第102話 脱出

バースの製錬工場に抜けると思われる地下通路の最後は登りの階段になっていた。

しかし、その階段を登り切るより先に魚人が追いついてくるのは確実な状況だ。


「カイト!私が石像を運ぶのを代わろう。お前は後ろからくるやつを至近距離まで引きつけてから火魔法を放て!」


「お兄様みたいにできるでしょうか?」


「私は魔法を使いすぎた。火魔法に集中して維持することを考えろ。剣のことは考えるな。」

「やってみます。」




「ギー!!」


ゲイルとアビー、ウインライトが石像を抱えて階段の最上部まで来たところで、階段下から奇怪な声が響く。


「ここにいたか。石像と女を返せ。」

その奇怪な声と共に魚人深きものの一体が階段下に姿を現した。


「この石像はパオロ大司教にもってこいと言われたからね。それはできない」


全てパオロのせいにするのはゲイルの真似だが、緊張で僕の声は震え気味だ。


「裏切り者が。では力ずくで返してもらおう・・。ギーーー!!」


魚人は耳をつん裂くような声を発したかと思うと、階段を駆け上がってくるが斜度がきついのでそこまでのスピードはない。


僕は意識を魔法具に集中し・・至近距離まできたところで「炎よ燃えさかれ!」と、声を上げる。

もちろんこれは詠唱でもなんでもない。

それだけ気合が入っているのだ。


ゴーーーーーーッ!!!


発現した火魔法はこれまでにないくらい大きかった。


「ギギュー!」

魔法具が放つ炎が魚人に直撃する。炎に包まれた魚人は奇怪な鳴き声をあげ階段を落ちていった。


「やりました兄さん!!」

「油断するな次が来るぞ。」


「ギーーー!!」「ギーーー!!」

どうやらフラグを立てる発言をしてしまったらしい。

すぐに階段下に3体もの無傷な魚人が姿を現すと、そのうちの2体が水魔法を放ち、もう一体が一歩づつ距離を詰めてくる。


魚人2体が放つ水がシャワーのように僕たちを包み込み、僕の魔法具の灯火が不安定にチラチラし始めた。


まずい状況だ。一体でも手強い魚人が3体も現れたのに、石像を支えているために戦えるのは僕1人なのだから。


「カイト!石像は諦める!こいつを投げるぞ!下がれ!」


石像に執着していたゲイルもこの状況では逃げきれないと判断したのだろう。


「それが一番だぜ。この気持ち悪い像ごとぶち殺してやる!」

ウインライトももう力の限界だったのか大喜びだ。


「1・・2・・」


「おらあ〜〜〜〜!!!」


ウインライトの声が響くと階段を登ってくる魚人目掛けて石像が投げ出される。

魚人達はその石像に自ら手を伸ばしキャッチするが、その重さと衝撃に耐えられなかったのか最初に手を伸ばした一体が跳ね飛ばされるように石像と一緒に階段を落ちていく。

続けてそれを受け止めようとした他の2体も同様に石像に押しつぶされるように纏めて石像と一緒に階段下に転がっていった。


最後に大きな音がすると、狭い廊下にはに魚人の出すうめき声だけが響くだけで、動くものは見えない。


「いまだ!天井を持ち上げろ!!」

目の前の出口らしき天井板にゲイルが手をかける。


「君たちも手伝え!!」


天井板の上には何か重いものが載っているのだろうか、3人が力を合わせると天板は少し持ち上がるが、そこで止まってしまい完全に持ち上がることはなかった。


「諦めるな!」「くそ重めえ!!」


天板は一旦持ち上がるものの、何かの重さですぐに塞がってしまう。


「持ち上がらないならずらしたらどう??」


「その手があるな」


アビーが言うように天板を少しずつ持ち上げてはずらす作戦は成功し、持ち上げるごとに天板と階段の壁との隙間が広がっていく。


「よし。これなら行ける。ここから出るぞ!」


「ギーー!!」「ギーー!!」


また階段の下から声がして魚人達が迫ってくる足音がする。


「僕が火魔法で時間を稼ぐよ」


「お前に任せる!」


最初にゲイルが天板の隙間から這い出るが、その間に階段の下から魚人1体がすごい勢いで駆け上がってきていた。いや、その後ろからももう一体も現れる。


ここで踏ん張るしかない。

魔法具に意識を集中させていたカイトが火を放つと大きな火柱が魚人達に伸びていく。


ゴーーーーーッ!!


だが、今回は炎が当たる直前に危険を察知したのだろう。魚人は階段を逆に蹴って勢いを殺して仰反り炎を回避すると、ドン、ドンと、そのまま背中を下に階段に落ちるが、もう一体の魚人に支えられて止まった。


そしてゆっくりとした動作で立ち上がると、奇怪な声を一声あげてまた階段を登り始めた。


「カイト!来い!!!」


振り返るとウインライトが天板の隙間から手を差し伸べている。

まだ魚人との距離はある。


「わかった!」

カイトは逃げ切れると判断してウインライトの手を握った。


「逃すな!!!ギーーー!!」

魚人の奇怪な声と共に階段を駆け上がる音が響く。


ウインライトが力一杯僕を引き上げる。

だが、完全に引き上げられる瞬間に、魚人の手が僕の足を捉えた。


「ギーーー!!」


「私も手伝う!!!」

アビーが僕の正面からハグずる形で抱きつき、そのまま力一杯引き上げるように後ろに倒れ込むと、僕の体は魚人の手ごと完全に地上に転げでた。


そして魚人が僕に釣られて頭を出したところに、


ゴーー!!

「ギィーーーー」


ゲイルの魔法の炎が見舞われ、魚人は声をあげ僕の足を放し天板の下に消えた。


「カイトは天板の中に火魔法をぶち込み続けろ。アビーとウインライトは女を連れて来てくれ倉庫の扉を破壊する。」


僕たちが躍り出た場所は工場というか、ただの広い倉庫だった。先ほどの天板の上には木箱が山積みにされている。大聖堂地下に通じる秘密の通路を木箱で隠していたのだろう。


天板に向けて炎の魔法を放ち時間を稼ぐ。それが僕の役目だ。


「ギーーー」「ギーー」「ギーーー」

天板の向こうには何体の魚人がいるのかはわからないが。騒がしいほどの魚人の声が聞こえる。


しばらく炎の魔法を放つと天板と木箱にも火が引火して燃え始めた。いや、実際は天板の奥の魚人達が水魔法を使いだしたので、火の勢いを増すためにも故意に燃え移らせたのだ。


次第に木箱が盛大に燃えはじめ、倉庫内が赤々とした火と煙で満たされていく。



「カイト走れ!!!」

ゲイルの声に振り返ると、倉庫の扉も盛大に燃えていて人が通れるほどの穴が空いていた。


「何事だ〜〜〜〜!!!」「火事だ〜〜〜!!」「精錬工場が燃えているぞ!!」

どこからともなく多くの人の声も聞こえてくる。火事に気づいたものが騒いでいるのだ。


僕は急いで燃えて崩れた扉の穴に向かって走った。


****


「お前ら!!なんて事を!」

「お前らがやったのか!!!」


僕が燃え盛る倉庫の外に駆け出ると剣を構えた男3人がすごい剣幕でゲイルやアビー達に詰め寄っていた。


「いやこれは私たちがやったんじゃない。魚人の仕業だ。」

「そうよ!魚人に襲われているの!!」


「そんな出まかせが通用すると思っているのか!!賊がー!」

「魚人がこんなところにいるわけが・・・・」


「ギーーー!!!!」「ギーー!!!」


奇怪な声が倉庫の外に鳴り響くと、男達もその声の方向を凝視した。

そこには何体もの魚人が倉庫から飛び出して来ていて、倉庫の炎によって魚人のシルエットと長く伸びる影はその動きと相まって得体の知れない獣のようだった。


「逃げないと殺されるぞ」

「まて!!どういうことだ!!その女はなんだ!・・いやバース家の・・」


「死にたいのか? いくぞ!」

そういうとゲイルは拘束している女の肩に手をかけ呆然とする男たちを残して通りすぎる。


「お、おい!」

「ギーーーーー!!!」

「うわ〜〜〜くるな!!!!」


「ぐわーー!!」


警備の男達も慌てて逃げ出すが、逃げ遅れた者の断末魔が響いた。


倉庫が燃える炎に照らされて赤々とする塀と門が見える。

その製錬所の門の外にはすでに何人もの人が集まっていて大騒ぎしていたのだが、そんなのに構っている余裕はない。


「馬車まで走れ。振り返るな!!」

僕たちは走り続ける。


「ギーーー!!」「ギーー!!」


すぐに僕たちを追いかけて3体の魚人が門を飛び出してきた。



やばい!!やばい!!距離が縮まっている。

魚人の人を超えるパワーを先ほど見た。これはすぐに追いつかれてしまうはずだ。


ウインライトとゲイルは女を誘導しているので少し遅い。殿しんがりは僕が務めるしかないだろう。


僕はいったん止まると杖を先頭の魚人に向ける。

「炎よいでよ!!」

詠唱なんて本来いらないが、僕は精神集中する時間も惜しんで声を上げると、赤い宝石が強く輝き数メートルもある激しい炎が吹きだした。

だんだん魔法が上手くなっている!?


しかし、炎を見た魚人は足を緩めるとなんとか炎を回避して立ち止まった。


僕は魔法具の炎を射出し続けることで距離をとるが、すぐに魚人が詠唱を始めると水のシャワーが降り注ぎ、魔法具の炎が水に押され始めた。


だが、それを狙っていたんだ。

これで少し時間が稼げた。


僕は振り返りゲイルの後をもう一度勢いよく走りだす。


馬車が見えた!!!そう安堵した時、


「ギーーー!!」

僕は後ろから突き飛ばされるように衝撃を受け前に倒れ込む。


「うう・・」

背中が痛い。息が苦しい・・・。


倒れ伏した僕がどうにか振り返ると、直ぐ目の前にどす黒い肌をした魚人深きものがギョロっとした気持ちの悪い目でこちら見ていた。

そして水かきの幕と長い爪が特徴的な手を振り上げて僕に飛びかかる・・・これは死んだな・・・。


バリバリバリ!!

ド〜〜〜〜〜〜〜ン!!


一瞬視界が真っ白になるような光を感じたあと魚人がフラフラとして

ドスン!と倒れ込む。



「ギーーー!!」

後に続いていた魚人が立ち止まり大きな声で鳴いた。


「次にうちの雷撃を受けたい魚ちゃんはどいつや!!?」


そこには倉庫の炎の灯りに照らされ赤く染まる髪と耳をなびかせた美しい美少女・・・リオニー立っていた。


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