第100話 地下の悪夢
カイト達からは見えないが通路の出入り口の近くに何かがいるのだろう。
ゲイルはその何かを薄暗い出入り口付近に目で捉えていた。
そいつは魚とカエルが合わさったような頭をしていて、ドス黒い皮膚、鱗が覆った腕、膜の張った指先には鋭くドス黒い爪が輝いている。
人の形をしてはいても体のどの部分も人とは似ても似つかない君の悪い生き物であった。
予想はしていたが、
「お前はだれだ・・。」
通路に得体の知れない・・人間とは全く違う、しかし紛れも無い人の言葉が響く。
「パオロ大司教の使いだ。」
「パオロの使いが何のようだ・・。ダムラスはどこにいるのだ。」
「パオロ大司教からクトゥルフ神の石像を調査するように言われてな。」
「クトゥルフ神の石像?今頃なんの用がある。」
「イエルル異本に解読出来ていない箇所がある。それを調べるために必要だ」
「クトゥルフ神とイエルルの事が書かれた書か。ここの石像はすでにお前たちが写しとったであろう?」
ゲイルは得体の知れない声との会話を続けている。イエルル異本とは何のことだろう?
「本当に全て写しとったのかを確認にきたのだ。」
「わかった。どちらにしろダムラスを通すのが筋だろう。帰ってダムラスと一緒に来い。」
「誰と話している?」
いつの間にか女の喘ぎ声は止んでおり、奥の入り口からもう一体の魚人が通路に進み出てきた。
その体格は砂浜に打ち上げられていた魚人より一回り大きく皮膚は泥のような黒色に見える。
長い腕がだらりと垂れ下がるその姿は蝋燭に照らされて悪魔そのものに見えた。
「お前は誰だ?」
そのままピチャピチャと湿気た音を立てながらゲイルの目の前までやってくると魚人はそう尋ねた。
「パオロ大司教の使いだと言ったが?」
「では、階段近くにいる奴らもパオロの手下か?」
魚人がそう言うや否や、ゲイルは後ろ手にしていた剣を魚人に向けて横に振り抜いた。
しかし、その剣は魚人が身を守るために引き上げた左腕に当たるが、深く切り込んだ状態で止まり、切り落とすまでには至らない。
「ギー!!!」
腕に剣を受けた魚人は奇怪な声を上げると、ゲイルに向かって素早く足を進め、右手を突き刺すように繰り出す。
ゲイルはすぐさま剣を引くと、代わりに魔法具の杖を前に振り出してその手を払う、と同時に、杖の先の赤い宝石が煌めくように輝き炎が吹き出した。
「ギー!!!」
そばにいるだけで火傷しそうな特大の炎を浴びた魚人は慌てて両手で防御の姿勢になると後ろに飛び下がり、奇怪な声を上げながら元来た奥の入り口に逃げ込んだ。
「ギー!!ギー!!」
奥の入り口に逃げ込んだ魚人の奇怪な鳴き声が響き続ける。
すると今度は手前の入り口から通路に2体目の魚人が姿を現す。
「&%+*#&?@・・」
その魚人はよくわからない呪文のような言葉を発している。
ゲイルは慌てて魔法具を向けるが、炎が届く前に魚人が差し出す右手からシャワーのように水が放出された。
魚人が放つ魔法の水の量と勢いは激しく、ゲイルの強力な炎が水によって押し戻される。
「クソッ 魚人が魔法だと!?」
「ゲイル兄さん!!」
ゲイルは形勢が不利なことを悟ると駆けつけたカイト達の位置まで後退するが、魚人から拡散される水はなおも激しく、その強烈な水の飛沫によって通路にあった蝋燭は消え、ゲイルの魔法具の炎はチラチラと明るさが安定しないでいる。
「&%+*#&?@・・」
視界はゲイルの火魔法で僅かに確保されているが、状況は悪い。
ゲイルの火の魔法の力を封じた魚人は一歩一歩距離を縮め迫ってくる。
「アビー。こっちも水魔法だ」とゲイルがアビーに指示を出す。
「任せて。」
通路は広いとはいえ、戦闘を行う事を考えると2人並ぶほどの幅しかない。
アビーはカイトと代わってゲイルの横に並び魔法具を前方に向けた。
一直線に魔法具から飛びだした水柱は魚人の手から放たれるシャワーを貫いて魚人の腹に命中する。
魚人は一瞬怯む様子を見せたが、本当に一瞬だけでその歩みを止める様子はない。
「つづけろ。相手の勢いを抑えろ。」
しかし、魚人は距離を詰めると、跳躍するような一歩を踏み出し、同時に魔法を放つ右手を下げ、振り被った左手を振り下ろす。
「いやー!!」
アビーは叫びながらも杖でその手を防ごうとするが、魚人はその杖を左手で弾くとアビーにその巨体をぶち当てた。
「きゃあ!!!」
カイトに向かって弾き飛ばされるアビー。
カイトはアビーを受け止め、そのまま一緒に後ろに倒れ込む。
「ううう。」
アビーが呻き声を上げる。受け止めたカイトも衝撃で右手の剣を落としてしまった。
「アビー。大丈夫か!」
ウインライトはすかさず2人と魚人の間に入ると、剣を相手に突き刺すように前に運ぶ。
同時にアビーとカイトが倒れるのを見て、右手に持つ剣を斜めに振りかぶるゲイル。
ウインライトの突きは魚人の左手に突き刺さるが大したダメージは与えられない。だが加えて次の瞬間、ゲイルの剣が鋭く振るわれた。
魚人はその剣にも反応して右腕で防ぐと、ゲイルの剣はその腕の骨で受け止められていた。
「ギーーー!!」
骨を切り裂くことはできないものの、ダメージはあるのだろう。魚人がゲイルから距離を取り下がっていく。
「硬い・・。だが・・これで水魔法の詠唱は止まったな」
ゲイルは足を踏み出すと再び火の魔法具を突きつけ魔法具の宝石が輝く。
ゴーーー!!
杖の先から巨大な炎が噴出する。
炎が魚人に達するその時、またしてもシャワーのような水の飛沫が舞い、その炎の勢いは減衰してしまう。
暗がりでの戦闘でいつのまにかもう一体の魚人が近づいてきていた事に全く気づいていなかったのだ。
「アビーは後ろで待機して。ウインライト!僕が前に出る」
「なぜだ!俺の剣技見せてやるぜ。」
「僕も火魔法で攻めるよ。ウインライトは今度奴が体当たり気味に突っ込んできた時に突で合わせて。」
「OK!!いいアイデアだ」
仲間が水魔法を使っている事で火魔法の脅威はないと判断したのだろう。
先ほどの体当たりを仕掛けた一体が再び前に跳躍するようなダッシュをするが、同じタイミングでカイトの杖から炎が噴き出した。
「ギーー!」
至近距離で炎を浴びた魚人はすぐに足を止めるが、カイトは逆に足を踏み出し間合いを詰めると火の魔法を放ったの杖を引き、反対の右手に構えていた剣を魚人の腹目掛けて鋭く突き刺した。
魚人は避けることができず、カイトの剣が腹をえぐる。
そのまま魚人が1歩、2歩後退すると、引き抜かれたカイトの剣には魚人のものと思われる赤黒い体液が滴っていた。
「ギー・・・・。人間如きが。お前らは黙って我らの復活を支えればいいのだ。」
腹を割かれたはずの魚人にはまだ喋れるほど余力があるようだ。
カイトはその言葉を無視して剣を振りかぶると更に前へ足を踏み出し、上段から振り下ろす。
カン!!
鈍い金属音がする。
力みすぎたのか、天井にあたってしまった剣は力無く振り下ろされ魚人に届かない。
「ギーー!」
その間に魚人は奇怪な声を上げながら後ろ向きにステップを踏み、もう一体の位置まで距離をとった。
「しぶといですね。」
「こいつらは変態して時間が経つと深い海で耐えられる肉体を持つようになるそうだからな。」
「深きものとはそう言う意味なのですね。」
「ギ・ギル・ギ・・。ここに・何しにきた?」
もう一体の魚人が水の詠唱を止め声をかけてくる。
「クトゥルフ神の石像に用があると言っただろう。」
「なぜお前達がそれを知っている。」
「パオロから聞いたからな」
「パオロめ。裏切ったのか!?・・・。お前達は何を求めている?」
「神の力そのものだ。」
ゲイルはそう言うと、炎を強め前に進む。
「ゲイル兄さん?」
「カイト、ウインライト、剣を取れ。こいつらを殺るぞ」
「そうこなくっちゃな!!」
「&%+*#&?@・・」
魚人が再び詠唱を唱え始めると、突き出した手の先からは勢いのある水が散布され、やはりゲイルの火魔法の威力が減衰する。
だが、ゲイルは左手の火魔法を緩めることなく一歩ずつ距離を縮め、右手に持つ剣を斜め上段に構える。
カイトは戦いながら火魔法を維持することはできないため、火の魔法具の前にかざしてはいるが、使ってはいない。
その代わり右手の剣を斜め上段にすると、ゲイルに続き前に進んでいく。
先に攻撃に出たのは魚人だった。
「ギーェルゥーーー!!」
カイトの前の魚人が詠唱をやめて奇怪な言葉を発したかと思うとまた突撃してくる。
僕は火魔法を使うタイミングが合わず魔法を諦め、代わりに右手の剣を振り下ろすが、剣は再度魚人の腕によって防がれてしまった。もちろん肉は切り裂いているが、骨で止まっている。魚人の骨は本当に硬い。
そのままの勢いで魚人がカイトに迫る。
だが、カイトに魚人の手の爪が触れるその直前、ウインライトの剣先が前がかりになった魚人の頭に炸裂した。
剣は魚人の大きな口を貫き後頭部から飛び出すと、その後頭部から魚人の体液が飛び散った。
そしてそのままウインライトは剣を切り上げながら抜く。
「・・・」
・・ドスン!!
ものも言わず、いや、言えず、倒れ伏す魚人。
「裏切り者の人間どもめ。この礼はさせてもらうぞ。」
もう一体の魚人はそういうと、後退りを始めた。
「逃がすと思うか!」
ゲイルが一気に前に足を進め、鋭く剣を振り下ろす。
だが、その鋭い剣も魚人は強靭な脚力のバックステップによってかわすと、そのまま振り返り通路の奥へ走り出した。
いや、走るというよりもジャンプに近いかもしれない。一歩の距離が人間のそれとは違いかなり長い。
魚人は追いかけるゲイルを簡単に引き離し通路の奥の暗がりに消える。
・・その後すぐに
ザブン!!!
水に飛び込む音が聞こえた。
遅れてその場に来たゲイルが見たのは岩肌丸出しの洞窟に広がる池のような水面だった。
予想通りインストス大聖堂の地下は海に繋がっているのだろう。
「逃したか・・・。まずい。仲間がいる可能性もある。」
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