第89話 旧教神話

インストスの街から帰ってきた次の日、アビーと一緒に学園図書館にやってきていた。


アビーの水着姿が忘れられないので2人きりになれる図書館に呼び出したわけではない。

いや、アビーの水着姿は忘れられないのだけども。ここは図書館だ。それが理由では断じてない・・。


図書館に来たのは深きものやダゴン、それらの土着の信仰について調べたくなったからだ。


皇国で海洋神信仰が残る地域があるとか、初耳もいいところだ。ラノベで出てくる知識なんて全然大した事は無かったんだと改めて感じた。


パオロ大司教の父親が失踪していたのも初めて知った。

インストスの豪商が同時に行方不明というのも気になる。そもそもパオロの父親はインストスの海神信仰の何に惹かれてやってきていたのか?


将来起こるだろうこの世界の混乱の元凶はパオロにある。パオロの悪魔召喚とは一体どんなものなのか?

パオロの父親の失踪と何らかの関連があるのか?その秘密に近づけるチャンスなのかもしれない。


だから早速次の日に2人で図書館にきたわけだ。アビーを誘う必要あるのか?あるに決まっている。図書館デートがしたかったのだ。


「アビー、何かわかりそうな本みつかった?」

僕たちは4階の宗教関係や神話などをペラペラと流しで見ていっているのだが、ほとんどは真聖教と旧教に関する本ばかりだ。


旧教とは真聖教が生まれるきっかけとなった宗教で、狼人族に根付いていた信仰が人間族にも広がった。英雄アーノルドがきっかけで真聖教が誕生した後は旧教と呼ばれている。

旧教に真聖教のような聖書はなく、旧教の聖書は神話に近い。こうしろああしろと言うような説法的な要素はほどんどない。


そこに色々な人の逸話が付随し、信仰方法や他の神々の信仰を織り交ぜるなど複数の宗派的なものがあるそうだが、基本は神話と呼べるものだ。



要約すると*****


大いなる神は世界を創造された。


しかしそこには海しかなかった。


大いなる神は自分の肉体を分けてしもべをお造りになった。


イグと名付けられた最初のしもべは蛇のようだった。


イグは何もない海に陸地を作った。そしてイグはいくつかの大地を作り終えたあと、別の星に旅立った。


困った神はまた肉体を分けてイタカと呼ばれるしもべを造った。イタカは嵐を起こし雨を降らせ大地に生命を作った。

しかし、多くの森が出来上がると森の奥深くで深い眠りについた。


困った神はさらに肉体を分けて、ク・リトルリトルと呼ばれるしもべを造った。クリトルリトルは海に生命をつくり、海の王国を作った。


しかしク・リトルリトルは海と一部の陸地の生命を支配するだけで、神の理想とする世界を作ることはなかったため、神は怒り、支配する陸地は沈め、ク・リトルリトルを海に封印した。


大いなる神はまた肉体を分けナイアルラトホテップを作った。

ナイアルラトホテップは大地に住む人族を導き人族こそ大地の支配者として育てあげたが、逆に悪の心も人に教えてしまった。

人族が互いに殺し合いを始めたことを悔いた神はナイアルラトホテップを宇宙の彼方に飛ばしてしまった。


神はもう肉体を分けるのをやめた。


神は人族が下僕げぼくとなって働けばいいと考えた。


ある時、神は人族のウォルベールと言う男に神託を授けた。ウォルベールは勇猛で瞬く間に大陸北部の半分を支配した男であった。


神は仰った「お前に私の魔法を授ける。その力で全てを支配せよ、そして人の世に平穏を取り戻せ」と。


神託を聞いたウォルベールは神から授かった火と風の魔法を使い次々と敵国を屈服させると大陸のほぼ全てを手中に収めた。


しかし、それを見た神はまた神託を授けた「海から渡ってくる人間族との間に子を持ち、その子に王の座を譲れ」と。


ウォルベールは神の神託に従い人間族との間に子をもうけるが、子に国を譲ることを躊躇いその子を殺してしまった。


神はウォルベールの行為に怒り「お前たちは人間族の魔法に滅ぼされるであろう」と告げた。


ウォルベールは神の怒りを知り恐れるあまり黒山羊の悪魔を呼び出しその悪魔に助けを乞うた。

黒山羊の悪魔はウォルベールごと人々を喰らい尽くした。



***********



まあ大体こんな感じの中身だ。


破滅神話だね・・。



真聖教では最初の創造神話は真聖教の理念に合わなかったのか取り入れていない。僕も教わっていなかった。


最後の「人間と狼人族の間に生まれた子を王にしろと」神が言う部分から真聖教として取り入れられた感じかな。

この点から半狼人族こそ王になるべきと考える信徒も多いとか。


半狼人族の英雄アーノルドが人々を威武し大きな革命を引き起こしたのもこの旧教から引き継がれた神の言葉・・「半狼人族が世界を導き平穏をもたらす?」的な部分が重なったことが大きいだろう。アーノルドこそ神に選ばれし者だと誰もがそう思ったはずだ。


もちろん「魔法は神が選んだものに授ける」的な部分も重要視されていて、そこから魔法使いが使徒と言われるようになったわけだね。


では、最初の使徒はウォルベールではないか?って? ウォルベールは最後は悪魔に従い神に叛逆したとされるので、使徒ではない。らしい。

そもそも魔法が使える事が神が使わした使徒の証ならば、南のアーブル大陸の方が魔法の歴史はずっと古い。ウォルベールの魔法もアーブル大陸からもたらされた魔法技術だと思われるし、穿った見方はいくらでもできる。


まあ、伝説は伝説だ。何が正しいなどは二の次だろう。

神が肉体を別けたのか、それとも元々多くの神々がいるのか?それとも神などいないのか? そもそも神とはなんなのか?

そんな事はこの一つの話だけでわかるはずもない。


とりあえず、旧教の聖書にも海の神ダゴンは出てこない事はわかった。海の神と思えるのは「ク・リトルリトル」。

もしかするとダゴンとク・リトルリトルは同一の神なのかもしれない。


「やっぱり、旧教には出てこないみたいだね。」

「私のところにもダゴンも深きものも出てこないわ。」


僕達はさらに色々な本を漁り始める。


「この「メルアギティ島の信仰」って本が少し気になるな」

「カイトが気になるかもと思って取ってきたの」

「アビーは僕のことよく解ってるね。この本すっごく気になるよ」



メルアギティ島は、グローリオン皇国から1500kmも離れた沖合にある大きな島国だ。

この世界では遠洋航海はあまり発達していない。理由は深い海には怪物が潜み、船が沈められると信じられているからでもある。

しかし、メルアギティ島までは大陸棚で繋がっているのだろうか?、怪物に襲われることなくたどり着けるため船の行き来がそれなりにある。


グローリオン皇国が出来る少し前に人間族が初めて辿り着き、独自の国家ホッシュエル国をつくった。

それまでは人の種族が入ったことはなく、入植した人間族だけしかいない国だ。


600年以上も前に出来た国は今も存続しており、独自の文化が花開いているらしい。

そんな「メルアギティ島の信仰」には海の神の話が出てくる可能性が非常に高いのでは?と感じる。


********


この本が書かれたのは100年前で、その時のメルアギティ島は旧教の教えが色濃く残る島であったらしい。

グローリオン皇国が出来た際、大陸との交易が命綱であったメルアギティ島のホッシュエル国は真聖教を取り入れ、グローリオン皇国の一領土としてホッシュエル方伯を名乗っていた時期があったが、皇帝の力が衰え始めた300年前に独立国家に戻っている。


国の宗教は真聖教ではあるが、皇国の力の及ばない中、旧教を主体とした新たな宗派が根付いているそうな。

中でも大いなる神の分身である海の神の信仰は沿岸部の漁村を中心に広がっている事が書かれている。


海の神にはヒュドラやダゴンというしもべがいて・・・・。


「ダゴン!!出てきたよ。」

「海の神ダゴンが信仰されているのね。」


「それが、ここでは海の神のしもべって事になってるんだ」

大いなる神の分身である海の神、旧教にあったク•リトルリトルというしもべだろうか?


「そうなの?異教の神の話は本当にややこしいわね」


「もう少し読み進めてみるね。」



**********



「見つけたよ。海の神は海の安全と大魚を約束する神様として信仰されているらしいんだけど、その海の神の下僕「深きもの」がいて、一部の村では海神の使者として崇められているって書かれているよ。」


「やっと深きものにたどり着けたわね。」


「でも深きものについてはそれ以上詳しくは書かれていないな。

その村では毎年春と夏に海の安全を祝う儀式と祭りが行われるとは書かれているけど・・。儀式よりも祭りに焦点が当たっていてどんな儀式かはわからないや。」


「パオロ大司教の父親は海を渡ってホッシュエル国に行ったのかもしれないわね。」


「確かにそうだね。そうだとすると、ホッシュエル国で生きている可能性もあるけど・・」


パオロ大司教が悪魔を召喚しようとしているというのは、父親の後を受けてという線が濃厚なのではと考えているんだけど、この本を読んでも悪魔召喚の話は出てこなかった。

ダゴンや深きものと言う魚人が他の場所でも宗教的信仰の対象になっている事がわかったくらいだ。


もう夕方だ。今日のところはこの辺で切り上げよう。明日は皆んなで演劇を観に行かないといけないしね。



アビーと図書館で2人。キスをするチャンスくらいあったんじゃないか?って?

アビーとこうやって一緒にいるだけで今はいいんだ。キスはルークのことで傷づいた心を癒してからだよ。



***************

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る