第92話 打ち上げ

「皆様、こちらでございます。」


カトリーヌがバス旅行のガイドのようになって先頭を歩いている。


観光をしているわけではない。食事する場所に向かっているのだ。


今回は飲んで騒げる気さくな飯屋にしようと言うことになって、マーガレットの店でドレスから普段着に着替えて街に繰り出したのだが、カトリーヌが何だか張り切り気味なのは何故だろう?


「右手に見えますのは、皇都一の高級ホテルで名高いヘルマンでございます。今日はここでは食事はしません。カイト様より予算を抑えろとの厳しいご指示がありまして、泣く泣く諦めた次第です。」


最後の予算云々いる?


カトリーヌが皇立大劇場側に立つ高級ホテル「ヘルマン」推しなのはわかった。


大劇場で演劇を見るために訪れる貴族達御用達の宿で、レストランのレベルが高いらしいのだ。カトリーヌの調査能力は信用しているので、確かなのだろう。

しかし、高い。良いお値段なのだ。美味かろう高かろうである。


そのヘルマンの入り口には高級ホテルだけあってホテルマンと警備兵が2名立っていて、ホテルの横には大きな馬車用の厩舎まである。


ふと、その高級ホテルに入っていく男性に目が止まる・・。


ルーク!?。


「ルーク!!」と声を上げようとした瞬間、アビーが僕の腕を掴んだ。


「呼ばなくていいわ。」


アビーは悲しいのか怒っているのかわからない複雑な顔をして僕を止めた。

他のメンバーもそれを見てルークが歩いていることを察したが、誰も口にはださない。


「わかった。また学園で仲良く元通りにやれるといいんだけどな。」


「今は無理よ・・。」


「そっか。。じゃあアビー!今日は飲もう!」

「うん!そうする。」


結局ルークはそのままホテルヘルマンに入って行く。ホテルで誰かと待ち合わせしているのだろう。

僕もアビーもそれがエリザベスだということは予想ができた。



*****



「夏合宿の無事の生還と夏休み補完計画の成功を祝して乾杯!!」


アビー、マーガレット、リオニー、シャルロット、ウインライト、ビアンカ、カトリーヌ。そして僕が、一斉に木のジョッキに入ったエールを持ち上げぶつけ合う。


今回のレストランは2階からが宿になっている宿の食堂のような店だった。

多くの人で賑わっていて、雰囲気は居酒屋っぽい感じだ。カトリーヌが僕の要望を聞いて探してくれたみたい。

ごめんねヘルマンではなくて。


「いやーでも本当にみんなビーストウッドから無事に帰ってこられてよかったね。」


マーガレットが開口一番に合宿からの帰還の話を切り出した。


「そうだなー俺の班なんて負傷者ゼロだぜ!」


「ウインライトもカイトもええ動きやったで。うちらのチームワークの勝利やな。」


「シャルロットも頑張ったの・・」


「そうだね。シャルロットも頑張った」


「私とマーガレットの班はサイモンが負傷しちゃったけど・・カイトの魔法で助かったし、ほんとカイトは大活躍だったわね。」


「サイモンがワイルドボアの突進を受けた時は正直死んだかと思ったよ。ほんと助かって良かった。

カイトは戦闘に参加せず再生魔法ばっかりやった方がいいんじゃない?」


どうやら、マーガレットは僕を再生職人にしたいらしい。僕はそんなの嫌だ。

だから再生魔法の話は内密にしてほしい。


「僕の魔法が役に立ててなにより。でも再生魔法のことは秘密だよ。ここでは声を小さくね。」


「そうだったね。ごめん。ついうっかりしちゃったよ」


「そういやアレッシオがアルウィンをお化け毒蜘蛛の巣に放り投げたってのはビックリしたよね。絶対一緒に行動したくないよ。」


「あっ。アルウィンは僕が治療したんだけど、アレッシオがアリーチェに下品な事を言ってるのに腹が立って止めに入ったんだって。でも逆ギレされて投げ込まれたって聞いた。」


「なにそれ、アルウィンかっこいいやん!アリーチェ守ろうとしたん?痺れるわ〜。」


「でもアリーチェはゲイル様一筋なんでしょ?」

「そこやねん。だからこそアルウィン狙い目ちゃう??」


お姉様方の井戸端会議になってきたな・・・。



「最後のキャンプはエリザベス殿下誘拐事件で大変だったね。でも殿下が無事でよかった」


ちょっと話題を変えてみる。


「ルークはすげえよな。雨の暗闇の森を走って追いかけて、剣一本で救ったって話だからな。あいつは凄いとおもうよ。

・・・でもそれで皇女殿下にメロメロにやられちゃったか。。」


ウインライトが酒の勢いで笑いながら話すが、やはりルークの話にアビーは不機嫌そうだ。正直この話題は失敗したかもしれないが、言ってしまったものは仕方がない。


「実は昨日、お店に来たお客さんから噂で聞いたんだけど・・どうやら皇帝陛下からルークに賜与があったそうよ」


「えっ。ルークが・・褒賞されたってこと?」


アビーは真剣な顔で聞き返す。


「皇女殿下を救ったことに対して褒章されたみたい」


「褒章・・勲章をもらったと言うことね」


「そうそう。それで男爵位を叙爵されたんだって」


「ルークが男爵に・・?」


「そういや、夏休みの初めの頃に皇室の旗を立てた馬車が学園に来とったで。エリザベス殿下かと思ったけど休みやしおかしいなと思っとってん」


「ルークが叙爵されたのか。そうなると正式に爵位もつのルークだけだね。

海水浴に行く朝にルークと少し話をしたけど、そんな事何にも言ってなかったんだけどな。

海水浴も誘ったけど、断られちゃったし」


「いいのよ」


ドン!!


アビーがエールを飲み干し、木のジョッキを机に叩きつけるように置いた。


「もういいの! 私と皇女殿下じゃ勝負にならないし。エールもう一杯いくよ」


ルークの話はやっぱり不味かったよねぇ。

アビー、飲み過ぎじゃない?大丈夫?


「そ、そうそう。海水浴は大成功だったよね。楽しかったなー!」


僕は話題を合宿から変えてみた。やっぱり飲みの場は楽しい話にしないとね!


「カイトはあまり泳ぎが上手くなかったわよね。」


「ハハハッ 助けてくれてありがとう」


「どういたしまして。でも誘ってくれてありがとうね。海楽しかったし!」


アビーも楽しんでくれてよかった。


ウインライト「俺もすっごく楽しかったぞ。海は天国だな。来年もまた行こうぜ!」


マーガレット「ビアンカちゃんと泳げるなら何度でもいくよ。でも魚人は勘弁かも」


ウインライト「確かにな。ちょっと気味悪い話まで聞いたしな」


僕「ウインライト。インストスの街で司祭がダゴンと言う海の神が信仰されていたって話覚えてる?」


「あの街で海の神さんが信仰されてたって言ってたな。俺も親父の仕事で漁業の街で暮らしていた事があるんだが、漁師やっている家は、真聖教の神とは別に海の神を信じている家は多いと思うぞ。海の神さんがダゴンだったのかは知らないけどな」


「そうなんだ。海の神や山の神はまだ土着信仰として残っている所は多いのかな?

そこでなんだけど、みんな旧教の神話って知ってる?」


「旧教?•••」


「旧教?そんなの昔の異端の教えだろ?」

「何なの?急に」



「カイト様、独りよがりの自分の趣味のお話は皆様のご迷惑になります。

見てください。ビアンカ様とマーガレット様がつまらなそうな顔をしております」


カトリーヌが僕に注意をしてくれる。

ゲッ。確かに!

ビアンカとマーガレットを見ると、興味なさそうに僕を見ている、、。


「カイトつまんない。マーガレット面白い話して。」


しまった。確かにビアンカにはつまらない話だっかもしれないね。


「いいわよ。カイトのつまんない話より私の昔話の方が100倍面白いからね」


「やったー。マーガレット大好き!」


マーガレットは長テーブルの端にビアンカを連れていって昔話をしてくれるようで、今はそんなマーガレットに感謝だ。


「むかし、むかし、皇都から旅をしてきたヤエギラという名の若い女が、ローヌズの近くの里山に住むことになりました。ある日の夜、ヤエギラは夢の中で赤いドラゴンと結ばれてお腹に赤ん坊を宿しました・・。」


子供できるの早すぎない!?しかもドラゴンと結ばれるって。


「生まれた子供はなぜか金色に光っていました。ヤエギラはその子にゴールデンと名付けました。ゴールデンは生まれた時から力が強く近くの山で熊とレスリングをして遊びました」


名前そのままやがな!!熊とレスリングする子供がどこにおるねん!

てかこの話って金太郎ちゃうのん?


いや、つっこんでる場合ではなかった。こっちはこっちの話をしないと。


「えっと・・、みんな旧教の神話の話なんだけど・・。」


アビー「旧教?・・真聖教が誕生する前に広まってた神様の話だよね?学園で教えてもらったけど?」


リオニー「天地をつくったんやろ?」


「まあ旧教のことは真聖教の国である皇国では基本的に教えられないし、異端的扱いを受けることもある。

でも今の真聖教は旧教の上に成り立ってるんだよ。」


「そうなの?」

「カイト、そんな事言って異端審問会にかけられへん?」


異端審問会ってなに!?ちょっと怖いぞ。


「これは事実だから、教会で言っても何にも問題ないよ。教会も旧教あっての真聖教だってちゃんと理解している(はず)。

で、昨日アビーとインストスで信仰されていた海の神様のことを調べてたら、旧教の聖書にも海の神様と思われる記述があったんだ」


「旧教にも聖書があるのね」


「聖書とは書かれてないけど、そういう役割をもった本かな。

神様は世界を創造したんだけど、その神の分身が海に生命をもたらして支配したって書いてある」


「それはまさに海の神さんだな」

「海の神さんやん」


ウインライトとリオニーが同時に呟く。


「そうなんだよ。メルアギティ島って知ってる?」


「海を挟んだところにある島国やろ?」


「そうそう。興味深いことに、メルアギティ島の漁村では海の神とヒュドラとダゴン、深きものが信仰されているそうなんだ」


「ヒュドラにダゴン・・。そしてインストスにいた魚人が信仰されてるって事はインストスと同じだな。魚人は人間が突然変異するんだったか?気持ち悪いよな」


「ゲロゲロな魚人やろ。人間の女を孕ませるとかほんまヤバイでえ」


「インストスではヒュドラの名前は出てこなかったけど••」


「ケイヌロン叙事詩に出てくるわね。海の悪魔として。」


「偶然同名の別の存在なのかもしれないけど、気になるんだ。メルアギティ島は遠いのでもう行けないけど、インストスは近いしもう一度調べに行こうと思うんだ。」


「えっ、あんな気持ち悪い街行きたくないわよ」


アビーが明らかに嫌そうな顔をする。


「俺は行ってもいいぜ。なんだかヤバそうだしな。俺の力がいるだろ?」


「なんや気持ち悪いけど、ほんまにそんな事が行われているのか気になるなあ」


「カイト様、それはいつでしょう? 明後日の昼はドレイン家の皇都邸にてヴァルター様(方伯)との面会になっておりますが。」


「うん。ありがとうカトリーヌ。その時にゲイル兄さんとも話をしてみようと思っている。ゲイル兄さんはまだ何かを知ってると思うんだよね」


「俺はいつでもいいぜ。とりあえず明後日夕方にマーガレットの店で待ち合わせすっか?」



「…そうやってアインホルンの森のワニ鬼達を退治したゴールデンは近衛騎士団の四天王と言われるまでになりました。」


マーガレットは昔話をビアンカに聞かせるのに夢中だった。


「ゴールデンかっこいい〜〜。」




***************

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る