第105話 深きものの女
「女の意識が戻ったというのは本当か?」
昼前にゲイル達の連れてきた女性が意識を取り戻したとの連絡があり、すぐにマチルダはその治療室に駆けつけた。
治療部隊の管理する治療室の一角のベットには、部隊長のエルロンドとその部下と共に魚人とされる女の姿があった。
しかし、女の様子は一目見ただけで普通ではない何か狂気じみたものを感じさせるものがある。
「副団長、先ほど目覚めたのですが、少し様子がおかしいのです。」
「確かに。だが、明日インストスに向かうことになった。聞き出せる事は聞いておく必要がある。早速聞き取りを始めよう。スコット調書を頼む」
「はっ」
スコットは紙束とインクを鞄から取り出し、机に置くとすぐにペンをインクにつけ日付と聞き取り者の名前を記入していく。
「さて、私は近衛騎士団副団長のマチルダだ。こちらの椅子に座ってくれるかな?」
「近衛騎士団・・・。マチルダさんですか?」
女はそう言ってベットから移動し出された椅子に腰をかけた。
「ではこれから色々と質問をさせてもらうが、包み隠さず正直に答えるように」
「は・・はい。ここに連れてきた男の方からもそう言われました・・。」
「よろしい。では最初の質問だ。君の名前を教えてくれるかい。」
「ブラウニー-バースと言います。」
女は先ほど見た時よりは正気がある目をしてそう答えてくれた。これなら聞き取りの問題はなさそうだ。
「ではブラウニー。報告で君は魚人の子だと聞いているが本当かね?君の父親のことを教えてほしい。」
「育ての父はダムラス-メルシュです。ですが本当の父は「深きもの」であるトマク-バースです。」
「「深きもの」とはなんだ?魚人のことを指しているのか?」
「魚人・・。確かに深きものは魚と人が合わさったような姿をしています。
私はその「深きもの」の娘です・・・・。私は深きものを産むために生まれてきたのです。」
ブラウニーの目に涙があふれているのがわかった。
この女性は自分の運命に抗うことができずにここまできたのかもしれない。
「君は魚人の子を産んだのかね?」
「3年前に1人・・子を授かりましたが、その子は幼くして亡くなりました。」
「その亡くなった子は魚人との子ということだね。」
「私は、「深きもの」の子を産むために性交を強要されました・・・。あの子は「深きもの」に成長するはずでした。」
「魚人との性交渉は強要されていたと言うのか?誰に強要されていたのだ。」
「父のダムラスには「深きもの」は神の使徒で私にはその血が色濃く流れていると教えられてきました。ですが見た通り私は人間です。なので最初はよくわかっていませんでした。
初めて「深きもの」を見たのは10歳の頃、地下での儀式に参加した時のことです。その時に「深きもの」の子を孕むのが私の役割だとわかりました。
そして嫁ぎ先のバース家でも「深きもの」との子を産むことが使命だと・・。逆らう術はありませんでした。」
「そうか。それは大変な家に生まれてしまったな。私も女だ。同情を禁じ得ない。
では君がここに連れてこられた時のことを覚えているか?その時のことを聞かせてくれ。」
「私は、「深きもの」と交わるためにバース家の持つ倉庫から地下に連れて行かれました。何日かして・・そこに急に若い男達がやってきたのです・・・。
男達は「深きもの」を・・・・・・。
・・・・。
いや〜〜〜〜!!!!」
ブラウニーは何かを思い出したのか、急に頭を抱えて叫び声を上げる。
「落ち着きたまえ!!」
「やはり、聞き取りは難しいかもしれません。」
治療部隊長のエルロンドが耳元でそう告げるが、聞き出せる事は今聞き出しておきたい。
「いや〜〜〜〜〜!!・・・殺さないで・・死にたくない・・・。」
「君を殺したりしないよ。落ち着くんだ」
「ううううう。。フー、フー、フー・・。」
「大丈夫だおちついて」
「は・・なします・・。正直に話しますので・・殺さないでください。」
「もちろん殺したりしない。それで何があった?」
「若い男達がきて「深きもの」を殺しました。そして私は拘束されて・・ここにに連れてこられたのです・・・。
正直に話せば殺さないと約束をしてくれました。」
「そうか。もちろん正直に話せば君に危害を加えることはない。
君の言う「深きもの」・・魚人は他の人間の女性にも子を産ませているのか??」
「そうです・・。深きものは海の神ダゴンの眷属、そして大いなる神クトゥルフの使徒・・・・・クトゥルフ!・・・大いなる神!・・・。
あああああああ!!!!」
「どうしたんだ?」
「うううう・・・・・・・・・・・・・。
クトゥルフ神は待っています・・・。深淵のイエ ルルで待っています・・・。」
「クトゥルフ神??それは大いなる神の名だというのか?? イエルルとはなんだ?」
「へンドルイ ムグルナルー クトゥルフ イエ ルル ウド ナグル へルドン」
「何を言っている??」
「へンドルイ ムグルナルー クトゥルフ イエ ルル ウド ナグル へルドン」
「ううううううう・・・・・・・。」
理解不可能な呪文のような言葉をつぶやいたかと思えば、苦しそうな声をあげて彼女は首を垂れて胸を押さえ始めた。
「いけません。聞き取りは一旦中止しましょう。」
エルロンドとその部下が駆け寄るとブラウニーをベットへ寝かしつけた。
*********
-----近衛騎士団団長室-----
「ゲイルが連れてきた女性の意識が戻りましたので、聞き取りを行ってきました。
ただ、少し気が触れた女でして、時々おかしな事を口走っているのです。」
マチルダは先ほどの聞き取りの報告をしにアルフォンス団長の部屋を訪れていた。
「おかしな女はお前さんだけで十分なのだがな。」
「団長の発言は聞き捨てなりませんね。私のどこがおかしな女だと言うのでしょう?」
「魔法の天才で史上最年少の近衛騎士団副団長。皇帝陛下の覚えもめでたく、俺なんかいつ首を挿げ替えられるかビクビクだぞ。そんなおかしな女はお前さんだけで十分さ。」
「私も獣のような騎士は団長だけで十分ですよ。」
「お互いさまってか。で、その女の身元はわかったのか?」
「インストスの商家の娘でブラウニー-バースと名乗りました。自分は「深きもの」の子を産むように命じられたと言っています。」
「深きもの??なんだそれは?」
「おそらく「深きもの」は魚人族のことを指していると思われます。」
「で、その「深きもの」の子を孕むように誰が命じたんだ。」
「ブラウニーは育ての父であるダムラス-メルシュや嫁ぎ先であるバース家に命じられたと言っています。」
「ダムラス-メルシュ。そいつはインストスの豪商のルーベッド-メルシュ商会の人間か?」
「そうです。ルーベッド-メルシュ商会の会長ですね。」
「なるほど・・かなりの大物が絡んでるわけか。深い闇がありそうだな。それで悪魔崇拝の話は?パオロ大司教との関係は?」
「私も大きな事件になりそうな気配を感じます。ただ彼らの崇拝対象は悪魔なのかはわかりません。ダゴン神?なる神や、クト、、クトゥルフ?神?と言う神を信仰しているようなのですが、その神の名を口に出すと急に怯えだしました。
それからまた様子がおかしくなり、変な事を口走り初め、最後には喋ることすらできなくなりましたので、そこで聞き取りを終えました。
悪魔崇拝やパオロには辿り着けずです。」
「変な事を口走る・・・。
もし事実を喋っても証人として通用するかは怪しいな。変な事って何を言ってるんだ?」
「クトゥルフ?神が待っていると言うような事と、あとはよくわからない言葉です。何かの呪文のようにも聞こえましたが・・。」
「わかった。よし!続きは部下に任せろ。
パオロと魚人、そして邪教とどんな繋がりがあるのか?それは知らねばならん。明日はお前さんがインストスに直接行って何が起きているのかを調べてこい。」
「既に準備は進めております。」
2人の会話が終わりに近づく頃、大慌てで団長室に駆け込んでくる騎士がいた。
「団長はいらっしゃいますか!!」
「どうした。そんなに慌てることなどこの世にあるのか?」
「大変です!!!!インストスの街で大暴動が起きて街が燃えているとのことです!!」
「なんだと!!?? どういうことだ!!」
「どういうこと!?何が起きているの!?」
「今、街を管理するルマイン子爵からの使者がやってまいりまして、その者の話では、インストスの街に魚人が出たと騒ぎがあったそうです。
その後に住民が暴徒と化したようでして。裕福な者の屋敷や商会の倉庫などに押しかけ略奪、放火を繰り返しているようです。」
「鎮圧せねばならんな。ルマイン子爵の私兵はどのくらいだ?」
「わかりません。しかし治安維持程度の兵しかいないと思われます。」
「その使者をここに呼べ!」
「はっ!ただちに。」
「マチルダ。すまんがウルリッヒに加えて、テレンツィオ連隊も連れて今直ぐ出発しろ。
ドレイン家の子息らの話がさらに現実味をおびてきたな。彼らも必要になるだろう。
丁重にご同行願って連れて行け。」
*************
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます