第108話 テレンツィオ連隊
魔法学園の馬車停留場には、普段は生徒達の乗ってくる家が所有する馬車や、皇都の中心部と学園を結ぶ学生、講師用の乗合馬車が止まっている。
しかし、今日はそこには白銀の鎧に覆われた騎士が10頭ほどの馬達にまたがっている姿があった。
どの馬にも白い鞍が青い綱で整えられ見事な隊列を組んでいるが、中央の一頭だけは他の馬とは比べ物にならない存在感を放っている。
馬とは思えない巨体に額の一本の鋭いツノ。そして美しい白い馬体と鬣・・・そう、あのユニコーンがそこに居た。
ユニコーンはそばにいる女性兵士に手綱を握られてはいるが、その巨体が少し首を振るだけで女性兵士は握る手綱ごと弾き飛ばされてしまうだろう。
僕はユニコーンを間近で見る嬉しさと共に怖さも感じてしまう。
「私のユニコーンには近づくなよ。こいつは女好きでな。女以外に手綱を握られることを嫌う。お前が近寄って蹴り殺されても私は責任を取るつもりはないからな。」
マチルダはさらりと恐ろしいことを言った。
そんな危険なユニコーンをわざわざ飼い慣らすなんて物好きな人もいたもんだ。
「アインホルンの森で一度見ました。あのユニコーンを飼育するなんてすごいですね。」
「ほう、そうか。私は結局、魔法学園在学時はユニコーンを見ることができなかったのだがな。運のいいやつめ。」
「はははっ そうですね。僕は運がいいんですよ。」
「魚人に会えたのも運が良かったからかね?」
「いえ、、、。
そうですね。確かに運が良かったのかもしれません。あなたに知らせる事が出来ました。」
「こうやって余計なトラブルに巻き込まれているのに運が良いなど、変な奴だな。
君たちは後ろの馬車に乗ってくれ。すぐに立つぞ!」
そう言って、マチルダはユニコーンに近づくと鞍の綱に手をかけ飛び上がるようにして見事にその巨体の上に跨った。
******
近衛騎士団城の広い敷地には大勢の白銀の騎士が馬を並べてマチルダの到着を待っていた。
その後方には革鎧に鉄の胸当、手には槍を持つ歩兵とたくさんの積荷を積んだ荷馬車が交互に並んでいて、僕たちの馬車は騎士達と歩兵達の間に入る。
そしてしばらくして、
「テレンツィオ連隊、進め!!!」
大きな号令の声と共に手綱を叩く音が聞こえ全軍が進み始める。僕たちの馬車が進み始めると次は歩兵たちの足音、そして荷馬車が進むガラガラとした音が鳴り始め、軍隊の行進の真っ只中にいる緊張感というか高揚感みたいなものを感じてしまう。
それくらい軍隊の行進はやはり迫力があった。
日が暮れても馬車が止まる気配はなく、周りの兵達が松明に火を灯し始める。
松明の火で行進を続け何時間経っただろう。
僕たちだけでインストスに行った時は4時間ほどでついたのだが、夜の行進で歩兵もいるので速度は早くない。もう6時間以上は経っている気がする。
深夜に騎士団の動きが止まった。
インストスについたのだろうか?
僕とウインライトは顔を見合わせ、
「カイト、今どのへんだと思う?」
「もう随分経ったと思うけど、荷馬車や歩兵もいるので進むスピードは遅かったし。
でもそろそろインストスについても良い頃かも知れないね。」
「だな。俺はちょっとうたた寝をしてしまったからよくわかってなかったんだけどな」
すると、
「野営するぞーーー!!」「野営だーーー!!」
伝令らしき男が走りながら野営の指示を皆に伝えるように叫ぶ。
歩兵達と荷馬車が慌ただしく動く。
適切な位置に荷馬車が移動すると天幕を持ち出して手際良くあたりの牧草地に設置し始め、騎士は馬達を荷馬車の周りに集めた後、お互いの鎧を脱がし始める。
「ここで野営するみたいだな」
「そうだね。インストスには夜明けに入るのかもしれない。」
騎士団員たちは訓練で野営を相当行っているのであろう。とにかく無駄が少なく各自がやらなければならないことを適切にこなしていくのを僕たちは馬車の中から眺めていた。
1時間ほど経った時、別の馬車に乗っていたゲイルとエマ達と共にマチルダ副団長の座る席に案内された。
「おう、来たか。私の横に座るこいつは連隊長のテレンツィオだ。」
「テレンツィオ連隊長、初めまして私はゲイル-ドレインと言います。」
「私は弟のカイト-ドレインです。」
「ウインライト-カーティスです。よろしくお願いします。」
「カーティス家というと、皇都の事務官をされていましたね。」
テレンツィオと呼ばれた男がウインライトの家名に反応した。
「よくご存知で。私の父が皇都の道路省の事務官をしております。」
「私の母がね、道路省の」
「コホン。」
3人の会話に割り込む形でマチルダが咳払いをすると、
「明日の朝インストスに入る前に、街のことと魚人について意思疎通しておこうと思ってね。食事も用意してあるので食べながら話をしようか」
僕たちの座る簡易の椅子の近くには急拵えの炉があり、そこにある暖かな鍋を兵士の1人が木のお椀についで僕たちにも差し出してくれる。
「ありがとうございます。副団長と神のご厚意に感謝いたします」
「こちらこそ無理に来てもらったのだ。ここで粗末に扱うような事はしない。
今いる場所はインストスまで1時間ほどの場所だ。馬を休ませるのにちょうど良い牧草もあるのでここで野営して、明日の朝インストスに入る」
「それで、街の様子はどうなっている?」
僕たちと反対側に座るゲイルが口を開く。
「相当暴徒が暴れ回ったせいで各所で火災が発生しているようだ。
先発で別の連隊が先に到着しているからな。少しは落ち着いてくれているとありがたいのだが。」
「そうか、起きるべくして起きたか。今も魚人が暴れ回っているわけではないのだな?」
ゲイルはこうなる事が必然かのような言い方をした。
「当初は魚人と住民とで戦闘があったらしいが、その後は魚人達は行方をくらましたそうだ。君はこんな事になると予想していたのか?」
「いや、そうだな。魚人について住民が不安に思ってたのは確かだ。今回のような暴発を防ぐために先に近衛騎士団に報告をしたのだがな。
こうなった以上、今後の魚人の動きには注意をした方がいいだろう。」
ゲイルの意味深な発言はゲイルのゲーム知識から来るものだろう。
「お兄様は何を懸念されているのですか?」
「どう言う事だ。何を心配している?」
僕と同時にマチルダもそのゲイルの言葉に敏感に反応した。
「インストスにいた魚人はほんの一部だろうと言う事だ。
魚人は海が活動拠点で、インストスはその繁殖場の一つにすぎない。
とはいえ、魚人がそのインストスをやすやすと手放すとは思えない。」
「海にはどのくらいの魚人がいるのだ?」
「そんな事はしらん。
我々人間は遠洋への航海は行えない。海の神の怒りによって船が沈められると言うからな。
人間が知る世界はまだまだ限られている。」
「それは我々もよく聞く話だ。遠洋に出て巨大な海の怪物に襲われたと言う生き残りの話はいくらでもある。
実際に嵐によって遭難したのか海の怪物によって沈められたのかはわからんが、遠洋航海を成功させる船はほぼない。それができればアーブル大陸との交易が出来るのだがな。」
「その海の神はダゴン神というそうだ。
魚人はその海の神の使徒というだけあってかなり手強い。人よりも強靭な肉体を持つのは確かだ。
いや、使徒というのは邪教崇拝の奴らにとっての話で我々にとっては悪魔の眷属でしかないがな。」
「ゲイル君もその話を聞き出していたのか?ダゴン神とクトゥルフ神だったか。君が連れてきた女もそう言っていた。」
「クトゥルフ神はその上に位置する神だな。いずれにしろ海を支配する悪魔の眷属が魚人だとすれば、相当な数の魚人が海にはいる事になる。
奴らと戦ったが、奴らの骨は異常に硬く斬撃より突く攻撃が有効だ。あと火魔法は効くが奴らは水魔法で防御してくる。魔法では雷魔法が最も有効だろう。」
「君は恐ろしい事を言うな。斬撃に耐える強靭な肉体をもち水魔法も使える?で、そいつらがインストスに集まって来ると言うのか?」
「それはわからないが注意するに越した事はない。」
ゲイルがこんな事を言うなんて、フラグでしかないね。もしかしたらゲームのイベントでインストスの魚人騒ぎがあったのではないだろうか?
そして、その騒ぎでは数多くの魚人達が暴れ回ったのではないだろうか?
ゲイルの発言を聞きながらビビってまう僕だった。
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