第94話 ドレイン家皇都邸にて2

夏休みに入った時に父ドレイン方伯ことヴァルター-ドレインから皇都に所要があるので、半月ほど滞在するから屋敷に顔をだせとの手紙が来ていた。


そして、今日がその日である。


ドレイン方伯の屋敷は巨大な皇城の中でも一際目立つロンドアダマス大聖堂から見下ろしてすぐの一等地にある。

もちろん、皇城の中に屋敷があるわけではない。皇城の北門からほど近い場所だ。


「お父様、お久しぶりでございます。長旅でお疲れになられたでしょう」


「おお、カイトよ学園生活はどうだ。私も5属性の天才魔法使いを息子に持って鼻高々だ。ハハハッ」

「天才は言い過ぎですよ。お兄様と比べるとまだまだです。」


「何を謙遜している。先日はゲイルを襲撃者から助けたそうだな。」

「いえ、お兄様が襲われておりましたので助太刀に行っただけで、相手は逃げて行きました。」


「そうか、これからも兄をしっかり支えるのだぞ。」


「もちろんですお父様。僕は兄上をお慕いしております。ただ・・。兄上は私を弟とは認めてくれておりません。」


「そうだな。ゲイルもそのような事を言っておった。

しかし、ゲイルも大人になって随分物分かりも良くなってきた。お前が兄に尽くせばそのうち認めてもらえるだろう。」


「はい。頑張ります」


「それで学園生活のほうはどうだ。」

「夏合宿でかなり成長できたような気がします。ただ、合宿では攻撃魔法より再生魔法が大活躍しまして。」


「再生魔法!?!?」

「はい。」


「お前は再生魔法も使えるのか!?!」

「何故か使えるようです。」


「5属性に再生魔法・・・・。英雄アーノルドに匹敵するではないか!?!?」

「いえ、いえ、そんな英雄様と名前を並べるなんて失礼すぎますよ。」


「いや・・・・・。本当なのか・・・?」

「それが本当なのです。学園からは口外しないように言われておりますが、お父様にはお伝えしておこうと。」


「お前には家督はやれんと言った。

家督はやれん・・が将来お前が望むならそれ以外はなんでもやろう。その代わり兄を助けてドレイン家を繁栄させる。それを約束せよ。」

「はい。もちろんです。」


「でも、それは僕には過ぎた話ですし、将来にそんな大それたものが欲しいとも思いません。

それよりも・・・魔法具が今は欲しいです。」


「魔法具??」


「とりあえず、治癒魔法と再生魔法、あと5属性を組み合わせた複合の魔法具を色々と作りたいと思っていまして・・・。」


「お前が魔法の大天才であるのはドレイン家にとっても誉だ。魔法具など必要ならいくらでも作ればいい。金は出してやる。」


「ほ、ほんとですか!?やった!

えっと・・・それと、新しい魔法具も生み出したいと思っているのですが・・・試作になるので随分お金がかかるのですが・・ど、どうでしょうか?」


「新しい魔法具? とはなんだ。」


「いえ、複合魔法を研究すれば何か新しい魔法が生み出せるのではないかと・・。」


「!!!! 新しい魔法だと?!」


「いえ、まだまだ勉強が足りないので今は無理です。ですが5属性が使えて治癒や再生が使えますので・・・組み合わせも色々とできそうだなと。」


「おもしろい!!!やってみろ。金などいくらでもある。お前が使う分くらいの魔法具など屁でもない。」


「ありがとうございます!!!!!!!!」


「であれば、手形が必要になるな。手形を発行できるように皇都の公証人と手形を扱える商会を手配しよう。」


「公証人??手形??」

カイトは手形を知らなかった。


***


皇国が誕生して600年、その間にいくつもの戦争があったとはいえ、皇帝権力による広範囲の政治的な安定と高い治安レベルによる物流リスクの低下は人々の商業熱を高め、急速に商業が発展していった。特に大河川を使った商業域の拡大は多くの富をもたらしその規模は600年まえとは比べものにならない大きさになっている。


しかし、商業が活発になると問題になるのが貨幣である。


少量で多くのものを同じ価値基準で取引できるという貨幣は、商売が発展するためには必要不可欠であり、人類史上もっとも価値がある発明と呼べるものではある。


しかし、取引の規模が大きくなると大金を常時持ち運ぶ必要がでてきてしまうのが問題になった。貨幣も集まれば相当な量になる、なにより大金を狙った賊達を呼び寄せることになる。大金を遠くへ運ぶのはリスクが高すぎるのである。


そのリスクを信用を使って無くしてしまおうというのが手形などの取引だ。

大手商会は各地域に支店を持つ。ある店にお金を預けていれば、他の支店でお金を下ろせる。

実際は下ろすのではなく手形と言われる商業公正証書にて決済をし、取引先は期日が来たら公正証書を支店に持っていって支払いを受けるわけだ。

その間はお金の貸し借りが発生しているので、サービスの提供者(両替商とも呼ばれる)は金貸し屋でもあり金借り屋でもある。


ようするに現代日本の銀行ネットワークと同じだ。そう言ったサービスを行っているのは銀行ではなく大手商会だという点が違い、ほとんどは巨大な商業組織であり、日本でも江戸時代には鴻池家などの巨大商人が行っていた。

(※両替商という言葉はまんま江戸時代で使われていた言葉で、両替とは貨幣の価値を計算して別の貨幣に交換するサービス。それが高利貸しや手形サービスに発展していく。)


この手形決済の仕組みも問題がないわけではない。物理的なリスクは大幅に軽減されるが信用リスクが生まれる。手形(商業公正証書)を交わしたとしても実際に支払いが行われる保証はないのだから。

そのため確実に金が支払われると思われる、信用がある大手商会しか出来ないサービスである。


また証書が改竄されるリスクも多分にあるので、手形などの証書だけでなくあらゆる証書の改竄やトラブルを防ぐために証書を作成し、証書の信用を担保する公証人と呼ばれる資格を持つものが必要になった。公証人を含めた三者によって証書が作られることになる。※手数料もかなり必要になる。

ちなみに公証人は皇都であれば皇帝から資格を授かっていて(もちろん皇国の役人が皇帝の名の下に承認する)、地方であれば皇帝から下腸された権限を持つものが授けることになる。ドレイン方伯もヨースランド領内ではその権限を持つが、皇都では皇帝から資格を授かった公証人が必要になる。

問題が起きた時の法廷は皇都の法廷になるからだ。



********



「お父様、お呼びでしょうか?」

「ゲイルか、今日はカイトと3人で少しだけ話をしておこうと思ってな。隣に座りなさい」


「はい。では」


「お前はカイトを弟と思わないと言っておったが、カイトは紛れもなく私の子供だ。そこは認めろ。」


「お父様がそういうのであれば。」


「カイトよ。お前は嫡男であるゲイルを支えるとここで約束しなさい。」


「もちろんです。私はドレイン家の末席に入れてもらえたもの。兄上を支えるのは当然だと思っています。兄を支えると誓います。」


「そうか。それなら何も問題はない。ではお互いに手をとれ。」


「お兄様。これからよろしくお願いします。」

カイトは兄を見つめて両手を差し出すが、ゲイルは右手をその上に乗せただけだった。


「カイト、後で話がある。顔を貸せ。」

ゲイルは小声でそう言った。


**********

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