第103話 帰還

僕は生き延びていた。

リオニーという天使に救われたのだ。生えているのは羽ではなく尻尾だけど。


あの後、リオニーが残りの魚人にもう一発雷撃を喰らわせたところで、他の魚人は追撃を諦めざるを得なくなった。

製錬工場の火事に気づいた多くの街の人たちが路上に出て来て、魚人騒ぎが起こったからでもある。魚人達は怯える人達を掻き分けて教会方向(海岸方面)に消え去った。


その後も街は製錬工場の火事に加えて、残っていた魚人に襲われた人やその死体などで大混乱に陥っていたが、僕たちはその混乱をよそに魚人の遺体を一体だけ荷台に積み込むと、そのまま馬車をロンドアダマスに向けて走らせた。



その道中。

ゲイルは大聖堂地下にいた女性・・ブラウニーの猿轡を外す。


「お前は近衛騎士団に引き渡す。騎士団に全てを話せ。」


「あなたはパオロ様の・・神の呼び声の方ではないのですか?」


「私は神の呼び声のものだ。お前達は増えすぎた。増えすぎた魚は駆除する必要がある。」


「大司教様が、、う、裏切ったと言うのですか?!

命を助けてくれるというのは?!」


「これはパオロ大司教の意思だ。だが私も人の子だ。パオロ大司教のやり方は非情すぎると思っている。

無理やり魚人と性交させられていた女性を異端者だとして処刑させたくはない。だからお前を助けた。

お前が近衛騎士団に全て正直に話すのなら、私の力で処刑されないようにすると約束しよう。

ただしパオロ大司教には内密にしろ。バレれば私は殺されてお前も処刑されるからな。」


「私を助けてくれるんですね!

も、もちろん全て話します。私は好きで深きものに抱かれていたわけではないの!!!」


「では、近衛騎士団にパオロ大司教の事も全て話せ。全てだ。大司教の事を話して仕舞えばもう秘匿するために消されることはない。」


「ありがとうございます!!全て話します!・・・うっ・・。」


「どうした??」


「少し頭痛が・・・・。うううう。」

ブラウニーが急に苦しみだす。


「どうしたのだ!!?」


「うう・・う・・・・・・。」

ブラウニーの額からは汗が滴ってきている。演技ではなさそうだ。


「ゲイル様、この女はいったい・・。意識を失ったようですが、脈はあります。」


エマはブラウニーが動かなくなったのを見て驚き、慌てて女の脈を調べた。


これは・・・どうしたと言うのだ??



******



近衛騎士団の居留地はロンドアダマス城の一番西の一郭である。

とは言え、その場所はロンドアダマス城の西門(正門)からさらに橋を渡った先で、独立した城とも言える造りになっている。

そのため近衛騎士団城と呼ばれる事も多い。


ロンドアダマスの本城と近衛騎士団城を結ぶ橋は「橋」といっても川にかかる橋ではなく、その下には南に通じる主要街道が通っている。


その主要街道を北からロンドアダマス城に向けて走る2台の馬車があった。

ロンドアダマス城の下まで来た馬車は、街道から西側の近衛騎士団城に登るルートに入ると門で止まる。


近衛騎士団城の敷地は広く、騎士団員の宿舎の他、騎士のもう一つの命と言うべき騎乗馬のための厩舎と訓練のスペースがかなり大きく設けられている。


この厩舎には通常の騎乗馬だけではなく団長と副団長が騎乗するユニコーンが3頭飼育されているが、ユニコーンはパレードや特別な訓練の時以外ほとんど騎乗される事はない。

何故なら巨体で快速。戦場ではその力が遺憾無く発揮されるであろうユニコーンだが、非常に賢くそれでいて気性が荒いので普通の馬とソリが合わないからだ。


他の騎乗馬はユニコーンと居ると萎縮してしまうし、さらに言えば巨体を留めて置く場所も街では確保が難しい。ようするにとても使い勝手がよろしくないのがユニコーンなのである。


そんなユニコーンをあしらった近衛騎士団旗が掲げられている近衛騎士団の本部に朝早くから押しかけてきたもの達がいた。


しかもマチルダ副団長を呼び出すなど普通の人にはできないだろう。


「マチルダ副団長を呼び出すなんて、さすがドレイン方伯の息子ですね。」


「お前もそのドレイン家の次男なのだがな。自覚はないのか?」


僕はもっと下の人でいいんだけど、ゲイルがマチルダくらい出てこないと話にならんといって、こんな早朝に強引にマチルダ副団長を呼びつけて応接室に上がり込んで待っているのだ。


「副団長がいらっしゃいました。」

輝く白銀の鎧を身につけた団員が扉を開けてそう言うと、白い生地に青い刺繍が入ったローブを着た黒髪の美女が部屋に入ってくる。もちろんマチルダ副団長だ。


「遅くなったね。君たちからここに来てくれるとは。朝っぱらからどうしたんだい?」


「ああ。大変なことが起こっているのでそれを報告にきた。」

「大変なこと?!もしかしてエリザベス殿下がまた狙われているのか!?」


「そういう話ではない。先ほど治療に回してもらった女性は今どうしている?」


「スコット。今どうしている?」

「ハッ。意識が朦朧として苦しそうでしたので、治癒室にて、エルロンド部隊長の治療をうけております。」


「だそうだ。その女性がどうした」

「その女は魚人族だ。そして重要な証人だ。必ず生かして欲しい。」


「魚人?? スコット。その女は魚のようなやつなのか?」

「いいえ、普通の女性であります・・。少し魚顔かもしれませんが。」


「だそうだが??どういう事だ??」


「魚人族の女は魚人の姿にはならないのだ。一生人間族の容姿のままだと聞く。とにかくその女は魚人族で間違いない。」


「人間族と魚人族のハーフの女性という事でいいかな? しかし、魚人族など聞いたことがないが?」


「ハーフといえばハーフであっている。知られていないのは魚人族の実態が隠されているからだ。」


「とは言っても、その女が魚人族なのかわからないだろう? それに魚人族だとしてそれが何なのだ?」


「皇国の街が魚人に侵食されているとしたらどうだ?」


「魚人が人間の街に溢れているのか??いや突拍子もない話だな。そもそも魚人族など聞いた事がないからな。」


「実は乗って来た馬車の荷台に魚人の死体をくくりつけている。まずはそれを見てくれ。」


「魚人とやらを拝めるのかい? わかった。面白そうなことを持ってくるもんだ。スコット。何名か連れて付いてこい。」


「了解しました!」



*****



「こ・・これは。なんだこいつは。スコット。お前はこんな人族を知っているか?」

「いえ、見たことも聞いたことがありません。き、気持ち悪いですね。」


「こいつはリオニーが電撃の魔法で仕留めた。どこにいたと思う??」


「海の中か??・・海の中は雷撃は届かないね・・。もう!!もったいぶらずにさっさと言いたまえ」


「教会の地下の祭壇だ。そこで繁殖をしていた」

「教会の地下だと?どこの教会だ?」


「インストス大聖堂だ。調査に入った私たちはこいつらに集団で襲われた。」


「調査で教会の地下に入ったのか?君たちはこいつらが大聖堂の地下にいると何故わかった?」


「教会には邪教崇拝をしている連中がいるのでな。それを調べていて突き止めた。」


「魚人の次は邪教崇拝!? いったいどういう事だ!?」



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