人が後ろから棍棒で殴りつけようとした時、

ガシャン!と大きな音を立てて何枚もの窓ガラスが割れると魚人が3体同時に部屋に飛び込んできた。


一体目の魚人の背後に回った男は後ろから魚人が現れた事に驚き、振り返った所を魚人に殴られ首が変な方向に曲がると、よくわからない声を上げて倒れる。


「うわ。みんな下がれ!!魚人が何体も湧いてきたぞ!!」


暴徒の何名かは警備兵より奪った剣を持っているが、まともに扱った事はない。

そして剣を持たない人間が持つ棒如きでは強靭な肉体を持つ魚人に大きなダメージを与えるなど出来なかった。


魚人達は連携して暴徒達を追い詰めるのに対して、暴徒達の動きはバラバラで、数で畳み掛ける事が出来ない。

メルシュ家の邸宅には40名ほどの暴徒が今も占拠していたが、そこに現れた10体ほどの魚人に手も足も出なかった。


こうなると、戦闘ではなく虐殺である。

15名ほどが狩殺されたところで、残りは邸宅から門に走って逃げ出す。



「助けてくれ〜。魚人に殺される〜!!」


メルシュ邸の門から飛び出す一団の前には、白銀の鎧に身を包む騎士達が乗る馬が並んでいた。メルシュ家に突入する準備をしていたマチルダ率いる騎士隊の前に暴徒達が躍り出て来たのだ。


「捕えろ!」


マチルダはすぐさま屋敷から飛び出してきた一団を捕縛する命令を発すると、騎士達が一斉に捕縛していく。


「1人連れてこい」

そう命令したマチルダの前に最初に逃げてきた男が連れて来られる。


「助けてくれ!魚人が襲ってきたんだ!!」


男は連れて来られるなり叫ぶが、まずはこいつらの正体を知らなければならないだろう。


「お前達はメルシュ家の邸宅で何をしていた」

「そ、それは」


「調べればすぐわかることだ。すぐ話せ」

「メルシュ家は魚人の家だ。だから俺たちは戦ったんだ」


「要領がつかめんな。お前達はメルシュ家に押し入ったという事だな」

「そうさ。あいつらは魚人を産んでいる。人がいきなり魚人になるんだぜ。俺たちはこの街を守るために立ち上がっただけだ」


「そうかわかった。それで、魚人に襲われたと言っていたが、中に魚人がいるのか?」


「中には魚人が何体もいる!!いきなり何体もの魚人が現れて襲ってきたんだ。あいつらの仲間のメルシュ家の奴らを守るためにな!!」


「中にいたメルシュ家の人間はどうした?」

「奴らは魚人だ!!魚人は皆殺しだ!!!」


「殺したのか・・・・。連れて行け」




メルシュ邸宅の門の内側には門番達の死体が転がっていた。夏の暑さで腐食が進み悪臭が漂い始めている。

「魚人が中にいるぞ。屋敷を包囲して様子を伺え」


「了解しました。第一中隊は屋敷の裏側へ廻れ。第二中隊、第三中隊は正面西と東に配置しろ。」


テレンツィオがすぐさま指示を出し、各中隊が馬を駆け屋敷を取り囲み始める。


しかし、包囲が完成する前に事は動いた。

魚人が3体邸宅から飛び出してきたのだ。


「魚人が逃げるぞ!逃げ道を塞いで捕えろ」


第二中隊長が声を上げると、騎士達が馬を駆り魚人達の向かう塀側に回り込むが、それを見た魚人達は慌てて方向を変え庭園にあった池に飛び込んだ。

深く潜ったのだろうか、水面が穏やかになっても魚人の姿を池に見つけることが出来ない。


「魚人が池に飛び込んだぞ!!第二中隊は池を囲め!」


テレンツィオ連隊長はすぐさま命令を下す。


「池に引き摺り込まれる様な事は避けさせろよ。

テレンツィオ。君の雷撃で炙り出せ。いや、雷魔法が使える騎士を集めて皆で炙り出せ。」


「良い考えですな。了解しました。第一中隊に1名、第三中隊に2名雷魔法持ちがいますのでやってみましょう。」



テレンツィオ含む4名が池を囲みそれぞれ雷魔法の杖を水面に向ける。

テレンツィオが馬上から杖を掲げて「やれ!!」と命令すると、自らが持つ杖の宝石も黄色く輝く。


バリバリ ドーン!!!


テレンツィオの雷撃が池の真ん中ほどにおち、それに続けて他の隊員達の雷も池のほとりに輝く。


池からは泡と小魚、両生類が浮き上がってくるが、肝心の魚人は現れない。


「何度でもやるぞ!もう一撃いけ!!」


バリバリ ドーン!!!


2度目の雷撃の後、一体の魚人が池ほとりから姿を現した。

しかし、足取りはゆっくりで陸にフラフラと上がろうとしたところを騎士の槍が何本も差し込まれそのまま倒れ伏した。


程なく、後の二体の魚人が水面に浮かび上がる。

「よし、最後にもう一撃放つ。あとは死体を回収しろ。」


池で3度目の雷撃が炸裂している時、第二中隊が池を囲んだ事によって出来た包囲の隙を狙って7体の魚人が踊り出てきていた。

魚人達は第一中隊の横をそのまま屋敷の外に向かおうとするが、


「右翼かかれー!!」


中隊長の怒号が飛び!一斉に二小隊35騎の騎兵が魚人に襲いかかった。


暴徒相手には無類の強さを誇った魚人ではあったが、多数の馬で行く手を阻まれ槍や剣を振り下ろしてくる相手にはなす術がない。


一体が馬上の騎士に飛びつき引き摺り落としたが、それまでだった。

5体の魚人は騎士の装備と数の暴力の前に1分も持たずに倒される。

それでも、2体の魚人が剣や槍を受けながらもどうにか塀まで達すると塀を飛び越え逃げ去った。


********


その後の邸宅の捜索では、暴徒らしき人間がさまざまな部屋で死体として残されていたが、これは死体の状況から魚人に殺されたのだろうとわかる。


肝心のメルシュ家の人間は暴徒の1人が話したように、全員納屋にて死体として発見された。

魚人の事を1番知ると思われたダムラスも死体になっており、手がかりは別に求めるしかないだろう。


「ゲイル君、君はダムラス、いやメルシュ家は魚人の可能性があると言っていたが、殺されているものをみても魚人の特徴はない。強いて言うなら皆魚顔、もしくはカエル顔と言えないこともないことがな。」


そうマチルダに言葉を投げかけられたゲイルは、メルシュ家人間の死体をマジマジと見つめながら思考を巡らせる。


「ここを襲った住民がメルシュの人間を皆殺しにしたのだとすればメルシュ家にはそこまでされる理由があったのだろう。

私はその理由が魚人とメルシュ家の関係にあると思うがな」


ゲイルはメルシュ家に非があるかのような話ぶりである。


「そうだな。暴徒の1人もメルシュ家の人間は魚人なので皆殺しにしたと話していた。

君の言うことは今のところ全て当たっている。

この家は運良く燃やされてはいない。手がかりになるものを探すか?」


「そうだな。まずはダムラスの部屋を調べたいのだが?」


「よし良いだろう。今、補助の歩兵隊をここに向かわせている。我々は他の場所の魚人掃討に向かわなければならない。君たちには歩兵隊と共に屋敷の捜索を頼もうか。」


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