第99話 潜入
その夜、僕たちはゲイルと共にインストス大聖堂の側に来ていた。
ゲイル兄さんはその地下で邪教崇拝と深きものの繁殖行為が行われていると言う。
この世界がゲーム《ルーンレコード》の世界であるならばそれは事実なのだろう。
僕は当初は大聖堂の潜入とまでは思っていなかったけど、ゲイル兄さんがやるというのだから、僕はゲイル兄さんを信じるまでだ。
潜入には危険が伴う。教会関係者に見つかるだけならドレイン方伯の力でなんとか誤魔化すことはできるとしても、地下で魚人に遭遇すればどうなるかはわからない。
しかし将来起きるであろうパオロの暴走を止めるキッカケになるならその価値はある。
ゲイルと僕、ウインライトは居酒屋を出た後、アビーとリオニーに3人で大聖堂の地下へ潜入すると告げると最初は驚いていたが、2人ともこの危険な潜入に同行すると言いだした。
結局、リオニーとカトリーヌ、エマ(ゲイルの侍女)は馬車にて待機して、アビーは同行することになった。
装備の多くはゲイルが用意していて、全員に革鎧と腰に鉄の輪が2枚ついた重厚なベルトが渡され、それとは別に僕には火魔法の杖と動魔法の杖が用意されていた。
大聖堂から道を挟んだ反対側には高い塀が続く場所があるが、これが話にあった
大聖堂と何らかの関係があるかもしれないが、まずは大聖堂の地下を確認するのが先決である。
夜空には2つの月が登り明るく輝いて街を照らしている。こんな夜は視界は良いがその分目立ちやすい。
僕たちは馬車を大聖堂から少し離れた西よりの場所に待機させ、ひと目につかないように大聖堂西側の影に駆け足で回り込んだ。
大聖堂北西には鐘撞塔があり、その下でゲイルは背負ったカバンを降ろすとロープを取り出し地面に置き、動の魔法具の先端をそのロープに向ける。
「途中までは私だけで持ち上げるが、途中からは重くて難しい。2人も力を合わせてくれ。」
ゲイルの持つ魔法具の宝石が輝くと、ロープの輪になった先端がスルスルと伸びるように登っていく。
しかしロープが3階くらいの高さにまで登ったところで次第に動きが鈍くなり、ついには上昇を止めた。
「お前たちの協力が必要だ。ゆっくりだ。ゆっくり輪の部分だけに集中して上にあげていくぞ」
「わかりました。お兄様」
「あいよ。まかしとけ」
僕とウインライトも動の魔法具を掲げ意識を集中すると、再びロープの先がゆっくり上昇を始め、やがてロープの先端が3階の屋根を超え、鐘撞塔にまでロープの先が達した。
「集中しろ。柵に輪をかけるぞ!」
月明かりで視界は良いと言っても鐘撞塔まではかなり離れているため正確なコントロールが難しい。
「集中しろ!!ここで落ちたら最初からだぞ!」
「まかせろって!」
最初は3人の息が合わずにロープが右往左往するが、徐々にコントロールを取り戻すとどうにか柵の先端の鏃のような部分にロープをかける事に成功する。
「すごいわね。3人とも」
アビーが驚嘆の声を上げる。
「3人寄れば文殊の知恵ってね」
「上手いことを言うな。適切な使い方だ。」
「何が上手いのかさっぱりだ。もんじゅってなんだ?」
「ドレイン家の隠語かしら?」
ゲイルはロープを何度かひっぱり体重を預けるのに問題ないことを確認すると、壁に足をつけ垂直に数歩登ってみせる。
「一人ずつ登っていくぞ。ロープを説明した通りに腰のベルトの輪に通せ。上に登るたびに腰に通したロープをたぐって固定しろ。腕力だけではあの高さにはいけないからな。」
レクチャーが終わると、「最初は私から登るので合図をするまで待っていろ」と指示を出し、まるでレンジャーのように壁を一歩一歩登っていく。
ゲイルが鐘塔の上にたどり着いたのが確認できると、僕がロープを手に取る。
最初はスムーズに登っていけるが2階あたりでもう腕が限界だ。
確かに腰のベルトで支えていなければ落下していただろう。
ゲイル兄さんはどこでこんな登り方を覚えたのか?やはり日本での知識だろうか?
日本で40過ぎまで歳を重ねた知識と経験は高校生だった僕よりずっと上だと言うのは間違いがない。
そういやゲイルに転生した美剣城真人って謎が多い。生まれはどこなのか?大学は?彼女は・・いたはずだが・・名前も知らない。
何故18禁美少女ゲームのディレクターなんてやっているのか?
まあ、ラノベに全てが描けるはずもなく、描かれる予定だったとしてもその前に僕は転生してしまっている。
一休みすると、腕の疲れがずいぶんマシになっていた。
***
無事4人とも鐘撞塔に到達する。
教会の鐘は日の入り時に打たれたあとは、日の出まで打たれることはない。その間は人が来ることはないはずだ。
「先に行く、少し待っていろ」
ゲイルが大きな鐘の真下から伸びる梯子を下るとすぐに下で炎が点るのがわかる。
「いいぞ。こい」
下の階ではゲイルが火の魔法具の先に小さな炎を灯らせて辺りを照らしていた。
絶妙な大きさの炎だ。
魔法の力を細かくコントロールし、しかも行動しながら維持するのは熟練した技量が必要で難しい技になる。簡単にやってのけるゲイルは正に天才なのだろう。
そこからは更に下に続く階段があり、階段の出口の扉の先は廊下になっていた。
廊下には所々に蝋燭があり、全く視界がないわけではないが、暗く薄気味悪い通路を見ると幽霊屋敷に来たかのような気分になる。
大聖堂の構造は聖堂の空間を囲むように四角く建物が作られていて、これは聖アウグスト大聖堂等の他の大聖堂とほぼ同じようだ。
4隅には下に続く階段があり、杖から炎を灯すゲイルを先頭にゆっくりと音を立てないように下に降りていく。
とうとう大聖堂の1階部分に来た。
階段を降りた場所は廊下と聖堂内への入り口に繋がっていて、数多くの蝋燭に照らされた広い空間の聖堂内部を垣間見ることができる。
蝋燭の光は近くの壁と、使徒を模した像を照らすが、上に行くほど闇が深くなり以前に来た時よりもずっと不気味で悪魔出てきそうな気配を帯びている。
聖堂の祭壇の近くで影がゆらめいた。
何かがいる・・・・。
・・・人だった・・。
修道士だろうか?どうやら消えた蝋燭の交換をしているようだ。悪魔が出たかと心臓がバクバクしたよ。
「聖堂内には用はない。祭壇の裏側の廊下に地下への入り口があるはずだ。」
ゲイル兄さんは緊張で心臓が脈打つ僕にそう告げると、音を立てないようにゆっくりと廊下の奥を進んでく。
ゲイルお兄さんは僕の精神安定剤だね。何故か妙に安堵してゲイルの後を追いかけた。
祭壇の裏側の位置にはゲイルの言う通り、重厚な扉があり、大きな金属の錠がかけられている。
これが地下に降りる階段への扉であるのは場所的に考えても確かだろう。
「これをどう外すかだが・・、少し離れていろ。」
ゲイルは僕達を後ろに下げると、火の魔法具を南京錠がかかっている留め具の方に向ける。
魔法具の宝石が鋭く輝を増す。
ゴーーー!!
拳大だった炎が50cmほど勢いよく飛び出る炎に変わった。
金属の留め具が熱せられ赤くなっていく。同時に木が焦げる匂いが漂うが、南京錠に比べて扉の留め具部分は薄い金属だったからか、赤く熱せられた留め具はその裏にある木が燃える前に下に伸び始め、最後は重い南京錠を支えきれなくなり千切れた。
ゴン!!!
地面に当たった南京錠が鈍い大きな音を立てる。
「すごい。お兄様は魔法の天才ですね」
「ゲイルはやっぱすごいな」
「火の魔法は便利ね」
「お世辞を言っている場合か。急いで中に入るぞ。最後に扉を閉めるのを忘れるな。」
扉の先はすぐに螺旋状の階段になっていた。
大きく湾曲する階段の先はいよいよ大聖堂の地下である。秘密の儀式、祭壇、ダゴン・深きもの信仰の全貌が明らかになるかもしれない。
だが、狂信者や魚人たちに見つかれば確実に襲われるだろう。生きて帰るためには慎重に行動する必要がある。
「アア! イイ!! アアア!!」
階段を降り始めてすぐに、暗い階段の奥から
何か得体の知れない声が聞こえてきた。
階段を降りるごとにその声は大きくなり、それが女性が喘いでいる声だとわかる。
「こ、これは誰かがセックスをしているってこと?・・・」
アビーが不安そうな表情でゲイルに尋ねた。
「そうだろうな。人はみな行うことだ。お前もな。」
「私はそんなことしません・・。」
「そうか。ルークは奥手だからな。」
「お兄様、アビーに変なことを言うのはやめてくれますか?」
「大きな声をだすな。・・・。とりあえずここはそう言う場所のようだな」
「すみません。儀式でしょうか??」
「いや、そう言えるのかもしれんが、もう状態化しているのだろう。
パオロと悪魔崇拝を結ぶ何かがあれば良いのだ。証人でもいい。」
階段の先は広い通路のようなところで、大聖堂と同じように漆喰で塗り固められた壁になっている。そしてその壁には10mほどの等間隔に蝋燭台があり薄暗く天井を照らしていた。
女性の声は通路の先から聞こえて来て来るようだ。通路はずっと奥の方まで続いていて先は見えないが、確認できる範囲に左右に1つづつ出入り口らしきものがあるのがわかる。
「ここにいろ。通路の先がどうなってるか確認してくる。」
そういうとゲイルは魔法具の火を消し、出入り口の方に近づいていくが、出入り口に達する前に止まるとそこで腰の剣に手をかけた。
ベチャ ベチャ
ベチャ ベチャ
出入り口から何か奇妙な音が聞こえるのがわかる。それは徐々に大きくなり近づいてきているようだ。
音がする出入り口に何かを見たゲイルは腰にまわした右手で剣をゆっくり抜く。
ベチャ・・
通路の出入り口の手前に何か人の形をした影が立っている。
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