第98話 海の神の祟り

「いやあ!兄ちゃん達良い飲みっぷりだねぇ!ここのエールはうまいだろう?

今でもアーブル大陸の製法で作っているらしいからな。暑い日は仕事中でもみなココに飲みにくるのさ。」


ウインライトと僕がとっても美味しそうにエールを飲むのを見て、飲み屋で話しかけて来た男も上機嫌のようだ。


「確かに美味いな。アーブル大陸ではエールの製法が違うのか?」


ゲイルも一口飲んでエールのうまさに驚いたのかもしれない。


「いや、俺も詳しくはしらねえ。この街は古くは混乱期にアーブル大陸から移住してきたものが建てた街だからな。イハリア時代からイハリアの海の玄関口として伝統もある。その伝統の技なんだろうよ。」


「そうかなるほど旨いわけだ・・。そういやこの街の変な噂を聞いたんだが」


「変な噂?なんだ。この街には変な噂がいっぱいあるからな。」


「とびきり変な噂だ。この街には魚人が現れると聞いた。」


「やっぱりか。」

男はいつもの事のような顔をしてそう答えるとエールを飲み干す。


「お姉さん。こいつにエールをもう一杯頼む。」

「あいよ。」


「魚人はそんなに話題になっているのか?」


「ああ、最近は魚人の話はみんなしてるさ。商会の人間からは口止めされてるけどな。」


「商会というのはルーベッド・メルシュ商会の事だな。なぜ口止めされている。」


「魚人が出る街なんて誰も近寄らなくなるからな。まあ、皇都の玄関口だから荷揚げは減ってない。しかし街の雰囲気は悪くなる一方だな。」


「よそ者の私たちにそんな話をしてもいいのか?」


「どうせ隠すのは不可能だ。エールも奢ってもらえるし、そもそも俺もよそ者だしな。

ハハハッ

ここは景気がいいから近くの村や街から人が集まってくる。俺も2つほど離れた村からここに出稼ぎってわけさ。

こうやって毎日飲めるほどの金をもらえるから荷下ろしなんかをやっているが、よそから来た俺みたいなやつはみんなこの街を気味悪がっているぜ。」


「先日、私たちも魚人の死体を見たので気になってな。」

「あんた達、見ちゃったのかい。どこで見たんだい?」


「ああ、ここからすぐの浜辺だ。」

「浜ということは殺されて打上げられたんだな。」


「なぜ殺されたと思うのだ?」

「大きな声では言えないがね。俺は魚人を殺して海に放り込んだ事があるのさ。」


男は声を小さくしてそう告げた。


「その魚人は君の仲間が変態したのではないか?」


「・・・。

そこまで知っているのかよ。そうだぜ。そいつは俺の仲間なんかじゃないけどな。」


そういうと男はテーブルに前のめりになり、さらに声を小さな声で話を続ける。


「魚人になったのは荷下ろし場の頭さ。

突然苦しみだしたと思えば体が魚人に変わっていくんだよ。怖くてみんなで殴り殺して海に捨てた。

人が魚人になるのは海の神さんの祟りだって話だが、祟られているのは・・・。メルシュ家だぜ。」


「メルシュ家・・。なぜそう思う?」

「メルシュ家の女が産む子は次々に行方不明になっているんだぜ。いや、それだけじゃない。俺達が殺した魚人はそのメルシュ家の女の子供だったしな。

それに、、みんなが思っていることだが・・あいつらちょっと魚っぽい顔つきをしてるんだ。」


「メルシュ家の人間を殺したのか??

大事になるだろう?隠し通せたのか?」


「いや、リリーというメルシュ家からバース家に嫁いだ女の息子だからバース家の男だ。

俺たちは慌てたさ。魚人の死体をどうすればいいのかわからなかったからな。

みんなで殺したんだ隠すなんて出来るわけもねぇ。全てそのままダムラスさんの部下に伝えたよ。

すると海に捨てろと言われた。それと絶対に他言するなとね。」


「興味深い話だが、他言するなと言われた事を本当に私たちに喋っていいのか?」


「そんなもん、この街じゃもう知らないもんはいないさ。それに今日は全て奢ってくれるんだろ??」



「おいロッキー。誰と飲んでるんだ?」

「おお。ガーディル。やっと来たか。お前がくるのが遅いからな。この駆け出しの傭兵に声かけてたんだ。」


「面白い話のお礼だ。そいつの分も私が奢ってやる。」



「えっ。ほんとかあ?! 稼ぎがいいってのは嘘じゃないんだな。」

「君のような若い男に奢ってもらうってのも格好がつかないな・・。」

「何言ってるんだガーディル。稼いだら使う。それが礼儀だぜ。

こいつはさっき話があったバース家のバース製錬所ってきんの精錬をやってる工場で警備をしているガーディルってやつだ。御相伴に預かるぜ」


ガーディルと呼ばれた男は、少し太ってはいるががっしりした体格でベージュの小綺麗な服の上に革の鎧を着込み、剣も腰につけている。

警備をしているというが、隣の男と比べると品も良さそうな顔立ちをしていた。


「ガーディルだ。じゃあ今日は非番だし遠慮なく飲むとするか。しかし若いのに稼ぎのいい所で護衛をやっているんだな。」


「そう言うあたなも稼いでそうな仕事だな。」

「お兄様は腕は立ちますのでね。遠慮なく飲んでください。で、金の製錬所がこの街にあるのですか?」


僕はゲイルとロッキーと呼ばれる男の話をただ聞いていただけだったが、バース家の金の製錬所の話に俄然興味が湧き、ガーディルという男に声をかける。


「そうだ。俺は製錬所の門番だ。あと、港へ金塊を運び出す時の護衛もやる。稼ぎはロッキーよりは上だろうな。ハハハッ」


「次はお前が奢れよ、ガーディル」


「こんなところに金山があるなんて聞いたことはありませんが?」


「金山は海を超えたメルアギティ島にあるんだそうだ。」


「メルアギティ島に金山が? そんな話も聞いたのは初めてです。」

「島の金山とはメルシュ家が独占取引しているらしくてな。それをバース家が製錬している。バース家はメルシュ家の分家だが舎弟みたいなもんだからな。

俺はただの門番だが、金を奪おうと言うやつは結構いるから金の製錬がある限り俺は食いっぱぐれないわけさ。子供の頃から喧嘩で鍛えた甲斐があったな。ハハハッ」


「金塊だぜ。金塊。メルシュ家はボロ儲けさ。俺にもよこせってんだ。」


「金の製錬所はどこにあるんです?」


「なんだ!?お前も金塊を狙ってるのか?やめとけよ。バース家は恐ろしい奴の巣窟だぜ。まず目がやばい。魚っぽい目でギョロって睨んできやがるし、とりあえず恐ろしいんだ。何人か奴らの商売の秘密を知った奴が始末されたって噂もある。

おっと大きな声ではいえねえ。けどバース家に関わるのはやめとけ」


「ロッキー。お前なあ。俺はバース家から給金をもらってるんだぞ。」


「いえ、奪うなんて滅相もない。きんの製錬所がこんなところにあることに興味が沸いただけです。」


「場所なんてみんな知ってるさ。海岸沿いの・・、今いる港から西に大聖堂があるのがわかるか?」


「大聖堂には一度行きましたのでわかります。」

「大聖堂から大通りを挟んで反対側に高い壁に囲まれた建物がある。それがそうさ。間違っても金を盗ろうなんて思わない事だ。

ハハハッ」


「大聖堂のそばなんですね。」

僕はゲイルに目配せをすると、ゲイルも小さく頷く。


「でも、不思議なんだよな。製錬所ってのがどう言うところか俺は知らないが、メルアギティ島からの船の荷に金の原料なんて無いと思うがな。俺は見たことないぜ。」


「ああ。確かにな。俺は門番だからな出入りはチェックしている。バース家の奴らがたまに馬車でやってくるが・・。いやこれ以上は他言無用だ。すまない。」


「それは不思議ですね。メルアギティ島の金山と金の独占売買ですか・・。」


「金塊の話はわかった。私たちは金塊には興味がないから安心しろ。」

そう言って僕に目配せしてくるゲイル。何を聞けと??


「それよりも、そのきんを仕入れているというメルシュ家ですが、かなり失踪者が多いとお聞きしましたが、本当ですか?」


「ロッキー、よそ者に変な話を吹き込むんじゃない。」

「何言ってやがる。お前も俺と同郷のよそ者じゃねえか」


「お前と一緒にするな。今は立場がちがうだろう」

「奢ってくれるやつに悪い奴はいない。景気良く喋ってやれよ。」


「失踪者はいるのはいるが、それがどうしたというのだ?」

「ローレント・メルシュ会長も10年前に失踪したとか」


「ロッキー!」

「俺はそんな事いっちゃいないぞ。兄ちゃん達よくしってるな。誰から聞いたんだい」


「インストス大聖堂の司祭様からです。ローレント会長の他にもメルシュ家には失踪者、そして魚人に変態するものが多数いるとききました。


「大聖堂の司祭様から聞いたなら何にも問題ないな。ここだけの話、海の神の祟りだと言うものもいるし、メルシュ家は魚人の血を引いているって言うものもいるぜ」


「おい。やめとけって。魚人の話はするなといわれてるだろ。目をつけられたら仕事から干されるだけじゃ済まないぞ。」


「たしかにな。この酒場にはあまり顔を出さないが、陰湿でイカれた奴もたくさんいるからな。魚人の血ってのは無しだ。まあエール代はしゃべったしここまでだ。」


「ガーディルと言ったか。最後に、ダムラス商会長に会いたいのだが。伝手はないのか?」

「ダムラス会長に?無理だなダムラス会長は滅多に外に顔を見せないし、会えるのはほんの一握りだけだ。最近は特に病気がちで人に会いたがらないと言う話だ。よそ者の傭兵が会えるはずもない。」


「そうか。わかった。」



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